第9話
巻の一:天地開闢
【第七石板:日向の興隆・終章】
※欠損率18%、変わらず。筆致が荒れ、戦乱の緊迫が刻み込まれている。
【原文(古写本)】
――二十五年、
長子イツセ十五、
次子イワレビコ十三。
王、長子に密命を下す。
「四国へ向かへ」
(欠損)
三十年、王崩る。
長子、四国に在りて帰らず。
次子イワレビコ、若くして位に就く。
カムヤマト八年、
大和より「神兵」来たり、
邑を襲ひ、人を奪ひ、
人尽きれば邑を焼く。
王、近衛を率ゐて調査す。
その後、神兵、動きを止む。
秋、コトシロヌシの邑、祭を行ふ。
(欠損)
カムヤマト九年、
空、裂け、火矢、雨の如く降る。
【現代語訳(前野)】
『――ウガヤフキアエズ二十五年。長子イツセは十五歳、次子イワレビコは十三歳になっていた。ある日、イツセは父王に呼び出され、密かに命じられる。「――四国へ向かえ」』
『――その理由は激しい削り取りで判読不能。しかし、四国阿波の山中には古代列島最大級の辰砂(水銀朱)が眠る。大和との決戦を控え、マカツは鉄器の防錆、舟板の接着・防腐、豪族との交易資源として、この赤い黄金を囲い込む必要があったのだ』
『――ウガヤフキアエズ三十年。王が崩御し、兄イツセが四国から不在のまま、次男イワレビコが若くして王位に就いた』
『――カムヤマト八年。大和に不穏な動きがあった。「神兵」を自称する軍勢が辺境のムラを襲撃し、過酷な貢納を要求し、人間が枯渇すると邑を焼き滅ぼした』
『――イワレビコは近衛を率いて調査へ向かったが、それを境に神兵の動きは途絶えた』
『――秋。コトシロヌシの邑で収穫祭が行われ、宴の席で首長はイワレビコに娘を嫁にと冗談を言った。誰も、大和の歩兵軍団が自分たちを根絶やしにするため進軍しているとは知らなかった』
『――カムヤマト九年。突如として空が割れ、大和の放った無数の火矢が日向の空を赤黒く染め上げた。渡来技術の黒き油煙が邑を焦熱地獄へと変えた』
【前野の読解と崩れゆく神話】
そこまで現代語訳を打ち込み、私はキーボードを叩く手を止めた。
研究室の遮光カーテンの向こう、夜明け前の街は不気味なほど静まり返っている。
「大和の奇襲……。そして、イワレビコの記録の裏にチラつく、この『内応者』の影は……」
記紀において、神武東征は日向からの自発的な領土拡大として美化されている。だが、この石板が示しているのは違う。
大和による容赦のない先制の虐殺が先だった。
焼き尽くされた故郷から立ち上がり、生き残るために、大和の内部にいる「売られた身内」の手引きを借りて、決死の逆侵攻をかける――
それこそが、東征の真実だったのだ。
歴史が、神話が、血の流れる音を立てて、私の画面のなかで完全にひっくり返ろうとしていた。
(巻の一:天地開闢 完)




