2-1話 陽は星の炎を受けて
「ステラ、シャルとアンナは?」
「行先は設定してあるので、学園に向かっていると思いますよ」
「アンナが泣くぞ」
「シャルさんは泣いていましたよ」
俺は言葉に詰まってしまう。
突然のこととはいえ、何の相談もなく飛び出したことを後悔しながら俺は頭を掻く。
「帰ったら一緒に怒られよう」
「そうですね、アンナのことはたくさん撫でます」
怒られろって言ったのだがな。
俺はため息をつき、眼前の魔物――グシルアに目をやる。
大型の猿のような魔物で、長い腕から繰り出される攻撃は樹木ですら一撃でへし折る。
学生の身分であるのなら、2期生でも討伐は避け、3期生で4~5人パーティーで攻略するほどだろう。
つまり、今1期生の俺と商業科のステラでは、本来なら太刀打ちできない。
だが――。
「ステラ、頼らせてもらっていいんだな?」
「はい、任せてください。ところでソルさん、あなたは精霊使いを第一位に置いていますよね? クラス……どこまで呼べますか?」
「クラスは人道五階、中級精霊使いだ」
「……ネームドの使役はまだ無理ですか。それなら神性を抜いて意味のある事象そのものに精霊を宿して――」
ステラがぶつぶつと呟いて何かを思案している。
そうやって考えるのは構わないのだが――。
俺はステラを抱き上げ、その場から飛び上がる。
「ふわぁ! ソ、ソルさん?」
「考え込んでいるところ悪いが、敵は待ってはくれないようだ」
先ほど俺たちがいた場所に、グシルアの拳が叩き込まれた。
大地は捲り上げられ、衝撃を肌で感じながら魔物から距離をとる。
「さてどうしたものか、このままお前を抱えて逃げるのも手だが、正直追いつかれるだろうな。お前さんの手に期待しているんだが、俺は何をしたらいい?」
「えっと……」
ステラが少しばかりの不安を覗かせた。
魔物に対する不安ではないな、では何か……俺は考えて思いつく。
「今お前のクラスを詮索するつもりはない。それにどんなトンチキなことだろうが、もう驚かないしさっきの話は撤回しない。俺はお前を守るよ」
「――」
俺の腕の中で顔を赤らめて俯くステラを小さく笑う。
大人びているという印象だったが、こう見ると同い年のまだまだ俺と同じく、子どもらしいところもあるのだな。
「だが後で聞かせてもらうぞ。俺はお前のことを知りたいからな」
「……はい」
ステラをその場に下ろし、俺は剣を抜き、グシルアに向かって駆けだした。
グローブから炎の精霊を剣に流し込んで纏わせ、魔物の体躯に剣を入れる。
しかしその皮膚は厚く、毛が焦げる程度の攻撃しか与えられていない。
俺は舌打ちをするのだが、グシルアの拳が俺に伸びてきた。
受けるか、否腕ごと持って行かれるだろう。
ならば――。
「――ッ!」
気合を入れる。覚悟を持つ。一度の失敗で、すべてが終わる。
伸びてきた魔物の腕に合わせるように剣の腹を滑らせ、腕が伸びきったところで剣を押し上げて腕を弾く。
剣を握る腕に奔る衝撃は流し、何度も向けられる剛腕を、一切のブレもなく弾いていく。
倒す手段は今は持ち合わせていない。
だが、生き残るだけなら、俺のすべてを総動員させて、もし犠牲を伴うのなら腕の一本程度であれば御の字だ。
そうやってグシルアの攻撃をいなしていくと、ふと背後で熱気を感じた。
何だと意識を向けると、そこではステラが炎を生成していた。
「精霊とはその事象に宿る者の総称。そして事象に宿った時、初めて確立した存在となる。ならば炎は炎でも、その温度と意味、宿る魂の選別、それによって精霊の純度も、ネームドでなくても強力な精霊を顕現させることができる」
「ステラ、お前何を――」
「それは、錬金術の領分です! 『世界樹からの福音を受けて窯になれ』」
