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婿嫌いの竜公女は 酸いも甘いも嚙み分ける  作者: 藤 慶


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第1話 不味い果実【前編】

僕の生まれ故郷は呪われている。


この三十年で、子供が八人、相次いで山で神隠しに遭った。


泣き声だけが残って、姿は一度も見つからなかった。


里の産業である柑橘も、実はなるのだが、もう……とんでもない不味さで。


とても売り物にならず、今や人も里も風前の灯だった。



僕は、そんな里の長がこの山里に柑橘の栽培を悲願に移住する折りに、その地の地鎮を任された社殿の神主の長男だった。


長子では無く、二人姉弟の末っ子で、男女別け隔てなく、子供を可愛がる両親に自由奔放に育った姉に、長男であるにも関わらず、おもちゃにされて育った。


「簾、あんた何とかしなさいよ。このままじゃ、この里の集落は全滅よ」


いや、本当、このままじゃ、みんな食い扶持も財産も尽きて、海沿いの村に帰るしか無い。


と言っても、どこの家も親戚縁者が快く例え親戚とは言え、無一文の家族を受け入れてくれるとは限らない。


正に地獄だ。



「良い? この神社は、お父様とお母様が奇跡的に手に入れた言わば城なのよ。次男だったお父様がたまたま賜る事の出来た奇跡なんだから、あんたの代で潰したら、ただじゃ置かないからね」


他所の家庭では、例え長子長女であろうと姉であろうと、長男で、男で、次期家長である長男が一番序列が高い筈なのに。


この姉は。


「いや、僕はね、神様じゃないんだよ。都では、美味しい実を付けていた果実をここで再現したり、山の怒りか何か知らないけど、次々に行方不明になる神隠しを解決したりは、無茶が過ぎるよ」



本心からそう言うと、姉はとんでもない提案をして来た。


何でも、海沿いの町の商家に嫁いだ姉が、商売仲間から、聞いたある与太話を真に受けて、あろう事か僕に進めて来た。


『博多の街道沿いに、百鬼を鎮める名手の娘が居て、神通力で魑魅魍魎を鎮める神木と言う技巧を持っている。街道であやかしや幽霊騒ぎがあれば、解決してくれる』


と。

その娘は美しく、聡明だが呪われている。


年頃で、婚姻を望む者は、引く手数多だが、幼少の頃、全く美味しくない果物を売りに来る行商の息子に一目惚れしており、その少年とでは無いと婚姻しないと駄々を捏ねて、親族を困らせていると言う。


「えっ全く、美味しくない果実?」

「そうよ、柑橘持って、阿呆の様に、行って来なよ。絶対、アンタに惚れるから」



何の戯れだ。

阿呆だろう。




「いや、僕は⋯⋯博多の街道に行った事無いって」

「なくて良いのよ。問題そこじゃないから。たらし込んで来なさいって、言ってんの。 あんた、見た目良いんだから、家の事は任せなさい。良いから行きなさい!! 私ね、やる前から悩むの嫌いなの」


「姉さんは、もう良い年なんだから慎重になって」


「黙って早く行きなっ!! もう、これ以上私を怒らせないでっ!! 」




いやさ、そもそもさ。

そもそもだよ。

僕の事、最後は追い出す様に外に突き飛ばしたけどさ。


え、ちょっと近くに届け物に行って来いって感じで頼んだけどさ。


博多がどんだけ遠くだと思っていたのか。


姉よ。



歩いて2日かかったじゃないか……。



海沿いに北上すれば間違いようの無い分かりやすい一本道なのが唯一の救いだが、着の身着のままで送り出すなんて狂気の沙汰だ。


旅支度もさせて貰えず、風呂敷に包んだ今年収穫した不出来な柑橘だけを持たせてよく家を閉め出したものだ。


いやさ、お結びや餅の一つもって。

最近は、本当実入り厳しくて、禄に米も食べて無かったとは言え。


まぁ、姉さんが婚家から土産に持ち帰ったいりこが申し訳程度に手拭いに添えられていたのが救いで、何とかそれで飢えを凌げたが、もうお腹がぺこぺこだった。


博多の港町を見つけて、僕は最後の食料のいりこを口に運んだ。

僅かな身と骨の旨みと苦い内臓の味が織り混ざって、腹の空腹が和らぐ。


これを沸かした湯でとった出汁と言うものを飲んでみたいと思った。


貧しい自分は、正月のおせちで甘く飴がけしたものを一口2口、口に運ぶのが精一杯の暮らしだった。




博多の港まで行くと行き過ぎで、その手前の荒津の海の辺りで、鴻臚山【こうろさん】の場所を尋ねて、その南隣に同じ位のとても小さな山に娘は一族の長として暮らしていると姉は言っていた。


