↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界よ、鬼がまかり通る!!!  作者: 西岡怜伽
PR
7/9

第七話:総火演よ、鬼がまかり通る!!! 3

1


エリナーには「魔術」の適正がある。それも類稀な「魔術」。しかし、誰もその「魔術」の性能や効果を知らない。

それは、この学園の全記録や構成する者すべてが知らぬこと。

 しかし、この「魔術」を扱う者のみこれが「何」なのか理解している。そしてこの世には起こる大きな出来事にはすべて代償が伴うということも。

それはその血にのみ理解する。


2


「ではお願いします」

特殊軍事教練学校の修業(しゅうぎょう)過程を果たし、第一勢力へ入学が決まった。そして入学してからどの学科に配属になるかを決める選定会が、式典の約一か月前に行われることになった。配給される住居へ転住時期と同じであったため、引っ越しを午前中に済ませて現在に至る。

「えっとこの端末?に触れればいいんですよね?」

「そのようにしていただければ」

と明らかに端末というには機械的すぎる石板に触れる。その石板には様々文字が刻まれていて、奥にそびえたつ仄かに光放つ水晶球の中に恍惚としてしまいそうな美しき書物が漂う。その部屋はその水晶球を保管する部屋という認識が正しいのだろう。

 ヒト約二人分の直径の水晶球を中心にその水晶球を調査・研究するための「魔法」技術の粋を集めた機材が所狭(ところせま)しと敷き詰められている。

「おっと、私(わたくし)としたことがと説明を忘れていましたこの石板(端末)はあのあらゆる「魔術」に関する知識を詰め込んだ書物です」

「ということはこの本さえ読めば「魔術」の「七術」すべての行使的解釈が得られるということですか!」

「いいえ、グレンジャーさん。この書物に記載されているのは、かの「魔術」の開祖である「傾国」の方々が有する知識、ひいては書物に記載されているものほんの一部分であるものを集約した書物です。

「ま、要約すると「魔術」に関して広く浅く記載されたものということです」

「これで「魔術」の適正を調べられるのでしょうか?」

エリナーの後方から同期生と思われる声が聞こえる。

「広く浅くとはいえど、第一勢力の精鋭や神仏妖魔の方々の知識やご助力をもってしても、行使的解釈に至れているものは皆さまが思っているほど多くはないのです」

「一体どのくらい、至れているのでしょうか?」

すると案内係の研究学科の白衣を纏った女生徒は口角を上げる。それを見たエリナーを含めた第72期生は固唾を飲んだ。

「約三分の一です。純情な感情程度しかわかっていないのです」

「なるほど、ここでその三分の一以外の三分の二の「魔術」の適正を持つ者が現れれば、より上位の学科へと入科することができると」

「それだけではありません」

「?」

「我々の研究対象へとも変わるのです」

すると、案内係の女生徒はより奇々怪々とした笑みを浮かべる。

「・・・」

「さ、張り切ってイキマショー」

(張り切っていけねぇよ)と一同は思った。

そんな気持ちはおいて拳を天井に着き上げて「おー」女生徒が元気に言った。

しかし、一同に彼女についていけるほどの頭のネジが飛んだ者おらず、我先にと端末へ触れる者は居なかった。それは裏を返せば、頭のネジが飛んでいて自信にあふれた者は絶対に特別な「魔術」を使えると思っているということでもある。そういった自信過剰な者は若い年齢ということもあり、新人(ルーキー)には多いのである。

エリナーが前に出た。そもそも一番最初に触れる予定だったということもあり、その場にある雰囲気がエリナーだと言っているようだった。その雰囲気に負けたように前に出たのだ。

