1 異世界転生したらどう見ても不審者でした
眩しい。
目を開けた瞬間、私の視界に広がったのは金色に輝く日差しと、宝石が咲いているかのような花壇。そしてその奥に広がる信じられないほど広い庭園。クラシカルな噴水が涼やかな水音を立てている。
「…はい?」
K-POPアイドルがモデルになっている学園系乙女ゲームを何とかフルコンプし、推しが主役を張るボーナスステージを解放して、どうにもこうにも我慢できずに早速プレイしながら道を歩いていたのを覚えてる。
でも気がついたら、ここ。
夢だと思った。でも頬をつねっても痛い。いや、夢にしては細部がリアルすぎる。
「まさか死んだ?」
ああ、歩きスマホだめ。絶対。
「マジで異世界転生なの…?」
そう呟いたその瞬間、私の目にとんでもない人物が映り込んだ。
宝石のような花の間を、気品ある仕草で歩く少女。
もはや彼女が宝石であり、さっきまで煌めいていた花たちが「参りました」と色を失ってしまったように見える。
しっとり露を含んだピンクの薔薇のようなドレス。ブロンドの巻き髪が風に揺れ、ブルーグレーの柔らかな瞳。
「嘘でしょ、レ、レイリーディア…!?」
思わず声を出した。
さっきまでプレイしていた、事務所の垣根を超えて人気K-POPアイドルが総出演する乙女ゲーム『エターナル・アンコール』。
そのゲームに登場する、悪役令嬢レイリーディア・フォン・ロイエンタール。
私の最推し…K-POPアイドルのユナをモデルにした、完全無欠の美女であり、今からプレイしようと思っていたボーナスステージの主人公。
何百回とスクショして保存していたその姿が、目の前にあって、動いている。
「エタコルに転生したの…?ちょっと待って、じゃあ私は誰に転生…」
立ち上がり、噴水に向かって走り出す。あと少し、あと少しで自分が誰なのか確認できる…
「おい、そこの者!」
鋭い声が背後から飛んできた。振り向くと、見たことのない制服を着た男たちが数名、こちらに駆け寄ってくる。
「不審な女を発見!」
「ちょ、まって、いや、推しを見てただけなんですってば!」
「確保しろ!」
あれよあれよという間に、私は地面に押し倒され、両腕を取られ、あっさり捕縛された。
目の隅で、騎士がレイリーディアに「お嬢様、大丈夫ですか?」と駆け寄っているのが見える。
少し驚いたレイリーディアの表情が、眼福過ぎる。
いや、それどころじゃない。
「ちょっ、待って、違うの!私はただ…今来たばっかりで、レイリーディアを見てただけで…いや、ちょっと待って話を聞いて!」
だけど誰も聞いちゃくれなかった。
こうして私は、異世界転生して五分後には、不審者として捕まったのである。
ちなみにちらっと水面に写っていた自分は、もともとの自分だった。
(令嬢憑依じゃないんかい!可愛い令嬢に転生させてくれよ!!)
ーーー
暗くてかび臭い牢屋。冷たい床。
重厚な扉が音を立てて開く。
私の前に数人の男が立つ。軍服を着ているのはわかるけど、暗すぎて顔がよく見えない。
「これが、庭園に侵入したという女か」
「はっ、公爵閣下。薔薇園の裏手で、ちょうどお嬢様が散歩なさっているときに発見されました」
男は冷たい声を投げつける。
「なぜ侵入を許した」
「もっ…申し訳ございません。警備は完璧だったのですが…」
「侵入を許しておいて、何が完璧だ!」
それはごもっとも。
「突然…何もないところに急にあらわれて…」
「魔法の気配もなかったのに、突然人が出てきたり消えたりするわけがなかろう!」
それもごもっとも。
ようやく目が慣れてきて、部下を叱りつける男が、レイリーディアの兄クラウス・フォン・ロイエンタールだとわかる。
推しの兄、来ちゃった。
モデルはユナの実兄で、今をときめく韓流スターである俳優ジソン。
K-POPアイドルのゲームだって言ってるのに、「ユナの兄を他の奴にやらせるわけにはいかない」と無理やり割り込んできた筋金入りのシスコンだ。
エタコルの中でも、シスコンぶりは縦横無尽に発揮されていた。妹を侮辱した者は貴族だろうとバッサリ処断する、恐怖の守護者として。
正直レイリーディアが最後にヒロインと攻略対象によって断罪されるときに列挙された罪のほとんどは、クラウスによるもの。
そんな彼に、いま私は…
「名を名乗れ」
尋問されようとしている。詰んだ。人生詰んだ。
「…ミナです。山田美菜」
「苗字があるということは、貴族か?しかしヤマダなど聞いたことがない。国籍は?」
「…日本です。伝わるかわかりませんけど」
「領民ではない?」
「たぶん違います…でも敵ではありません、信じてください!」
「許可も得ず公爵邸に侵入し、妹に近づいた者の言葉を信じられるわけがないだろう」
クラウスは冷たいブルーグレーの瞳で私を見て、隣にいる騎士に命じた。
「殺せ」
一瞬、空気が凍った。たぶん、私の心臓も。
私は牢の格子をぎゅっと握って叫んだ。こうなったらやけくそ、一か八か、あがいてやる。
「私はあなたの秘密を知ってる!レイリーディアに知られてはいけない秘密を!」
クラウスは一瞬たじろいだ。
「でたらめを言うな」
いや、でも今たじろいだよね。いける。
私は彼の耳に口を近づけて、囁いた。
「クラウスあなた、夜な夜なレイリーディアの寝室に忍び込んで、何時間も彼女の寝顔を見つめているでしょ?レイリーディアが知ったら、気持ち悪い兄だと思うでしょうね。もう口も聞いてもらえないかも」
クラウスの顔色が青く変わっていく。
「そしてあなたの部屋から繋がっている隠し小部屋に、大量のレイリーディアの姿絵と、レイリーディアがサイズアウトした子ども時代のドレスや靴が保管されているってことも知ってる」
ゲームで見て死ぬほど引いたが死ぬほど気持ちはわかったクラウスの行動が、ここで生きるとは。
「私が死んだら、街中にその秘密がばらまかれるようになってるわ」
そこは嘘だけど。
クラウスはふらりとよろけ、騎士に支えられる。
「不審者よ…何が望みだ」
そんなの決まってる。私がこの世界に来た理由。
私はどんと胸を叩いた。
「この世界で、レイリーディアを最高に幸せにすることよ!」




