2-9話 陽は風をも飲み込む
「ん~?」
今倒した魔物をステラが解体していると、いつからやってきたのか、シャルが俺たちの後ろで驚いた顔を浮かべていた。
「いやなんそれ?」
「知らん、蒼い炎が大地の精霊を吸収した」
「何でもありだな。しっかしソルさんや、お前一体何を目指しているんだ」
「冒険者だが?」
頭を抱えるシャルに俺が首を傾げていると、どこかか持ってきたのか、大きな葉っぱを手に持ったアンナがふわふわと降りてきた。
俺はウサギを抱きとめると、そのままゆっくりと地面に下ろし、頭を撫でてやる。
「みゅ~」
「目の届かないところには行くなよ、お前を探すのは骨が折れそうだ」
「は~い。あ、そうだステちゃん、あっちに大きい石碑あったよ」
「でかした、行くぞ」
「ソルさんの方が僕より楽しみにしていますよね」
「ありゃあ変形とか変身とかも好きなタイプだな。クールな顔して、心の中に少年飼ってるのかよ」
シャルが呆れ顔で、ステラが口を手で覆って上品に笑っている。
そんなに笑われるようなことではないと思うのだが。そう俺が少し訝しんでいると、アンナに手を引かれる。
「ソルくんあっちあっち」
「おうっ」
俺はアンナを持ち上げて肩車すると、そのまま駆け出した。
「はしゃぎすぎて転ばないようにしてくださいよ」
一体俺のことをなんだと思っているのかと問い詰めたいところだが、頭の上のアンナが瞳をキラキラさせてゴーゴーゴーと煽るものだから、つい調子に乗って全力疾走してしまう。
「いや本気過ぎんだろ! ソルさんキャラ考えて!」
シャルの言葉を聞き流し、アンナの案内でその石碑の傍に辿り着いた。
目の前にあるのはただの石碑、所々割れて欠けてはいるが、それでもさっきまで歩き回っていた時に見つけたどの石板よりも大きく、大きな風を纏っていた。
「これ、触ったら吹っ飛ばされるんじゃないか?」
「へ~……」
「コラコラ触ろうとするな。こういうのは専門家に見てもらってだな」
「でもソルくん、1番乗りって格好良くない?」
「……」
したり顔を浮かべるウサギにそそのかされそうになっている。
正直な話、少し試してみたい。
見た感じも、感覚的な勘でも危険はないと判断できる。
俺は頭の上のアンナと互いに頷き合うと手を伸ばす。
「2人とも、勝手なことしないでくださいね~」
離れた場所から聞こえるステラの声に、俺もアンナも手を引っ込めた。
「ソル、お前ウサギ寄りだったのか」
「ソルくんもウサ耳つけるぅ?」
「お前の可愛いウサ耳と並ぶわけにはいかんからな、このままでいるよ」
「……ステラちゃんも気を付けろ、あの男はサラッとああいうことを言える奴だ」
言っちゃ悪いのかと俺が肩を竦めると、ステラが苦笑いを浮かべているのが見えた。あいつに何か言っただろうか。
そうして俺とアンナは石碑に触れるのを諦めて石碑から目を離し、背を向けるのだが振り返った瞬間、頭に鳴る警鐘――振り返る。間に合わない、アンナが巻き込まれる。
俺は息を吸い込む。
「シャル!」
「――ッ!」
俺の一言にシャルが盾を構えて飛び出し、俺はガントレットを思い切り地面に叩きつけた。
大地を打つと隆起した土が俺を押し出し、空中でアンナを頭から降ろしてそのまま胸に抱いてステラの傍で着地する。
「ステラとアンナは下がってろ」
「わ、わっ」
アンナを下ろし、俺も戦闘に参加しようと振り返ると、そこには顔を引きつらせて魔物の攻撃を盾で受けるシャルがおり、俺は対峙している魔物に目を疑った。
