12時間目
まさに秋晴れ。冬の匂いが少し混じった心地よい風が、時折赤く染まりかけた紅葉を揺らしていきます。今はまだ朝の七時代。しかし、学院内のあちこちにせわしなく動き回る人影が見えます。そう、今日は文化祭。日中は屋台や劇などの出し物、夕方からは後夜祭と、一日をかけての大イベントの日です。人影のおよそ半分は、報道部員です。彼らは毎年、文化祭の日の朝は超人気者になります。なぜなら、彼らだけがこの日の全ての演目を記したプログラムを持っているからです。今日は翠園若学院生以外の人間も学内に入れるので、大量に印刷したプログラムを持った報道部員がそれぞれの持ち場に配置されています。なぜ手渡しなんだ、どこかにまとめて置いておけばいいじゃないか、そんな声も聞こえますが、実は何千枚かに一枚だけ特別なプログラムが混じっているのです!そのプログラムを手にした人には、報道部部長からとっておきのサプライズプレゼントがあるとかないとか。果たしてそのプレミアムな切符を手にするのは誰なのでしょうか!私もその選択肢の中に入っているのでしょうか!?
「ないない」
手をぱたぱた振りながら、満面の笑みで隆也が言いました。
「これはなかなか無理のある報道だね」
隆也が見ているのは、自分と六神伶が写っている写真です。教室の前の廊下で大の字でうつ伏せになっている隆也の上に、伶が覆いかぶさっています。二人の頬がほんのりピンクになっているのも、二人の周りがキラキラシャイニングになっているのも、恐らく報道部の加工技術によるものでしょう。
「いかがかな、うちのとっておきのスクープは。写真のタイトルはその名も」
『報道部部長』と書かれた紙の置物が置いてある机を叩いて、部長は立ち上がりました。
「『禁断の恋!~知られざる在寺院隆也の秘密~』!!!」
目の前の隆也を指さしながら、必殺技のようにその名を叫びます。隆也は相変わらずの笑顔で、陳腐なソファに座っていました。
「ちょっとちょっと部長さん、まさかこんな内容の薄いネタで僕の事を朝の七時に呼び出したなんてことはないですよね?」
「ふはは!強がっていられるのも今のうちだよ在寺院くん!」
部長の顔は謎の勝機に満ちていました。
「こんなことが春日浦みちるに知れたら君も困るだろう?」
「いや、鼻で笑うか無視かどっちかですね」
「こんな写真展示してほしくないだろう?みんなに見られたくないだろう?」
「みんなはやっぱりイケメンを見たがっているので展示する方向で」
まったく隆也の言葉が耳に入らない部長さん。
「ふふ、展示を取り下げて欲しいのならこちらにも条件があるんだよ」
いやほんとに何も聞いてねぇな!普通に怖いよ!
「この写真を破棄する代わりに――君の恋人にメイド衣装を着てもらって取材を受けてもらおう」
「お願いしますぅぅぅ!展示だけはやめてくださいぃぃぃぃ!!」
まるで先程とは別人の態度で合掌する隆也くん。いや、あんたみちるのメイド姿が見たいだけだろ。
「ふは!ふははは!そうであろうそうであろう」
都合の良いとこだけすごく聞こえる部長さん。
「そうと決まれば具体的な日取りを決めましょう」
隆也が真剣な表情で、手帳を開きながら言いました。あんたが仕切ってどうする。
「すごく初歩的な疑問なんだけど」
まだざわめきがある講堂の中は、それでも少し薄暗くて、いつ舞台が幕開けされてもおかしくない状態に作られています。そんな講堂のほぼ中央で禾が発した言葉を、隣に座るかおるとみちるが聞いていました。みちるの隣には猫耳をつけた隆也が座っています。所狭しと並べられた長椅子には、ほぼ満員に近い数の人間が座っていました。今年の有志の劇には、脚本家である加々美秋蘭自身が出演することもあり、みんな首を長くして劇の始まりを待っています。
「なんで悲劇仕立ての『美女と野獣』なのかしら?」
禾が首を傾げて問いかけます。その問いに答えるのはみちるでした。
「あぁ。なんでも、美稀がヒロインを桃に譲る代わりに、悲劇にしてくれって懇願したらしいな」
「ふ~ん、なるほどねぇ~」
「それよりも、何故隆也が猫耳をつけているのかの方が謎だが」
かおるが舞台への目線を変えずに呟きました。
「あっかおるちゃん気づいちゃったぁ?これはねぇ、みちるにつけてもらうんだぁ♪」
これもこれもこれもと言いながら、隆也はメイド風コスチュームセットをどこからともなく出してゆきます。
「うふ、マジシャンみたいね。これって三組の喫茶店で販売してた商品じゃない?」
「『萌え萌えメイドカフェ☆にゃんけんぴょんだぞ♪』」
そのフレーズに似つかわしくない冷め切ったトーンで、かおるが言いました。
「そそ、かおる何でも知ってるわねぇ~」
「なかなか売り上げの良さそうな繁盛ぶりだったからな」
「私ずっと入り浸ってたからわかるわ~。で、みちる、猫耳つけるの?♪」
禾が微笑みながらみちるに聞きましたが、
「ふっ、誰が」
悪魔のような笑顔で一蹴されました。
「ぐすん」
隆也が泣きかけたその時、ついに劇の開始を告げるブザーが鳴りました。
「おっ、待ってました~。がんばれ桃ー」
禾が控えめに拳を上げて、ヒロインを激励しました。




