2 この世界で、レイリーディアを最高に幸せにする
「不審者よ…何が望みだ」
「この世界で、レイリーディアを最高に幸せにすることよ!」
クラウスは鼻で笑った。
「レイリーディアには最高級の衣食住と教育を与え、婚約者もこの国で最も身分の高い男、王太子だ。すべて私が用意した。なんの不足がある」
私はクラウスを睨みつける。
その王太子が、光魔法を覚醒させて編入してくるヒロインの平民女子に心を奪われ、レイリーディアを蔑ろにするようになるからだ。
婚約者である王太子からひどい扱いを受けるようになったレイリーディアの周囲からは、どんどん人がいなくなった。
親切心から貴族の礼儀に慣れていないヒロインに注意すれば「いじめだ」と言われ、他の貴族令嬢がやったヒロインへの嫌がらせもレイリーディアのせいにされ、レイリーディアは悩み苦しむ。
クラウスだってそれに怒り狂って、散々ヒロインに嫌がらせするじゃん。そのせいでレイリーディアが断罪されちゃうんだよ!
ってことにクラウスが気付いてないってことは、ちょっと待った。
「ねぇ、今はいつ?」
「…アーネスト王歴十二年の三月だが、それが何だ」
ゲームが始まるのは、レイリーディアたちメインキャラが貴族学園三年生になる、アーネスト王歴十二年の四月。
ってことは、今はゲームが始まる一カ月前。
まだ行ける。
「今なら、まだ変えられる…」
「何か言ったか?」
私はクラウスに取りすがった。
「クラウス、私に貴族の身分をちょうだい。そしてレイリーディアと一緒に貴族学園に通いたいの!そうしたら、あなたの秘密は守ってあげる」
ーーー
クラウスは「クラウスが約束を履行すれば、秘密を守る」という念書をつくり、私にサインさせた。
そして私を公爵家に連なる傍流貴族の養女にし、貴族学園への編入手続きをとり、公爵邸に私の部屋を用意してくれた。
いとも簡単に、迅速に。
どんだけレイリーディアにシスコンをバラされたくないんだか。
そんなに恐れるなら、最初からやらなきゃいいのに。
クラウスのおかげで、私はミナ・フォン・エーデルフェルド子爵令嬢として、学園の三年生になることが決まった。
「貴族学園の教育レベルは高いぞ」
「大丈夫、一応進学校出身だから。赤点の常連だったけど」
「…不安だ」
でしょうね、ごめん。頑張るから許して。
「気が進まないが、レイリーディアにも紹介しておく。お前は田舎の親戚の令嬢であり、レイリーディアの側仕えを兼ねて、公爵家で預かって面倒を見るということにしているからな」
「わかった」
クラウスが立ち止まり、扉をノックする。
「レイ、いいか?」
「…ちょっと待って、レイリーディアのこと、レイって呼んでるの?」と私はクラウスを睨みつける。
クラウスは勝ち誇ったような笑みを浮かべて、私と見下ろした。
「兄だからな。俺だけに許された愛称だ。どう頑張っても、お前には無理だろうな」
レイリーディアにそっくりの美しい顔が、今は心底憎らしい。
同担拒否はいいよ。
でも推しからの認知度でマウントしてくる奴、嫌い。
私がクラウスにつかみかかりそうになった時、部屋の中から鈴のような声が返った。
「どうぞ、お兄様」
その瞬間、胸が跳ねた。
(声、尊っ…!)
扉が開く。
レイリーディアが椅子から立ち上がり、こちらを見た。
光をまとったような金髪。透き通るような肌。ブルーグレーの柔らかな瞳。
あ、そうなの。そうだったの。
ユナのビジュが大爆発に大爆発を重ねてビッグバンだったGood Girl期の外見で作られてるゲームなの、これ。
いつも画面の中で見ていた推し。
神社にも寺にもパワスポにも行って祈ったけど祈りが通じなくて、ヨントンもコンサートもファンミの全落ちして、生で拝んだことのなかった推し。
が、こんなに近くに。
薔薇のような匂いも息遣いも感じられる。
画面の中のドットも、イラストも、スクショも、事務所のWi-Fi弱すぎて画面がすぐ止まるライブ配信も。
すべてが、今ここにいる彼女の一瞬に負けた。実物に勝る尊さなし。
口を押さえて昇天しそうになったとき、レイリーディアの唇が動いた。
「…先ほどの不審者、ですわね?」
不覚。推しに不審者だと思われている。何とかして誤解を解きたい。
「ご、ごめんなさいっ!本当に侵入したつもりはなくて!気づいたらあそこにいて…」
目を上げると、レイリーディアの目がこちらを見ている。なんかもう、どうでもいい。
「でもあなたに会えて本当に幸せで、もう不審者として死んでもいいです気持ちになりました。煮るなり焼くなり好きにしてください」
レイリーディアはゆるやかに微笑んだ。
「面白い方ですこと」
やばい、推しに微笑まれた。
世界、ありがとう。転生してよかった。
全落ちはこのためにあったのかもしれない。
ありがとう、早打ちな同志たち。
クラウスが咳払いをする。
「レイ、この者は不審だが不審者ではない」
レイリーディアはきょとんとした。そりゃそうだろう。どっちなんだいって話だ。
「遠縁のエーデルフェルド子爵の娘で、名はミナだ。今日からここでレイの側仕え兼行儀見習いとして生活し、四月からは三年生として貴族学園に編入する」
「まあ、そうだったのね」
レイリーディアはそっと私の手を取った。
白い手は柔らかくて温かくて、いい匂いがする。
それ以外何も考えられない。
「あっ…あのっ…その…ずっと好きでした…!これからも好きですっ…」
「ふふっ」とレイリーディアは笑う。
「本当におもしろい方ね」
白い手で口を押さえる仕草すら優雅だ。
さすが完全無欠の我が推し。
「私、新学期が始まるのが少し憂鬱でしたの。けれどミナと一緒に通えるのなら、楽しみですわ」
「はひっ…私もです…!」