女系が家長になるなんて、今の世では、常識外れだが、何でも、呪いで異能を授かる代償に、一代に1人きりで、且つ、それも産まれるのは必ず娘なのだそうだ。


「良い? 彼女の地元で、決して彼女を侮ったり軽視したり、ましてや、罵ったりしては駄目よ。 咎められたり、罰されたり、なんて生温い、地獄に落ちるより怖い目に遭うから」


姉は、神木にやけに詳しいのが気になって尋ねたら、柑橘の植樹を願ってこの地に移り住んで30年、姉は姉なりに、何とか悲願を叶えられまいか、姉なりに試行錯誤をしていたのだと言う。


「私は誰が何て言っても、何をされても。 誰も恨まない、誰も憎みたくない。でも、やれる事は、やれるだけやりたい。 だから、お前も出来る事は、出来る限り、やれる限り、やって欲しいの。っていうか、やって来い!! いい加減にしろ!!」


姉の最後の言葉が今も、脳裏を反芻した。


誰も恨みたくない、憎みたくない。


自分も出来るならそうしたい。

そう在り続けたい。


誰にも、打ち明けて来た事の無い自分の想いを、姉も密かに持ち続けて来た事を知り、自分も最後は、それに心を動かされたんだ。


取り敢えず、今は、とぼとぼだけど、ちゃんと博多を目指してここまでやって来ただけに過ぎないが。




「神木の娘に会いたいだと、お前は何処の誰だ?」


荒津の海で、漁師を町があり、通りすがりの漁師に声をかけると、その町で漁師達を纏める顔役をしている多々良と言う男だった。


年の頃は、自分と同い年程だが、精悍な身体つきで、荒削りだが良い男前だった。


着の身着のままで、口利きを頼む対価の心付けも持ち合わせず訪れた自分に、白けた笑いでそう言った。


「この海の南の浜玉と言う漁師町に所縁のもので、名産の柑橘を持って参上しました。生憎、手土産はこれ一つで、貧しい身の上故、口利きに心付けも持ち合わせず、申し訳ない。せめて、何か頼んでくれたら、暫く何か仕事をいただければ、それをそのお心付けとしたい」


「モノが無いから、カラダで返すってのか?」


「はい」


多々良と言う男は、最初は顔を顰めたが、何か思い付いたように、自分を自らの住まいに招き入れて言った。


「今、かかあが床に伏せってんだ。後、3日は俺は明け方から昼のこの時間まで、戻れねえ。 ガキが双子で、布団の中でかかあが面倒見てんだが、そんなんじゃあ気が休まんねえだろ? お前、子守は出来るか?」


家に帰るなり、飛びつくように駆け寄って来た2人は年の頃4つ程の男女だった。


言葉も二言三言話す。


「これぐらいの子供なら、私は、神社の神主の息子なので、近所の氏子に頼まれれば、よく子守を引き受けておりました」


自分も息子がいる身だ。

貧しさを理由に妻の実家に、妻諸共取り上げられてしまって、今はもう会う事も出来ないが。


「目を離すとすぐ飛び出してよお」

「えぇ、この歳の頃が、一番目が離せませんから、かと言ってきつく言って泣かせると、両親や親御さんに責められて、まぁ、子供に罪は無いので」


「お前、みすぼらしいし、厚かましいやつだけど。嫌なやつじゃないな。 人間、貧すれば鈍する。貧しさってよ、人を醜くするもんだ。 けど、醜くねえ分まだ、マシなんだよな。 まぁ、頼むわ」


男はそう言って、他にも、家の用事を自分に任せてくれた。


取り敢えず、まあまあ庭付きの家の庭先を掃除して、洗濯をしたり、合間に子供達のおしめを替えて、一人はおんぶ紐で背中にしょって、もう一人を多々良に夕食の準備の間だけ、背中にしょって置くよう頼んだ。