「最初はグレンジャーさんですか、どうぞ」

やけに満面の笑みなのが怖い。エリナーは石板たる端末に恐る恐る触れた。

 エリナーの触れた手が石板に伝わるように青白く輝く。その光が石板に刻まれた文字に光で満たされた時、石板が強く瞬間的光った。その容貌に感嘆の声があがる。

やがて、石板と水晶球を繋ぐパイプのような、「魔術体質」や「魔術」に関する適正を情報体に変換する「魔法変換機」をその光放つ情報体が水晶体へと至る。

水晶体に到達すると中で、揺蕩(たゆた)う書物が開き、最初から最後のページまでめくられていく。

しかし、最後のページまで到達するとそのまま眠るように閉じてしまった。

「これで終わり?」

「こ、これは・・・!?」

「どうしたんですか?」

研究科の女生徒がうつむいたまま、ブツブツとつぶやいている。

「・・・あの大丈夫ですか?」

「キタァーーー!!!!!!!」

部屋中に彼女のやや常軌を逸した叫び声が響き渡る。

「な、なにが?」

「今の反応はこの書物には記載されていない「魔術」に関する適正・知識を持つ者ということです!!!」

「へー」

あまりのテンションの上りように生返事になる。

ひとしきり滔々(とうとう)とした一人語りをまくしたて後、彼女指を鳴らした。

「ということで・・・」

するとぞろぞろと研究科の者と思われるガタイのいい獣人種の男たちが、エリナーの両腕を掴む。

「ナニコレ?」

「研究対象確保(GET)」

と指さしで支持すると、エリナーを別の部屋へ連行していく。

すると、見覚えのある顔があった。それは実に数年ぶり再会であった。再会というにはなかなか奇妙な立ち位置であるが。

「バーメイン?」

後になって気づくが、後方で質問していた男も彼だったように感じる。あの夜以降、まともに声を聴いて驚いたのだが、声変わりしていたように感じた。


2


「う~ん」

研究科の記録のない「魔術」を研究し、行使、一般に広く普及すること、軍事利用、「魔法」と併用可能にするなど、様々な技術発展を目的にした研究第二科の面々は頭を悩ませる。

その中でも、この研究班のリーダーでもあり、エリナーを研究対象とし拉致(連行)するように指示した本人でもある彼女が、声を出して頭を悩ませる。

「なんで、何一つもわからないんだろう」

「おかしいんですよね」

「何が変なんですか?」

「「魔術」というものは基本的にはDNAのような情報体が存在します。その情報体を共鳴させて発動させて、物質界に再現させるのを「魔法」です。「魔術」はその情報体を身に刻んだモノが「魔術」の適正者であり、「聖遺物」なのです」

「へー」

「へーって、これしき一般常識ですよ!」

「すいません」

例の適正検査からしばらくたった後、血液やDNAに関するものや死壮観や性格診断・学力調査など、ありとあらゆるエルビス・グレンジャーに関する採取可能な情報を聴取された。その結果が出たので

「グレンジャー氏の持つ「魔術」に関する情報体に類似する情報体の記録がないんです」

女生徒の迫真の物言いが空ぶったようなエリナーの反応。

「・・・なるほど」

「理解してませんね!未知です!MITIですよォ!!!」

「よかったじゃないですか」

「それが死に物狂いで徹夜して、研究した結果!取っ掛かりがないのです、欠片も!身を粉にして、東奔西走して神仏妖魔の方々に聞きまわったのにも関わらず!部下が」

(どうりでこの部屋に来る途中で研究科の制服着た人が倒れてるのか)

「ということは、誤作動か、とある神仏妖魔の方々との密儀によって神仏妖魔の方々にも開示されていない「魔術」という可能性があるのです!」

「・・・」

「・・・」

「反応薄いですね。本当は何か知っているんじゃないですか?だったら・・・あれ?」

その場からエリナーは居なくなっていた。

「ありゃりゃ。せっかくのウソ発見器のデータを確保できると思ったのに」

それから幾度となく普通科に通う傍ら、検査や実験が行われ続けたが一向に結果が実ることはなかった。

そんな中、とある話題がエリナーの同期生との間で持ち上がることがあった。

それは「魔術」に対する適正は皆無。それを覆すほどの卓越した戦闘能力と深く練られた「魔法」。大きな戦果は挙げられてはいないものの、確実性の高い作戦遂行と何よりも仲間思いという同作戦に参加した皆から厚き信頼を置かれている男がいる。

そんな男の噂がどこか誇らしく思えたエリナーは、バーメインのことを思い出すのであった。

 しかし、そんな憧れと羨望の男の話題はやがて戦闘事故という、ありふれて、ありえない、他人からすれば数日も立たない内に風化する陰鬱な記録へ変換される。

そして、戦力外通告を受けて、この島で過ごす最後の一年が始まった。

「グレンジャー氏、どうしても話してくれないのですか?」

エリナーのもつ「魔術」について研究してきた女生徒が、すねた子供を諭すような口調で問いかける。

「ここまで手を尽くしてくださってくれたことには感謝してますが・・・」

「だったら!」

と女生徒は言葉を見失った。

ここはいつもの薄暗い研究室でもない、変わり者の半神半人の彼女が通う喫茶店である。

壁を伝うツタの間からうっすらと西日が射しこみ、彼女のもつ地下で埋もれた神聖さが輝きを放つ。

 私はどこか人との間にある心に重しが乗ったような感覚があった。

特殊軍事教練学校時代にはこんな感覚を覚えるどころか、関係性に苦しみではない別の何かを感じたことはなかった。これが社会という大きな舞台に立つということなのかもしれない。大人になって夢も減ったくれもない皮肉を言う奴らはこういう時に、立ち直れなかったか、現実という壁で曲がってしまったのだろう。

