実験
今日は、帝城内の訓練所に招待された。
「お前がこの前言っていたバスケットコートというものを作ってみたんだ! どうだ⁉︎」
自慢気にバスケットコートを披露するシリウス。
その後ろに並ぶ4人を紹介したいのではなかったのかしら?
それでも、シリウスに促されるままにゴール下に近づく。
実物はあまり知らないのだ。
前世では学校にほとんど行けませんでしたし、体育の時間は見学ではなく保健室へ行ってましたからね。
だから、アニメやマンガで見た受け売りを総動員して説明した。
フットボールと呼ばれるスポーツはこの世界にもあり、ゴムの木の発見によってゴムボールも開発されている。
ただ、バスケットボールはまだ無かった。
「良く出来ていると思いますわ。今日はバスケットボールをしますの?」
「ああ、お前は6人いれば出来ると言っていただろう? ここには8人いるからな!」
「私はもちろん参加しませんわよ?」
私が小首を傾げて微笑むと、シリウスも諦めたように苦笑した。
私の運動神経は、インペンティス様のお墨付きだ。
体型や立ち居振る舞いでもそれは見て取れる。
「儂も参加は出来ないのぉ」
白く長い髭を撫でつけながら、白髪の私より小柄な老人が首を横に振る。
白いローブに赤・青・黄・緑のそれぞれの生地に金・銀糸の刺繍を施した帯を4本締め、分厚い紙束と筆記具を抱えた老人。
年齢を考えても運動はさせられない。
恐らく白狼王ヴァイスでしょうね。
先入観のせいか、黒い瞳に狂気と濁りを感じる。
「陛下、私、このような激しそうな球技、怖いですわ。か弱い乙女ですもの」
「嘘つけ!!!!!」
赤橙色の髪をたてがみのように8方に跳ねさせた大男がそう叫んだ瞬間、萌黄色の髪を肩口で切り揃えた女性が大男の鳩尾に拳をめり込ませた。
「あん? 乙女っつたら乙女なんだよ!」
「げふぅっ‼︎」
「オーロが悪い」
目元から下を覆面で隠した葡萄色の髪の男が抑揚のない声で淡々と述べると、金狼王オーロががるがると言い返す。
「いや、メラン、アルジェントはおとーーげふぅっ‼︎」
どうやら私が女性だと思った銀狼王アルジェントは、男性だったらしい。
今度は頬を殴り飛ばされているオーロに、黒狼王メランがため息をついた。
「アルジェント、お前もやれよ」
「はい、陛下、喜んで!」
額に青筋を立てていたアルジェントが、ころっと態度を変え、楚々とした美女に戻る。
何か言いかけたオーロの口に、メランが布切れを突っ込んだ。
「ソルは良いとしても、ルナは大丈夫かしら? その服装では無理ではなくて?」
「そうですね〜」
「大丈夫だ! ここは訓練所だから騎士団の予備の服もある。サイズもあるだろう。着替えて来い。アルジェントもその服では無理だろう。一緒に行け。オーロ、案内してやれ」
「むがもご……ぷはっ、りょーかい! アルジェント、嬢ちゃん、ついて来な」
「はい、陛下。すぐに着替えて参りますので、お待ちになって下さいね」
「ありがとうございます〜」
シリウスの命を受け、オーロがルナとアルジェントを連れて別室へ行く。
すると、3人を見送っていた私にヴァイスが話しかけて来た。
「ようやっとお目にかかれて光栄じゃて。ゔぁいすと申しまする。あなた様が神聖術師の結界内に転移してみせた御仁じゃな。あやつは儂の部下の中でも稀な神聖術師で、結界を張ることを得意としておった故、そなたに酷く誇りを傷つけられたと憤激しておったわ。して、あなた様の術式は何じゃの?」
「お初にお目にかかります。アイリスですわ。私、神魔術師ですの」
私がそう答えた瞬間、かっとヴァイスが目を見開いた。
顔を近づけ、勢い込んで質問攻めにする。
「神魔術じゃと⁉︎ なんじゃそれは? 聞いたこともない! どこで学んだ? どのような術式じゃ? 何の力を借りておる? 古代術の一種か? おお、そうだ! ここで何かひとつ見せてくれんか? いや、今も防御結界を展開しておるのか? よし、攻撃してみよう! めらん! めらん! この娘に斬りかかれ! 魔術もじゃ!」
「お嬢様!」
ソルが剣の柄に手をかけるのを首を横に振って止める私に対し、メランが目線で可否を問うたのを優雅に笑みを浮かべることで答えるシリウス。
