夜明けを告げる声Ⅲ
「これは、予想以上」
白銀の大地を貫く剣。刀身は黄金色に輝き、その凄まじいまでの切れ味で襲来したカラスたちを一太刀で全滅させてしまった。
アイがいままで使っていた黒鉄の能力は強力ながらも荒々しく、薙ぎ倒すことはできても岩や殻を突き通すほどの威力はなかった。
能力の素質は本人の性に左右される。もともと血統や素質は抜きん出たものがあったが、今この瞬間に殻を破ったのは間違いない。
「アイ・・」
「私は、まだ迷ってる。これから先、みんなにどう接していいかわからないし、きっとこれからも迷惑かける」
「いいんじゃないか。子供のわがままを聞いてやるのも、大人の仕事だ」
「子供扱いしないで。・・でも、川﨑との約束はまだ一つも守ってないから、とりあえずそれを全部やってしまわないとね」
アイは自分でも気づかないうちに、川崎と交わしたいくつもの約束を一方的に破るところだった。包丁も、茜屋のバイトのことも、思えばやり残したことはまだまだたくさんある。
右腕を押さえ、草の上に足を放り出している川崎に向け、アイは左手の小指をまっすぐに伸ばす。
「お母さんが一番嫌いだったこと、いまさら思い出した。お母さんは約束を破ることが一番嫌いだった」
本当にいまさらだったが、アイは母との最後の会話の、最後の約束を思い出していた。
・・あの時、私はあの結んだ小指の意味を少しも理解していなかった。
何も残さず終わりにはしない。誰のためにでもない、自分自身のために再びこの小指を結ぶ。
「もう、勝手にいなくなったりするなよ」
「うん。約束する」
「逃げられた」
不意を突かれた時点で覚悟はしていたが、カエデの目にすら映らない動きに単純に驚いた。こちら側の動きを全て読み通した手練の動き。追跡は可能かもしれないが、カエデ単独では勝算が薄いと言わざるを得ない。
ヘイジが相手にしていた佐倉という剣士とは別の正体不明の敵。
「まあ、なんとなく予想通りではあるか」
薄暗い森の中を千馬は引きずられるように退いていく。
「手ぶらとは、情けない」
「そう悲観しないでください。あの状況では千馬さんでは相性が悪かったんですよ」
「僕はあいつが嫌いだ。理想を語るだけで、現実をまったく見ていない」
「私は大好きですよ。昔から、ずっと」
彼女の能力によって追っ手がきていないことは把握している。範囲内の生物の感情、思考を読み取り、逆に自分の思考を発信することもできる能力。
「お別れは済ませたのかい」
「そんなもの必要ありません。きっと、またすぐに会うことになりますから。ですが、最後の贈り物を一つ、茜屋に置いてきました」
小さな青色の花。彼女の母がくれた名前の花が、彼女の表し切れない感情を代弁してくれる。
いつ、どこにいても私は悲しむあなたを愛している。