先ほども見たステラの……あれは福音の恩恵か? いやしかし聞いたこともないスキルだ。
錬金術師のスキルにあんなものがあっただろうか。
「火は温度によってその色を変える。でもそれだけじゃあの硬い皮膚を貫くことは難しい。ならば意味を持たせる。揺蕩う魂を、意思を、神話を、おとぎ話を、都市伝説を――だって、この世界は、僕にとっての窯だから」
彼女の目の前にあった炎に次々と光が注ぎ込まれる。
その瞬間、炎はみるみる見た目を変え、色を変えた。
「空気中の酸素、神話からは消えないという意味を、おとぎ話からは精霊を降ろす物語を」
俺はグシルアからの拳を弾くと、そのまま後ろに飛び、あんぐりと口を開けて呆然とその光景を目に焼き付ける。
今、ステラ=アリアハートはなにをしている。
この場で錬金術を使用しているのか? あり得ない。錬金術は窯の中で成り立つ術だ。
窯の中に材料を入れ、そこからアイテムを生成する。
しかしステラは材料を……いや、そこら中にあるのか、物質ではない目に見えないあらゆる。
あの娘はそれすらも材料にしてしまうというのか。
そんなこと、神域でも――。
「ソルさん!」
「……ああ、任せろ」
ステラが錬金した炎が俺のグローブに流れ込んできた。
その炎は蒼く、そして精霊の力を感じられた。
グローブから剣に炎を流し込むと、剣は蒼い炎を纏い、どれだけ振っても剣から離れることはなかった。
俺は呼吸を整えると、そのまま飛び出し、腕を振るうグシルアのその剛腕目掛けて剣を、炎を振り抜いた。
「――――!」
魔物は声にならない雄たけびをあげ、自身の腕……否、腕があった箇所を撫でようとしていた。
しかし切り取られた――違う、焼き切られた腕に残る蒼い炎に触れることもなく、体を震わせている。
俺は息を吐くと、今度こそ終わらせるために、グシルアの首に刃を入れた。
「終わりだ。焼き消えろ!」
その炎で首をはね、獣の魔物はその動きを止めその場で倒れ、体を痙攣させた後、完全に動きを止めた。
血液が全く噴き出さなかったのは炎で蒸発したからだろう。
「――」
俺は呆けた顔で、その場に尻餅をついた。
倒してしまった。
俺だけの力ではないとはいえ、大きな魔物を倒してしまった。
達成感とは違う、優越感とも違う。
ただ、早く帰って体を横にしたい。そんな感想を抱き、駆けてくるステラに目をやった。
「ソルさん!」
心配げな顔のステラ、お前は一体何者なんだ? そんな疑問もどうでもよく、落ち着きのない心が浮遊感を覚えている。
しかし、やはり俺だけで戦ったわけではない。
俺はステラに腕を伸ばし、拳を見せる。
「――?」
首を傾げるステラに笑いかけると、彼女は俺の拳を両手で握り、相変わらず可愛らしく小首を傾げており、俺はつい微笑んでしまう。
「一緒に倒せたな。野郎はこういう時、拳をぶつけあうんだよ」
「……っ、ああ、見たことあります」
そう言ってステラが俺の拳に、その可憐な握り拳をチョンと当ててきた。
「あ~しんどい。シャルとアンナを安心させるために早く帰るべきなんだろうが……すまん、腰が抜けた」
「……」
「情けない姿で申し訳ない」
するとステラが首を横に振り、俺の拳をまた両手で握って目を細めて笑みを浮かべた。
「いいえ、僕には最後まで格好良く映っていますよ」
「……そうか、それならよかった――っと?」
横に倒れそうなるのを我慢していると、ステラに体を引っ張られ、呆気なく大地に寝そべってしまう。
しかし頭には柔らかい感触があり、俺はばつの悪そうな顔で首を動かし、その先にあるステラの顔を見上げる。
「ゆっくり休んでくださいね」
「そうさせてもらうよ」
心地の良い感触を頭に覚え、柔らかい花のような可憐な匂いに包まれながら、俺は意識を手放した。




