研究
「ヴァイス様は、今何を研究なさっておられるのですか?」
壁面に等間隔に備えつけられた燭台に灯る火が風に揺れ、私たちの影を意思ある者かのように蠢かせる。
私は、ごつごつした岩肌が剥き出しになっている壁に手をつき、ヴァイスの後をついて階段を下っていた。
ヴァイスの研究室は、城の地下、岩の中に作られているとのことだった。
「色々じゃて。神聖術・精霊術・魔術の術者・術式の差異とか、詠唱・術具・魔術陣の簡略化あるいは複雑化による効果確認とか、魔王召喚・封印・討伐の方法とか、聖乙女の発生時期・地域・年代・能力とか、精霊王の契約・捕獲の可否とかのぉ! これにあなた様の神魔術の研究が加わったぞい! 楽しみじゃぁ楽しみじゃぁ」
魔王討伐⁉︎ 精霊王捕獲⁉︎
ランティス様討伐なんて絶対させませんわ!
そして、精霊王が消える原因はやはりヴァイスにありそうね。
精霊王が捕まってしまったから、精霊たちは姿を消して、精霊術が使えなくなったのかしら?
精霊は魔王召喚陣の浄化に必要ですから、ランティス様のためにこれも防がないといけませんわね。
「どれもとても興味深ーーあら?」
2回聞こえた透明な金属音。
広い空間に出た瞬間に、防御結界が澄んだ音を立てた。
「ヴァイス先生、退いて下さい! そいつ殺せません!」
「おお! しんざ君! 今のは神聖槍かね⁉︎」
「そいつ、俺がここに張ってあった結界に結界ぶつけて壊したんです! 神聖槍でも貫けなかったし! そいつがこの前俺の結界内に転移して来たって奴でしょ!」
シンザ、と呼ばれた埃を被ったような薄灰色のぼさぼさの髪に血走った濃灰色の瞳のひょろっとした青年が、場違いなほどきらきらぴかぴか光る黄金の杖を私に突きつけ喚き散らす。
ヴァイスがいそいそと私から離れ、シンザの隣に立った。
杖で宙に文字を描くシンザ。
文字が光り輝いたかと思いきや、私の防御結界に目もくらむような雷が立て続けに落ちる。
次いで更にシンザが杖を複雑に動かすと、私の防御結界の周囲で土が鋭く隆起した。
私の防御結界はドーム型ではなく、対象を中心に球体状になっているため、下からの攻撃も防ぐ。
その後も天井を崩壊させたり、水攻めにしようとしたり、地下空間で無茶苦茶な術を連発された。
しかし、自分とヴァイスに防御結界を張り、地下空間に防御結界を張り直した上での攻撃だったため、心ゆくまで頑張って貰おうと放置しておいたら、遂には膝を抱えて泣き出した。
どうしろというの……?
仕方ないので荒れ果てた地下空間を復元させる。
「お初にお目にかかります。アイリスですわ。シンザ様と仰るのかしら? ヴァイス様から術について色々伺いたいと思い、参りましたの。よろしくお願い申し上げますわ」
まだ泣いている。
「私、神魔術師ですの。有意義な術研究が出来ーー」
「神魔術師⁉︎ 何それ⁉︎ 何それ⁉︎ あんた魔術師じゃなかったのか⁉︎ 神聖術の対になる魔術か⁉︎ やっぱり存在したんだ! 精霊術と魔術が対になってるっていう俺の仮説はやはり正しいんだ! ヴァイス先生! こいつのこと研究するんでしょ? 俺も! 俺もする!」
この師にしてこの弟子ありですわね。
ですが、対という話は詳しく聞いてみたいですわ。
精霊術と魔術が対なら精霊と魔族は対。
神聖術と神魔術が対なら神と魔王は対ということかしら?
でもその前にーー
「私、客人でしてよ? そいつとかあんたとかこいつとか失礼な呼び方する方とお話はしたくありませんの。帰らせて頂きますわ」
「ばかばかばかばかばか!!!!! 愚か者! はよぉアイリス殿に謝らんか! 話が聞けんじゃろ!」
私が帰る素振りを見せた途端、ヴァイスがシンザから杖を奪うと、それでシンザをぽかぽか殴り始めた。
シンザが頭を抱えながら両膝をついて頭を伏せる、土下座のような格好をする。
「痛っ、痛っ! 申し訳ございませんでした! シンザです! 失礼な態度と物言いは深くお詫び致します。だから、お話聞かせて下さい!」
「ええ。こちらも失礼致しました。シンザ様はーー」
「シンザとお呼び下さい、アイリス様。私はヴァイス先生と違って平民ですので」
「では、シンザと。シンザは対という研究をなさっているそうですね。是非シンザの話も聞かせて下さい」
「儂が先! 儂が先じゃ!」
辛抱しきれなくなったヴァイスが駄々をこね始めたため、シンザが急いでお茶の用意をしに走る。
そして、私はヴァイスがどさどさっと書籍を払い除けた椅子に座り、これまたシンザがばさばさっと書類を払い除けたテーブルの上に置かれた緑茶のように緑色をしたお茶を恐る恐る口に含んだ。
緑茶でしたわ……
エリューシオン聖王国に緑茶はないため、私は密かにシリウスにねだろうと心に決める。
「それでは、ヴァイス様、シンザ。お話お聞かせ願えるかしら? まずは、ヴァイス様の魔王についての研究ですがーー」