食事の用意は、間違いがきかない。


食べる事は、生きる事だ。

生きる上で一番必要な食べ物を仕損じてしまえば、命に関わる。


かと言って、子の命も尊いものだ。

食事の担保に集中して、子を見失い、子が怪我をしたり、命を落とす事がままある事だと、両親は常々俺に言い聞かせて来た。


「お前さん、神社の息子って言ってたが、本当にすげえな。かかあとおんなじくれぇ、料理も洗濯も掃除も完璧じゃねぇか」


「僕の育った集落は、柑橘と言う果物で身を立てようとして移り住んで出来たところなのですが、それが上手く行かなくて、ずっと貧しいので、みんながみんな、生きる為に出来ることは全部必死にやって来たんです。子供の頃は、山に出られるようになったら、山菜や木の実を集めて、冬の蓄えにして、大人は、柑橘を育てる傍ら、少ない田畑で米や野菜を作って。 みんな、一生懸命、柑橘で生計を立てるのを目指していて」


「柑橘って、たまに、そのパッサパサで酸っぺえ、二束三文で売ってる薬の事か?」

「薬?」

「あぁ、目が悪くなった時の薬だろ? 俺さ、子供の頃、夜目が見え難くなった時に、幼なじみがその柑橘があれば、治るって一緒に産地まで貰いに行ったんだよ。途中で路銀落としちまって、無一文だったけど、たまたま、若い行商の一人がただで柑橘をくれたんだ」


ん?

時折、一家の身銭を助けるために、時折港町に降りて、さるなしやあけびや桑の実やむかごを売りに行っていたが、本命の柑橘が売れた試しが無いと言うのに、両親がしつこく、そもそもこれを売ってこいと押し付けるから大量に売れ残って、帰る時、非常に難儀していた所、一度だけ目を輝かせて売ってくれと言ってきた者がいたが、路銀を落としたと気落ちするから、いやこちらはいっそただで良いから、全部持って帰ってくれと言った事があったが、まさか。


「薬になるなんて、聞いた事ないよ」

「は? あんな珍しいものを持っているあんちゃんが知らねぇなんてこたないだろ? あんなくそ不味い果物をよ」


——は?


頭の中が、一瞬で真っ白になった。


あれが、珍しい?


あれが、薬?


売れなかった。

誰も欲しがらなかった。

押し付けられて、腐らせて、捨てた。


あれが?


「……嘘だろ」


喉がひりついた。


だって、俺たちは——


あれで、生きていこうとしていたんだぞ。


「手鏡を、持って来た柑橘と同じものを、昔、お礼に貰った……けど」

「あんた、やっぱあん時のあんちゃんかっ」


「えっ、あれ、でも、えっ、君の連れって⋯⋯えっ、おのこじゃ」


嘘だろう。

他人事だと思っていたのに。

まさか、自分だったのか。

いや、あの時の子は二人とも、坊やだった筈だ。


「ばぁっか、幼くても女連れて、外を出歩いて、拐かしにあったら、大変だろ。変装してたけど、連れがお前さんが会いたがってた神木の娘だ」


「はっ、だったら。 僕より、かなり年下じゃないか!」


「俺は数えで20だ。 神木の娘は、きずなは18だ」


自分は、今年数え歳で、25歳だった。

多々良が五つも年下だった事も衝撃だったが、それよりもまだ二つも神木の娘が年下だった殊に更に衝撃は深まった。


と言うか、思わず、今まで全く口にしてこなかったが、驚いて油断したのか、神木の娘の名前を漏らしていた。


神木しんき きずな


それが、件の神木の娘の名前。



「あんちゃんが、持ってるだけの柑橘をくれたお陰で、この町中の人が救われたんだ。あんがとよ」

「いや、あの時、親の形見だって、手鏡をくれただろう? 去年まで続いた飢饉で、大変だったけど、あれを質草にして、僕達は、餓死せずに済んだんだ。 礼を言うのはこちらの方だ」