ソルとシリウスとヴァイスが私とメランから距離を取った。
メランが魔法陣の描かれたカードを空に舞わせ無数の刃を生み出すと、自らも短剣を構えて斬りかかる。
時間差で刃と短剣が次々と繰り出されるが、きんっという高い音を立てて防御結界が全て弾いた。
私にはメランの攻撃はほとんど見えないが、音がメロディのように鳴り響くのを聞く限り、凄まじい手数なのであろう。
「なんと! めらんの魔法剣も防ぐのか。おぉろ! あるじぇんと! 良いところに。そなたらも精霊を出せ! この娘の結界を破るのじゃ!」
シリウスを窺ったオーロとアルジェントが詠唱を始める。
メランが目の前からふっと消えたかと思うと、シリウスの横に悠然と退いていた。
「俺の名はオーロ・ヴェルメリオ。契約を結びし火の精霊エリュトロンに請い願う。眼前の敵を燃やし尽くせ!」
「私の名はアルジェント・グリューン。契約を結びし風の精霊ウィリディスに請い願う。火炎を更に燃え立たせよ!」
焔の竜巻が私を包む。
炎の渦が収まったとき、私の周囲の床は綺麗に炭化して崩れ去っていた。
これはどう考えてもバスケットボール出来ませんわね。
「おお! 素晴らしい! 素晴らしいのぉ! 火と風の精霊の相乗攻撃でも破れんのか! 神聖結界もこれほどの長時間は耐えられんものを! どれほどの時間張っておられるのじゃ? 結界以外ではどのような術が使える? そうじゃ! おぉろに攻撃してみてくれ!」
「おい! くそじじぃ! 勝手なこと言うんじゃねぇ!」
吠えるオーロの隣でアルジェントが耳を塞ぐ。
「なんじゃ! 頑丈なだけが取り柄であろう! お前なんぞ死んでもでぇたが取れれば構わんわ!」
「なんだと、このくそじじぃ! お前がいっぺん死ね!」
ヴァイスの周囲には何やら書き散らかした紙が散らばっている。
私の防御結界の観察記録だろうか?
数式と文字らしきものが書き殴られているが、その紙をだむだむ踏み付けてヴァイスがオーロに言い返す。
「ヴァイス、オーロは失えん。諦めよ。データが取りたければ適当な罪人で試せば良かろう」
「嫌ですわ。私、人を攻撃する気はありませんもの。どうしてもと言うなら、あなた方を攻撃しましてよ?」
その瞬間、シリウスの前にオーロ、アルジェント、メランが立ち塞がる。
ヴァイスひとりだけが地団駄を踏んでむせび泣いていた。
「儂が死んだら分からんじゃないか〜! 嫌じゃ嫌じゃ!」
「友の嫌がることはしない主義だ。仕方ない、アイリスが嫌って言ってるからダメだ。不意打ちで適当なのを差し向けても、返り討ちにするのではなく転移して逃げてしまうぞ? そうしたらヴァイス、もうアイリスから話聞けないぞ? いいのか?」
「ぅぅっ、分かりましたですじゃ……では、あいりす殿! 話を聞かせてたもれ!」
シリウスの無責任極まりない言葉に説得されたヴァイスが、残った紙束を抱えて私の元に駆け寄って来る。
「私からだけ話を聞くのは不公平ですわ。まずは、ヴァイス様の研究についてお話をお聞かせ下さい」
私がそう言うと、ヴァイスはぴょんっと飛び跳ね瞳をきらきらさせた。
「儂の研究に興味がおありか⁉︎ ならば、儂の研究室に案内しよう!」
視界の端で一瞬だけシリウスが顔をしかめたのが見えた。
術研究の第1人者であるヴァイスの研究結果は、国家機密に値する。
しかし、ヴァイスは自分の研究結果を話せることと、引き換えに神魔術の話を聞けることでうきうきしている。
当たり障りのない話だけを話すという器用なことは、ヴァイスには出来ないだろう。
神魔術の話と天秤にかけて、黙る方を選んだのね、シリウス。
元の笑顔を取り戻したシリウスが、オーロに床の修繕を命じているのが聞こえた。
「ええ、楽しみですわ。よろしくお願い申し上げます、ヴァイス様」
ルナとソルに目線を送ると、ふたりとも一礼した。
ふたりにも防御結界は張ってあるし、眷属に何かあれば私は察知出来る。
そのときは魔王城へ即戻ればいい。
ルナとソルには残った4人の様子を観察して貰いましょう。
そう考え、私はスキップしながら前を進むヴァイスの後を追った。