 私は自室で一人、窓際にて椅子に腰かけて「魔術」を発動寸前まで至ったところでとめる。

とめたのは私ではない、この「魔術」を使用してきた先人である。


3


これはバーメインと過ごした夜から少し、きっと訓練合宿よりも前だからひと月前のころだ。

私と兄弟たちは家の近くにある森にある、色とりどりの水鳥の集まる泉で水遊びをしていた。その日は気温も高いのに雲一つない晴天で、水遊びにはもってこいの陽気だった。兄弟たちは最初こそ和気藹々(わきあいあい)と仲良く遊んでいたが、何気ないことで次男と次女がケンカしてしまい、次女に次男が手を上げたことで次女がさらに森の奥へと走ってしまった。

「ハンナー!どこー?」

体についた水気をタオルでふき取った後、合流した父に兄弟は任せて、私は単身次女のハンナを追いかけて走っていた。

幼い次女ことだから、それほど遠くには行っていないと思っていたが、見つからない。

泉のある周辺は人や様々な守り手によって安全が保障されているが、それより先は自然。つまりは私たちのルールが適用されない領域となる。何があってもおかしくないということである。

段々と空が赤味を帯びてきた。それほど時間が経っていたことに気づかなかった。やがて薄着が仇となり、心地よい風が肌寒く感じる。

少し、立ち止まってしまった。これだけ見つからないということは、もうしびれを切らして家に帰っているのかもしれない。もしかしたら、ということは考えない。

一息ついてからもう一度捜索を再開しようと、かがんでいた体を起こそうとしたとき、猛々(たけだけ)しい獣の咆哮と少女の悲鳴が同時に森に響き渡る。

エリナーはその音に向かって一心不乱に駆けだした。

息を切らしたエリナーの前には、以前見た旧人類時代のイノシシの五倍に相当する質量を身に宿した猪の形を模した魔獣が、大きく聳え立つ老樹前に鎮座していた。

エリナーは目を奪われるその魔獣から目線を外すと、一人の少女が魔獣から50cm程離れたところで横たわっていた。

「ハンナ!」

するとエリナーの声に反応したのか、魔獣がこちらに鼻先を向けた。よく見るとその魔獣はかなり年老いているような、毛並みや草臥れた爪牙であった。

「そこの女。これはお前のモノか?」

「!?・・・はい」

エリナーはここでエリナーに対して「女」と称したことに疑問を覚えてもよかったが、しかしながら当時エリナーにとって素直に「女性」として扱ってもらえることが、何よりもうれしいという感情に繋がってしまったのである。

「あの、ハンナは大丈夫なんですか?」

肯定するように少し鼻先を下げた。

「よかった。今すぐ帰ります」

エリナーは駆け足でハンナの元へ駆け寄って、ハンナの無事を確認したところで背負って帰ろうとした。

「女かと思ったが、声は男。奇妙よな」

エリナーはハンナを抱えようとしていたが、腸(はらわた)を突くような発言に手を止めた。

「なんでそう思うんですか?」

「神秘あるこの時代に、難義。そう無駄なことよ」

エリナーは心中沸き立つ怒りの膨張が、強烈な破裂音がしてその獣に突沸する。

 獣の持つ瞳はカガミ。赤き瞳は光や周囲を写さず、常に我を写す。そして残されたものが其の者の存在を示す。

怒りに囚われるエリナーの眼前には、怒りに燃える獣がいた。

憤慨する獣は今そこまで感じていた神聖を存在記憶から忘却したように、まるでそこにあるのはただの生物として生きるものであると直感せざるを得なかった。それほどまでに、怒りなのだ。

私ことエリナーには大した戦闘能力はなかった。旧人類時代の人間よりも「魔術」と「科学」という異なるイデオロギー融合体である「魔法」があるため多少の戦闘的危機は、おそらくだが脱せられるだろう。

しかし、そこに備わっていないのは「こころ」である。

怒りに燃えていた獣がエリナーに向かって突進してくる。生娘のように声上げたエリナーが尻もちを搗く。その獣は周りが見えていないようだった。そのまま老樹に向かって駆け、老樹とぶつかると突進の反動をその身に受けて一時的に動けなくなっていたのだ。

「ハンナ!」

先ほどまでいたハンナがいなかった。エリナーの脳裏を横切ったのは、獣に巻きこまれるという映像だった。しかし、現実のエリナーの周りには聳え立つ老樹と怒りに燃えた憎しみを宿す獣。それらを抱え込む、不気味なほど空からしか光を感じることのない樹海である。先ほどまでいた森の様相とは全然違う気持ちの悪いものへと入ってしまった。

「ハンナはどこ!?」

すると獣とエリナーの間にエリナーを除く家族が現れた。

「・・・なんで?」

すると、みんなは獣を攻撃し始めた。思わずその光景から目を背けた。その時、エリナーの頭には家族が助けに来たのではないという確信があった。それはエリナーへの攻撃だと痛感した。だからこそ目を背けたのだ。