「貰った柑橘は、実はすぐ食べて、皮は乾燥させて薬にして、無駄なく使わせて貰ったぜ」

「柑橘にそんな効果があるなんて知らなかった」


「は? あんな珍しいものを持っているあんちゃんが知らねぇなんてこたないだろ? あんなくそ不味い果物をよ」




結局、それから、多々良の仕事が落ち着くまで、家で子守を担う事により、翌朝、まだ暗い時刻に、身支度を済ませて、多々良は家を出た。


病床とは言え、妙齢の女性と幼子を残して、家を空けて良い者か?と思ったが、多々良は言った。


「お前さんは、この家に入って来れた。だから、問題ねえ。悪い、もう時間がねぇから、また帰ってからにしてくれ」


どういう意味だ。

追随の余地がなく、多々良を見送った後、奥方と一緒に眠る子供たちが目覚めるまで、と庭の掃除に取り掛かり、夜明けと同時に朝餉の準備にかかった。


昨夜の夕食で残った食べ物は、朝、多々良に全部振舞って送り出した。


朝は朝で自分が作るから、残り物を全部食べて行けと。

食料は豊富にある家で、支度が大変なだけであれば、自分は得意中の得意だった。



「ごめんください」


朝食が出来る頃、年の頃14.5の少女が家を訪ねて来た。


「なんでしょうか?」

「神木様からのお使いで参りました。奥方のお見舞いでございます。失礼ですが? 奥方様のご親戚の方でしょうか?」


「いいえ、ここのご主人に、数日家の留守と加勢を頼まれた、旅の者です。 柚木崎 簾と申します」


少女は、僕の顔を訝し気に見つめて、目を中々逸らさず、僕を見つめて来た。


「あっ、私が何か?」


「なぜ、私に敬語でお話をなさるんですか? 私は、神木の下女でございますよ」

「でしたら、家に何の縁もゆかりなく一宿一飯の恩で留守を任されている身で、礼儀を弁えられず、いかが致しますか?」


少女は、わずかに苦笑いを零して、さすがにちょっと生意気だと思ってしまった。


「私などに礼をおもねていただいて、恐縮です」

「いいえ。ただ、生憎、今から、丁度朝餉でございまして」


「でしたら、折詰を持たされておりますので、それもぜひ一緒に」

「左様でございましたか。奥方に声をかけて」

「いえ、それには及びません。 わたくしが参りますので、お膳を先に整えましょう。手伝います」


少女の申し出に内心安堵した。

床に臥せる奥方に、声をかけに行くのは緊張するものだった。


朝食の準備が整うと、昨夜は床に臥せっていると自室で食事を摂ってまだ顔を見知らなかった多々良の奥方が身なりを整えて、子供達を連れて食事にやって来た。


「多々良からお話は聞いております。昨日から、主人と子供達の身の回りの世話をしていただいてありがとうございました」

「いえ、お初にお目にかかります。奥方様」


「主人が留守の間、よろしくお願い致します」

「いえ、こちらこそ、縁もゆかりもない場所でこうして良くしていただいてお礼を申し上げるのはこちらの方です」


自分が用意した朝餉に、少女が持ってきたお重の食材を適当につぎ分けて膳を囲んだ。


銀杏、黒豆、卵、魚のすり身や、豆腐揚げなど、高価で滋養のある食べ物を選りすぐり、しまいに赤飯まであった。


病に赤飯は……と思ったが、要は、奥方の病の元が悪阻と聞いて、納得だった。

見舞いであり、お祝いであるのだと。



「やっと上の子が歩けるようになったと思ったら」

「あら、上の子も歩けないうちよりも楽よ。 まぁ、目が離せなくて気が休まらないみたいだけど」


「あぁ……、きずなはいつも、変わらないわね」


奥方が、急に砕けた物言いで少女をまるで幼馴染の名を呼ぶようにそう呼びかけて、少女は一瞬ぎょっとしたが、すぐに冷静を取り戻して苦笑いして奥方に柔和に微笑みかけた。


僕は心臓が跳ね上がるような衝撃を受けた。


少女の正体に気が付いたからだ。


「私、そろそろお暇します。 柚木崎様、約束の明後日、神木の家にお出でになられるのを愉しみにしております。 先ほどは、身分をごまかし、嘘を申し上げて申し訳ございませんでした。 単身でお会いするに当たり、用心致しましたが非礼に変わりはございません」


「え、いえ、お気になされず。 ご事情はお察し致しますので」


「では、失礼致します」


彼女が、僕の探し求める神木の娘だったなんて。


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