「アシュルリヒターだと」
「ソル、俺じゃ受けきれない!」
「気合で受けろ!」
まるで蝙蝠のような、腕が翼となっており、足のある有翼の魔物。
風を喰らい、ため込んだ風を放てば村いっこ程度は吹き飛ばせる強力な力を持っている。
盾を構えるシャルに、アシュルリヒターが羽を広げた。
「マズい――」
俺はすぐにガントレットで地面を叩き、大地を隆起させてシャルを打ち上げた。その瞬間、アシュルリヒターが羽ばたき、シャルがいた場所に風の塊が直撃した。
爆風は大地を削り、大きなクレーターを作りながらも周囲に風の衝撃を撒き散らした。
俺は何とかステラとアンナの傍に壁を生成しながらも衝撃を防ぎ、そのまま駆け出す。
「シャル!」
「倒すのかよ!」
「倒さなきゃやられるぞ」
「だぁもう!」
空中から降ってくるシャルが大きく息を吸ったのが見えた。
聖騎士のジョブスキル――。
「我が祈りは鉄の誓い、我が信仰は頑強。ひとたび主に委ねれば、この身砕けるその時まで、守護者となって災厄から守り通せ――『祈祷開放・鉄魂願護』」
駆け出した俺に向かってアシュルリヒターの脚爪が襲い掛かってきたが、視線をそらさず、ただその胴体だけに目をやる。
あの爪ならば、頼りになる未来の聖騎士が引き受けてくれる。
空から降ってきたシャルル=アーデルハイドが、俺に伸びた爪を盾で受けてそのままはじき返した。
神官騎士の天道六階のジョブスキル、祈祷開放。祈りの本質によって発現する力が変わるスキル。
シャルの場合、最も硬い守護者を意識してなのか、それが本質なのか、その身を、魂を概念的な鉄へと変え、扱う盾はなによりも強い。
シャルが爪の攻撃を捌いている隙に、俺はアシュルリヒターの懐に飛び込み、その拳を何度もたたき込んだ。
しかし有効打はなく、俺とシャルはそのまま一度魔物から距離をとった。
「かったいなこいつ」
「それに何より」
俺が空に目を向けると、アシュルリヒターは空高く飛び上がり、あちこちを移動しながら俺たちの隙を窺っていた。
「対空手段を持ち合わせていない。地面を殴って押し上げてみるか」
「止めとけって、格好の的だぜそりゃあ」
俺が頭を悩ませていると、ステラが駆け寄ってきた。
「ソルさん」
「ステラ、アンナ、怪我はないか?」
「はい、ソルさんの壁のおかげでどうにか。でもどうしてアシュルリヒターなんて」
「こっちが聞きたい。あいつ確か、世界樹付近に出る魔物なんだろう? この間と言い、また俺たちじゃ相手に出来ない魔物だぞ」
俺の額から嫌な汗が流れる。
あの時の戦いを思い出してしまい、何とも体が力んでしまう。
しかしステラが不安げな顔を向けてきており、俺はその顔を見て肩を竦めた。
俺がビビってどうする。
守ってやると決めた。
なら俺はステラの前に立ち、背中を見せ続けるのが筋って物だろう。
俺は鼻で笑うと、その一歩を踏み出した。
しかし今度は、隣にも一歩を踏み出した影1つ。
「1人になんなって言ってんだろうが」
「そうだったな、頼むよ相棒」
俺はガントレットを仕舞い、剣を抜き、蒼い炎を猛らせる。
「――」
ステラの息遣いが背中から聞こえた。
そして彼女が小さく息を吐き、何か決意を抱いたように思えた。
「ソルさん、シャルさん、サポートします」
「良いのか?」
「はい。それにみんなで困難に立ち向かうって素敵じゃないですか。なら僕も、出し惜しみはなしです」
シャルとアンナが首を傾げる中、ステラが杖を構えてアシュルリヒターを指した。
「僕とアンナで落とします」
