第17話:大将軍、参陣
巻の二:神殺し戦記(上)
第17話:大将軍、参陣
その音は、鼓膜ではなく脳髄に直接響いた。
――うおおおおおおおおんっ!!
だが、そこには地響きのような大音響と、巨大な金属が激しく擦れ合うような無機質な駆動音が、不気味に混ざり合っていた。
北の荒野。破壊された拠点の主門の向こうから、一筋の純白の土煙を上げ、地を走るように凄絶な速度で「それ」が迫ってくる。
「……来る。隠れろ、ニニギ!」
イワレビコが叫んだ。彼のフツノミタマは、あまりの地鳴りの衝撃に、これまでにないほど激しくかたかたと震えを繰り返している。
過酷な超重量負荷によって黒く強張った左半身が、敵の放つ圧倒的な威圧感に過敏に反応し、内出血の壊死した皮膚の隙間から、生々しい冷汗が滴り落ちていた。
瓦礫を粉砕しながら姿を現したのは、大和が実戦投入した、巨大な木石混交の「装甲攻城兵器」だった。
外殻を幾重もの未塗装の頑強な鋼鉄板で覆われ、六輪の巨大な木製車輪が地を蹴るたびに、周囲の荒野の残骸が一瞬にして白く砂塵化し、凄まじい衝撃波が地表を走る。その最前面には、辺境の民の戦意を物理的に圧殺するために、大和の高度な金属技術で鋳造された、不気味な青緑色に錆び付いた三つの「近衛青銅仮面」が傲然と掲げられていた。
大和の技術の結晶。意志なき純粋な破壊の機械がそこにあった。
「……あ、ああ……」
ニニギの背で、スイゼイが恐怖にがたがたと震えながら崩れ落ちそうになった。
「……あれは大陸の技術で作られた『衝車』だ。内部のクランクと車軸に奴隷たちの肉体を繋ぎ、ただ質量だけで居館の防壁を粉砕する動く要塞……。大和は、辺境の集落を物理的に踏み潰すために、あの三つ首の神獣をここまで運んできたのか……!」
三つ首の青銅仮面を掲げた巨大な装甲兵器は、イワレビコたちの眼前で、軋み音を立ててぴたりと立ち止まった。
次の瞬間、その重厚な鉄板で覆われた防壁が、重々しい音を立てて外側へと開き、中から数十人の大和の精鋭親衛隊が、一糸乱れぬ足並みで滑り出てきた。それは肉体の変身などではない。圧倒的なテクノロジーの壁が、冷徹な『軍事の法』として、戦場に毅然と展開していく過程だった。
親衛隊の包囲網の最奥から、一人の大男が歩み出てきた。
身の丈は当時の列島人としては並外れて巨大。これまでの前線の調停官たちのような絢爛たる鎧は纏っていない。ただ、大和本国の最高位の常備軍を率いる証である、黒い大陸製の染革甲冑に、最高級の鍍金青銅装飾が施された白金の肩当てだけを据えている。
顔は地上の戦士のように荒々しく、濃い顎髭を蓄えていた。だが、その瞳だけが決定的に異なっていた。一切の感情を排し、ただ暴風雨の中の暗い空のような、冷徹極まりない灰色が不気味に渦巻いている。
大和王権最強の大将軍、タケミカヅチ。
彼がそこにただ立つだけで、彼が従える数百人の掛甲歩兵軍団が、地鳴りのように一斉に長矛の石突きを地面に打ち鳴らし、マカツの生き残りたちの精神を、重圧で完全に圧殺にかかった。
「……不快な羽音だ」
タケミカヅチの声は、地底から響く低い雷鳴のようだった。彼はイワレビコを一瞥もしない。ただ、自分の右手に握られた、鈍く灰白色に光る大和の神聖な金属技術の極致たる、長大な白銀の鋼鉄大槍――『オハバリ』を冷徹に見つめていた。その白銀の穂先は、イワレビコの黒きフツノミタマとは対極に位置する、一点の不純物も許さぬ鏡面を誇っていた。
「……貴様が、カグヤマを討った辺境のごみか」
タケミカヅチが、初めてイワレビコに冷たい視線を向けた。
その瞬間、イワレビコは全身の血管が重圧で破裂するような、圧倒的な軍事の質量に押しつぶされた。
「……が、あ……っ」
フツノミタマを構えることさえできない。イワレビコの中の、日向灘の海を熟知するワタツミの血脈が、大和の本国軍が誇る圧倒的な「常備軍の物量」を前に、本能的な原初の敗北感で完全に凍りついていたのだ。
「……弱い。話にならぬな」
タケミカヅチは退屈そうに呟き、オハバリを水平に構えた。
穂先の最高級鋼が朝日に鋭く光り、荒野の影を切り裂きながら、イワレビコの心臓へと正確に狙いを定める。
大和の圧倒的な余裕。戦いさえ始まらない。ただの冷徹な「軍事執行」が、今、始まろうとしていた――。




