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婿嫌いの竜公女は 酸いも甘いも嚙み分ける  作者: 藤 慶


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第10話 果実も恋も酸いも甘い-2



それから、しばらくは、多々良の家でみなと過ごした。

多々良は目をやられていたが、体調は戻っており、目が見えないながらも、家の事を手伝い、僕も一緒になってお互いの妻や子供たちの世話に励んだ。


多々良の家は3人、僕の家は2人の子が居て、お互いの奥さんがどちらも乳飲み子を抱えているのだ。家の事は全部、二人でやった。


「いやぁ、本当に、お前さんが、家事と子守が得意で助かった」

「いや、多々良が居なかったら、僕は今頃、里と運命を共にしていたよ。今頃、去年の嵐で全滅だったんだ。今、生きているのは、多々良のお陰だ。 お互い様だって」


思えば、里に居た頃、同年代の若者は何人もいたが、腹を割って話をしたり、仲間意識を持って付き合える人間は居なかった。


家事の合間に、お互いの乳飲み子を母から離して休ませようと、背中に負ぶって外に出た。


目は見えないのに感覚で器用に多々良は、夜道を歩く。

手を差し伸べてやると申し訳程度に手を取りながらも、まったく不安がる素振りなく、見えない筈の空を仰いだ。


「お前さん、娘にさすがに名を付けろ。忙しさにかまけて、いつまで、後回しにしてんだ」

「……良かったら、多々良に名づけを頼みたい。 きずなは、僕が決めて良いって言うからさ。 僕は、君に付けて欲しいって、それが結論。 頼むよ」


「ばっか……そんな…大役は……あぁ、じゃあ、あいつとお前が成し遂げた、やり遂げた大業に因んで、ほまれ……なんてどうだ」


「……いい名だ。それが良い」

「だろ? 稀な奇跡の果てに今がある、誉れよ。それを言葉にした」


少し間を置いて、多々良は笑った。


「俺もよ……これからは、あいつらの為に、ちゃんと生きるわ。もう、海には出ねぇ、これで懲りたわ。目がなきゃ流石に海にはでれねぇ」


「それが良いよ……。流石にもう、これでまた海に出るなんて言ったら。誰でも止めるって」



これが、親友と言うものか、とだいぶ後になって気が付いた。

多々良は、夏に僕達の祝言があるのを心待ちにしながら、海町の漁師の顔役を辞する挨拶に行った折に、同じ嵐でを命を落とした息子の母親に、包丁で刺されて命を落とした。


一緒に助かった青年を狙っていたのを、庇ってだった。



僕達は、みんな、呆然自失だった。

多々良を刺した母親は、自分が3人もの子供と妻から父親を奪った事実に耐えられずに翌日首を吊って、残りの家族は町を去った。



多々良の妻は、葬儀で僕達に礼を言った。


「二度と会えないより……良かった。 あの人は、間違ってなかった。 一緒に助かった子を見殺しにして……とは、言えない。 でもね―――――正しければっ、何をしても良いとは、思わない。 だから、……一度くらい、自分の命かわいさに、そうしてくれる、卑怯者になって欲しかった」


子供達が居ない場所で、僕達にそう弱みを見せて無く、多々良の妻と共に、僕らも泣いた。






多々良の死で婚礼は延期となり、翌年の春に婚儀を挙げた。


里の全員を招いて、宴を行い、里は名前を『七山』と改めた。


「七つの山に七つの霊山、七つの神子に七つの神獣霊獣。 それを降臨せしめし、神木家 絆を、神木の当主と認め称える。 作品名『七封じ』見事なり」


大鏡神社での婚礼の最中、楓が現れ、神木に言祝ぎを送り、その年は、里でたくさんの甘い柑橘が過去最高の大豊作を迎えた。


無事に甘い実を付けていた柑橘だったが、その年の実は格別の出来だった。


婚儀の時、姉には子供が二人増えていて、驚かされた。


何でも、二人目が出来ないとずっと周りを案じさせてきた姉だが、娘を産む時に、無事に子供が生まれたら、何でも好きにして良いと義兄に約定を取り付けた事を言い事にどれだけ子作りをせっつかれようが義兄を指一本受け入れなかったのだそうだ。

