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仲間たち

「フィル、何難しい話をしてんの?」


 風を切るみたいに、弓使いのエリスが輪へ入ってきた。背が高く、頬に夕の影が落ちている。眼差しはまっすぐで、躊躇がない。踵が砂礫を小さく鳴らすたび、細い石が転がって止まる。視線が落ち、靴先でひび割れの筋をなぞってしまう。


「あんた、もしかしてミツルちゃんを口説いてるんじゃないでしょうね?」


 喉の手前がからりと乾く。フィルは目を丸くし、すぐに表情を整えた。


「こらっ、エリス! 人聞きの悪いことはよしてくれないか。僕はただ、同じ魔術師として、真面目に魔術の話をしているだけだよ」


「あら、そう? けど、そういう共通の話題から始まることって、あるじゃない。いわゆる口説きの常套手段としてはさ」


 エリスの微笑みが、張り詰めた空気の角を丸くした。からかう声色の奥に、体温のある気づかいが潜む。肩の力が、ひと息ぶんだけほどける。


「誤解しないでほしいな。だいたい彼女はまだ子供だよ。それに、僕はそういう軽々しいことは嫌いなんだ」


 フィルは困ったように笑う。


 「子供」という言葉が、胃の底へ薄い紙片を押し込まれたみたいに重い。手のひらを握り、指の節に白い線をつくる。


「ミツルちゃん。あなたも自分がどれだけ魅力的か、そろそろ気づきなさいよ。フィルだって一応男なんだから、注意しなきゃね?」


「……そ、そんな、わたしなんか……」


 言ってみて、すぐに口を閉ざす。頬の内側に熱が差す。背筋が、自然に伸びた。


 エリスは肩を竦め、目だけで「よし」と告げた。


「あなたには期待してるからね。実力は折り紙付きだし、なんたってわたしたちの大切な仲間なんだから」


 肺の奥がふっとほどける。息が、きちんと入ってくる。


 わたしは小さく息を吸い、うなずいてから口を開いた。


「う、うん……。わたしのできることでみんなの力になれたら、それが嬉しい」


 跳ねるような声のあと、エリスが抱きしめてくる。体温と香りに挟まれ、肩がきゅっとすくんだ。腕の置き場に迷い、指先だけが空を掴む。


 視線を泳がせると、フィルが横を向いたまま、目尻だけで笑った。


「エリス、あまり彼女をからかわないでくれよ。困ってるじゃないか」


「からかってなんかないわよ。わたしは本気でミツルちゃんが大好きなんだから!」


 抱擁がもう一度ぎゅっと深くなる。肩がすくみ、耳の裏へ熱がせり上がる。


「ミツルちゃん……“あの時”救けてくれたこと、本当に感謝してるわ。あなたがいなかったら、わたしたち、今ごろここにはいなかったかもしれないんだから」


 言葉の熱が、皮膚より内側へ静かに浸みていく。


「あなたは本当にいい子だよ。みんな、こうしてあなたとパーティーを組めたことが嬉しいの」


 エリスの笑みが、肩先にそっと手を置くみたいにわたしを支える。


 ……剣の中の茉凜は《《ブーッ!》》っと警告ブザーを連呼。鞘越しに、腰のあたりが薄く震えた。いつも以上に賑やかだ。


◇◇◇


 夕方の薄明かりの中で、群れからはぐれた三頭のダイアーウルフが、荒野に影のように佇んでいた。


「さて、どうするかい? リーダー?」


 マティウスの声が低く響く。カイルは周囲を一巡だけ見渡し、短く答えた。


「やろう。三頭なら連携の練習にちょうどいい。時間もそこまでは無駄にならない」


「同感だな。俺も改良した仕掛けを試しておきたいしな。へへっ」


 口端に頼もしい笑みを残し、マティウスは縄を繰り出す。繊維が指に食い込み、金具が乾いた音を立てた。


 馬車に横になっていたボッツーリが身を起こす。遠くを射抜くように睨み、斧の柄を握り直した。刃が夕光を受け、鈍い光を返す。


「よかろう。新調した斧の斬れ味が楽しみだ」


 エリスは矢筒を背へ回し、革が擦れる音を残す。腰にも一本固定すると、軽やかに弓を構えた。


「いつでも行けるよ。矢はたくさん持ってきたしね」


 フィルが懐から取り出したオーブは、紫の鈍い光を脈打たせている。短く一言。


「魔石の脈動、良好。圧縮魔法陣、装填確認済み。全て問題なし」


 レルゲンは荷台の端に腰を下ろしたまま落ち着いた様子で、いつでも回復支援ができる態勢を整えている。


 わたしは馬上から手綱を引き寄せ、声を投げた。


「いざとなったら、わたしとヴィルも支援に入るわ。みんななら大丈夫だと思うけど、無理だけはしないでね」


「おう、任せておけ!」


 カイルが飛び降り、足音が乾いた土を蹴った。続いて仲間たちがそれぞれの位置につき、音も気配もひとつにまとまっていく。土の匂いがわずかに濃くなり、わたしはその背へ信頼の視線を送った。


◇◇◇


「ヴィル、どう思う?」


 前方へ視線を移しながら尋ねる。彼は眉一つ動かさず、戦況へ目を凝らしていた。


「どうって?」


 淡々とした声。鋭い瞳は、三頭のダイアーウルフに立ち向かう仲間の姿を射抜いている。


「彼らの戦いぶりを見ての感想」


 カイルが一歩踏み込み、大剣を構えた。背筋は揺るがず、刃先には退かぬ意志がにじむ。


「うむ、まずはカイルだな。あいつが前衛に立ち、敵を引き受ける。この局面でこそ、防御に徹した大剣が生きる」


 手綱の革が掌で小さく鳴り、ヴィルの息だけが風の中でも一定だった。


「そして、背後からフィルの風魔術が支援に入る。旋風で足元を崩し、時に障壁を展開して死角を補う」


 フィルの手がかざされ、空気が渦を巻く。砂塵が舞い、狼の脚がもつれた。


「動きが鈍ったところでエリスが目を射抜き、視覚を奪う」


 弦が鳴り、矢が紅黒い眼を正確に射抜いた。獣の動きが止まり、胸の奥が熱を帯びる。


「とどめといきたいところだが、ここからが本番だ」


 ヴィルの言葉どおり、カイルたちは間合いを取り直す。負傷した獣が唸り、鼻先を震わせながら追いすがった。


「おびき寄せられたところで、マティウスお得意のトラップが発動する」


 突如地面が沈み、砂煙が舞った。鉄線が跳ね、ぎちりと脚と胴を絡め取る。暴れるたびに鉄が軋み、土埃が鼻を刺した。マティウスの仕掛けだ。足元がゆるんだ瞬間に、鉄線が一気に締まる。逃さぬための罠だった。


「どぅおりゃああぁーっ!」


 ボッツーリが巨斧を掲げ、地響きを立てて突進する。刃が振り下ろされると、骨を割る鈍い音が響いた。カイルも加勢し、三頭の影は土に沈む。


 静寂ののち、歓声が弾ける。金属が触れ合う音が余韻のように残った。


「なかなかいいパーティーじゃないか。コンビネーションも悪くない」


 ヴィルはまとめながらも、最後の語尾だけが少し硬い。わたしはそれを拾ってしまい、指先がひとつ分だけ冷えた。

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