13話 陽は夢を照らし腕に抱く
食事をとり、さて帰るだけだと俺たちは錬金駆動に乗り込み、帰路を進んでいるのだが、ふと俺は外を眺めて首を傾げる。
「ソルさん、どうかしましたか?」
「ん? ああ、なんだか森が騒がしいというか……いや、気のせいだろう。それよりステラ、昼食、ありがとう。とても美味かった」
「気に入っていただけたのなら何よりです――」
するとステラが口元を手で覆いながら可憐に声を漏らして笑い始めた。
「どうかしたか?」
「いえ、ソルさん相当にお腹が空いていたのですね。とても熱心に食べていて、その姿が何だか、とても可愛らしくて」
「可愛いってお前な」
「ごめんなさい。でも、ええ――」
俺の食事風景がおかしかったのか、ステラは笑うことを止めなかった。
こうも笑われてしまうとどうにも気恥ずかしい。俺が頬を掻いていると、シャルが生暖かいような視線を向けてきた。
「普段はクールなソルさんが、随分と表情豊かに飯を喰らっていたなぁ。学園の購買のパンは物足りないか?」
「……出来れば俺は米を食いたいんだ。だからと言って学食のあの列を並ぶ気にはならんし、学園じゃいつも腹を空かせているんだよ」
他愛もない雑談、今日初めて受けた依頼で、たまたま一緒になったステラとアンナ、依頼人としてとても誠実で、初めて受けた依頼が彼女たちからのもので心底良かったと思えるほどで、さらに商業科の生徒としても優秀なのだろう。
この4人での依頼はとても身になるもので、楽しいものだった。
いつもこうでありたい。
シャルもステラに多少慣れたのか、まだ余所余所しいがそれなりに会話をしており、アンナも耳をピコピコ動かして上機嫌、ステラは――。
つい彼女を見つめてしまう。
金色の髪に透き通るような肌、彼女の唇から発せられる凛と鳴るような澄んだ声は俺の耳から離れず、どうにも夢中になってしまう。
ステラ=アリアハートと会話してからというもの、自身の感情がよくわからないことになっている。
普段通りを心掛けてはいたが、変になっていなかっただろうか。
いや、食事の時は少し油断してしまったか。
そんなことを考えていると、ステラが俺の視線に気が付き、首を傾げてこちらを見た。
俺は跳ね上がるような心臓の鼓動を無理矢理抑え込み、笑みを返す。
彼女は俺からしたら変わった生い立ちの人だ。
両親はこの国にとって重要な人物であり、シャル曰く由緒正しい家柄なのだと。
しかしステラはその決められた道を選択せずに、自身の道を歩もうとしている。
その過程にどのような葛藤が、思惑があるのかはわからない。
しかし、きっと叶えたい夢があるのだろう。そうでなければ、あれだけ両親のことを嬉しそうに話す子が、その名から外れる選択をとるわけがない。
俺は肩を竦め、今回の依頼が終わってもまたこのメンバーで依頼に行ければと、いつかのことを考える。
「――?」
そうやって明日に想いを馳せていると、先ほどから覚えていた違和感がついに肌を撫でるようになった。
俺は表情を険しいものに変えると、荷台の席から少し立ち上がり、取り付けられた小窓に手を伸ばす。
「ソルさん?」
「……」
窓から顔を出し、揺れる木々、騒ぐ風……俺のグローブを通して精霊たちが騒いでいる。そんな森の道を見て、俺は歯を鳴らして錬金駆動を追う影を睨みつける。
それと同時に、空気を吹き飛ばすようなつんざく咆哮――。
風を止め、大地を揺らすかのような力強いその声に、錬金駆動に乗るシャルやアンナ、ステラが肩を跳ねさせた。
「――っ! ソル、一体何が――」
窓から身体を離し、荷台の席に戻った俺は、反対側の窓から状況を確認しようとする隣で立ち上がろうとするシャルの腕を引っ張り、彼の顔をジッとみつめる。
「そ、ソル?」
「……ステラ、この錬金駆動、速度を上げられるか?」
「い、いえ、そういう装備はまだ、積んでいません」
「そうか」
不安そうな顔を浮かべているシャルと泣きそうな顔のアンナ。
俺は再度シャルに顔を向ける。
名家のことはわからないが、シャルル=アーデルハイドは自身の名から一切逃げることもせず、自分のため、家のため、国のためにその力を磨いている。
誰よりも立派で、気高い夢を抱いている。
俺はアンナに目を向ける。
「アンナ、そういえば聞いていなかったが、お前に夢はあるか?」
「ぅえ? 突然なに? それよりもさっきの――」
「アンナ」
俺が出来るだけ優しい口調で尋ねると、彼女は少し顔を赤らめながら口を開いた。
「う、ウチは、いつか、いつか世界樹を調べて、その……ウチらウサギの――」
ああ、聞いたことがあるな。
騒がしウサギは世界樹を目指す。
その溢れんばかりの好奇心は世界樹をいつか明かす者だと。
なるほど、この小さなウサギは種族を背負っているのか。それがこのアンナ=クリフテンドの夢、願いか。
シャルとアンナが俺の顔を心配気な顔で覗いてくる。
2人とも誰かのための、良い願いだ。
最後に俺はステラを見た。
「……」
「ステラ、お前さんの夢は何だ?」
「僕の……」
俺が頷く。
ステラが自身の胸に手を置き、目を閉じた。
そしてその顔を上げた時、とても優し気な顔をしていた。
ああ、この少女の夢は叶えてあげなければならないな。
そう思った、思ってしまった。
「僕は、約束を――ずっとずっと抑え込んでいた願いを、叶えなければなりません」
「そうか」
俺は小さく深呼吸をし、錬金稼働の扉に手を伸ばした。
大小の問題ではない。ないが、それでも切り捨てるべきは小さなものだろう。
誰もが誰かのために願っている。
それに比べて俺のそれはひどく自分勝手なものだ。
家族に楽をさせるためだとかで蓋はしているが、何よりも叶えたいのは……やはり勝手なものだろう。
「ソル、お前――」
「シャル、振り向くなよ」
錬金駆動の扉を開け放つと同時に外に飛び出し、普段は使わない精霊にお願いし、錬金駆動を植物のつるで巻いて覆い、誰も外に出さないように細工をした。
「心配するな、俺が守ってやるよ」
外へ飛び出し着地した俺はそう声を上げ剣を抜く。
背後から大地を鳴らして駆け出しているのは、樹木ほどの巨体を持つ魔物で、俺たち一期生では相手にすらならない凶悪な獣。
俺は笑う、嗤って見せる。
途切れさせてはいけない願いを背に、剣を振るうことを覚悟した。
「生憎ながら通さないぞ。あいつらには叶えるべき夢がある――こんなところで終わらせるわけにはいかない」