我が姉ながら、非道な事を。


里に義兄が帰って、徐々に義兄を受け入れて年子で二人授かっていた。


「今、もう一人、腹に入っているから、気が気じゃねえよ」

「産み月って聞いたよ……。良かったら、ここで産んでから帰ったら……。 もう、そんな身体で、姉さん、よく来たね」

「あぁ、行かせなかったら……呪うってよ。俺の言う事も、両親の言う事も聞かねえんだ。 もう……お手上げだぜ」


結局、婚礼の後、姉夫婦は、六封じに留まって、3人めの子供を出産した。

そして、ずるずる長居をしている内に、里はつかさとちゃちゃが居るからと、六封じに移り住む事を申し出て、きずなを喜ばせた。


そして、10年後、嫁を全く貰う気の無かった巧が、みずなの熱烈な申し入れに折れて、後添えに望んだ。


巧は初婚の相手とうまく行かず(氷室親子両者と)、嫁に来たお嬢さんが祝言の後間もなく実家に泣き付いて離縁となってからは、独り身を通していた。


「私、お里で一緒に遊んでくださった時から、ずっと、兄様をお慕いしておりました」


みずなは当時5歳だったのだが、10歳の歳の差に何とか言える立場ではなかった。

僕ときずなは7つ歳が離れている。


「僕は、さすがにおねしょして泣いてふとんを外にだしているのを手伝った娘さんはちょっとね……」


そう言って、巧はからかい交じりに、みずなを敬遠していたが、甲斐甲斐しく巧に取り入って最後は根負けしていた。


そして、司も成人して、無事実家の神社の跡取りとなって、数年後、父が身罷り、姉のちゃちゃが里長の息子に嫁いで、その後、母がこの世を去った。


そして、娘が多々良と同じ頃に生まれた息子と夫婦になって、僕の息子も大鏡の初代男宮司となり、多々良の双子の娘を娶って、沢山の子を産んだ。


きずなは、僕の息子に、子孫繁栄を心がけ、神社の護る一族であって欲しいと願っていた。


多々良が死んで7年が経つ頃、きずなは僕に家の軒先に育てた木に実が実ったと僕に言った。


「これ、何?」

「兄やんが、持ち帰った柑橘です。 異国の森で甘酸っぱい実を付けていて、私と妻子に食べさせてやりたいと懐にしまっていたんです。 帰って来てすぐ、私と妻子たちに振舞ってくれたの……簾様のお里の柑橘より、保存力が強いし、これは皮ごと食べられるんですよ。 嫌みになるから、簾様には、内緒って言ってたけど。 門外不出をお約束します。  あにやんも、許してくれると思います。 だから、簾様、食べて下さいまし」


いたずらっぽくそう言って、きずなは気に実った橙の玉の様な果実をもいで口に含み種だけ出して飲み下してから言った。


「簾様もおひとつどうぞ」


「皮ごと食べられるんですよ」


きずなが笑って、実を差し出す。


口に入れる。


酸っぱさが一番最初に来て、濃厚な甘みが広がる。


飲み込むまでに少しえぐさも感じられた。


飲み込む途中、喉の奥に引っかかったけど……。


「……うまい。これうまいよ」


それしか言えなかった。


まるで、人生の様な味だった。


酸いも甘いも、喉のつかえるような息苦しさも、口に残った花の様な香りの余韻も。


全部ひっくるめて、まるで青春の様な味だと思った。


きずなは、色んな文献を見て調べたが、それが何という名の果実か分からなかったと話した。 

きっと、海の向こうにこれがなる場所があるのは確かで、そこから、持って帰るなんて多々良はとんだ破天荒ものだと笑った。


僕は、久しく傍に感じられずにいた多々良の存在を身近に感じて、その存在を偲んだ。

毎年、春先に実を付ける果実を、幾久しい身内だけに分け与え、個人を偲ぶことを習慣として生きた。


それから年月は流れ、氷室が最初に鬼籍に入り、姉夫婦が天寿を全うした後、多々良の妻がやっと再会を待ち焦がれていた多々良の元へ逝き、次いできずなが旅立った。


きずなは死の間際、ちゃちゃに何か話していて、ちゃちゃは苦笑いを零して首を横に振ったが、きずなは心からちゃちゃに詫びを入れていた。


きずなの死後、ちゃちゃにその訳を尋ねたが、ちゃちゃは教えてはくれなかった。

ただ、最後に僕にこうとだけ告げた。


「私ときずな様との秘密です。 誰も、恨みますまい。 憎みますまい」


どう言う事か分からなかったが、ちゃちゃの想いの意味を知ることなく、僕は自分の家族に見守られながら大鏡の傍にある馬屋谷の家で、この生を終えた。






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