「合点任せろぅ!」
「了解、それじゃあシャル、俺がとどめを刺すまで守ってくれな」
「あいよ。しかしどうやって落とすんだ」
「風は気圧の差が大きいほど大きな力を生む。なら僕が抽出するのは高気圧と低気圧、その数値を幾ばくか弄って、それによって空から落とすほどの衝撃を――」
「ステラちゃん?」
「よし、行きます――基盤は風爆弾、2種類の風爆弾、片方は高気圧から風を射出し回転を加える構造、もう片方には風を受ける低気圧。『世界樹からの福音を受けて窯になれ』僕が引き出すのは風の始めと終わり、おとぎ話からは旅をする風の物語」
杖を振り上げたステラの周囲に次々と色の違う先ほどの風爆弾が生成されていく。
突然現れたアイテムに、シャルとアンナが驚いた顔を浮かべた。
「は、え? ステラちゃん、どこで何を作って――いやその前に、錬金術は窯で成り立つもので」
「ほぇ~、何を隠してるのかと思えば……ステちゃんズルい! 課題楽し放題じゃん!」
「出てくる感想それだけ!」
「はいはいお前ら、話は後だ。ステラ、俺とシャルは走るぞ」
「はい、行ってください」
俺が駆け出すと、シャルも渋々ながらついてきた。
「……お前知ってたな」
「当たり前だ。あいつの力はデカい。だがそれを隠したがっている。でも俺たちの前でこうして使ってくれた。その気持ちを汲んでやれよ」
「わかってるよ。俺は鉄の守護者だぞ」
頼もしい相棒の言葉に、俺は笑みを浮かべるのだが、空からアシュルリヒターが風を飛ばしてきた。
だがそれはシャルの盾によって防がれ、俺はただ目の前に落ちてくるだろう敵だけを見据える。
「アンナ、これ打ち込んでください」
「ばっちこ~い!」
アンナがドリル付きの棒を構えたのが横目に映り、なるほどと笑みをこぼしてしまう。
「喰らえ協力奥義! 風バク千本ノック!」
ステラが放った風爆弾をアンナが空へと打ち上げる。
小気味良い音を鳴らしながら打ち上げられた爆弾を魔物が躱していくのだが、それは魔物より高い場所で制止し、幾つもの爆弾が空を覆った。
「次、こっちは地面に転がしてください!」
「よしきた! 左中間を抜く鋭い打球!」
空に放った爆弾とは色の違うそれを、今度は俺たちの傍に転がしてきたアンナ。
今空と大地に風の爆弾が設置されており、警戒していたアシュルリヒターがそれを避けつつ風を放ってくるが、俺はほとんど動かずにその時を待つ。
シャルが守ってくれている。ステラとアンナが落とすと言った。
否応にも腕に力がこもる。
蒼い炎がそれに呼応するようにチリチリと火の粉を吹き、空気すら燃やすような勢いで炎を上げる。
俺が空を睨みあげると、アシュルリヒターが一瞬怯み、ステラの風爆弾の真下を通った。
「今!」
ステラの声と同時に、空中の爆弾が破裂し、同じタイミングで地に転がる爆弾も破裂した。
その刹那――破裂した空の爆弾からとんでもない風が吹く。
魔物は体勢を崩し、フラと体を傾けるが、幾つもある爆弾の風に押され、そのまま地上へと落下してきた。
俺は飛び出し、剣をアシュルリヒターに向かって振り上げる。
大地に落とされながらも、その魔物は羽を広げ、風を俺に向かって噴き出そうとした。
「諸共焼き切れ!」
蒼い炎が俺を覆う。
剣に纏って、その蒼炎を叩きつけた。
風を焼き切り、風に煽られさらに勢いを増した炎が世界樹の魔物を燃やし尽くす。
「くたばれ」
炎を防ぐことの出来ない風の魔物は、呆気なく燃え尽き、その灰を風に流していった。