 私ことエリナーには、悩みがあった。「こころ」の問題だ。私は解離性同一性障害という、中身と外見で性別が違ったのである。今や「不老不死」ですら可能にする時代。中身と外見の一致は神仏妖魔にとってはさほど難しいことではなく、また貨幣という旧時代的なもの対価にする必要もなく、初等教育の過程で矯正されるものである。

「いやだ!」

その場が騒然とした。

今年は例年よりも性転換の「魔術」を受ける人数が多く、次々と足早に施術されていった。多いと言っても5・6人といったところで、大体が2度目、3度目の施術で大体の者が結局元の性別へと戻すことの方が多いのだ。それでも、毎年1人から2人は性転換するのである。

しかしながら、そもそも最初から拒否する者はより数少ない。

「どうしてかな?」

「だって、なんかいやだ!」

エルビス少年時代のエリナー両親は困惑する。

「君は女の子なんだ、でも体は男の子。そっちの方が嫌じゃないかい?」

「でも、いや!」

「そうか、じゃあやめておこうか」

「・・・うん」

すると、エリナーの顔色を窺うようにエリナー母が向き合う。

「本当に大丈夫?」

「だって、お父さんとお母さんの子供だもん」

両親は肉体の芯なる核から眼球に温かくかけがえないものが溢れてくる。それと同時に言葉が防波堤にせき止められる。

両親はこの言葉を今後十数年間忘れることは決してなかった。

両親と施術者を残して、エリナーは教室へ戻る。

「良き人の子ですね」

「えぇ、私たちにあまりあるような素敵な子に育ってくれています」

「しかし、これからあの子は苦労するでしょうね」

「・・・そうなんですか」

「ええ、時代が人代から神代へと変わりつつある現代において、ああいう子はより苦労する。より便利に、より快適に、より悲しみなき時代になればなるほどね」

「・・・」

両親は黙っていることしかできなかった。

一方、教室に帰ったエリナーを見て不思議がるクラスメート達がいた。

「あれ?エルビス、変えてもらったんじゃないのー?」

「いや、やめたんだ」

「どうして?」

「嫌だったから」

「なんで?」

「なんでって・・・」

他のクラスメート達も異物を見るように「なんで」「なんで」疑問をぶつけるという悪辣な責めをエリナーに与える。当然、そこに悪気などない。

「変なのー」

とクラスの中で浮いてしまう存在になってしまった。

それからというもの、体育やグループ行動が求められる授業や休み時間において、敬遠されるようになり、エリナーならまだしも他の性同一性障害の可能性のある生徒にまで白い目で見てしまう風潮が色濃くなってしまい、さらにエリナーは肩身が狭くなるのを感じた。

(わたしだけならまだしも、兄弟や家族にまで迷惑をかけちゃダメだ!)

そんな気持ちが次第に大きくなり、気づけばそれは自分を家族にとっての「傷つける存在」つまりは敵であると感じてしまうようになっていた。

だからこそハンナ達の喧嘩が自分にも責があり、そんな自分にも、理解されない環境に対しての憎悪にも似た怒りがそこにあったのだ。そしてそれと同時に本当はエリナーと語るエルビスを責め立てたい家族や友人がいるのかもしれない。

そんな腫瘍を抱えてもう、5年以上経つ。

「・・・あなたは私なのね」

その言葉は唇から息を吸うように零れ落ちていたのだ。

意図せず出た言葉を聞いた獣はエリナーに向かってもう突進してくる。

反射的に手が防衛しようと構える。今のエリナーに回避する余裕などなかった。

(誰か助けて!!!)

 不思議な感覚。

私は死を覚悟した。激烈な恐怖感覚と同時に全身の毛が逆立ち、穴という穴から間欠泉のように熱気が逃げ出す。しかし、今現在あるのは温かみに包まれている。私は伏した目をそっと正面に向けた。

すると、エリナーは神々しい光に包まれていて獣を退けていた。しかし、人間の持つ錐体細胞が認識することのできない色をしている。そこにあるということは理解できるのだが、視覚として認識できない。これは「魔術」だ。確信できるのだ。

確信した直後、とてつもない違和感に覆われる。

自分だけがこの時代から乖離して、自分を除くその他のすべてが書き換えられているという気がする。まるで高速の乗り物に乗って連続で左右にカーブしているようだ。目が回る。

気が付くと、そこには家族が心配そうにこちらを上から覗いてた。

「心配したのよ、エリナー」

「え?」

「ハンナを追いかけてここで気を失っていたのよ」

「そうじゃなくて、今エリナーって・・・」

「?」

家族そろって不思議そうな顔をする。

「だってあなたがそう呼んでって言ったんじゃない」

「やっぱりきちんとしたところで診てもらった方がいいんじゃないか」

「そうね、お父さん車をまわしてきてー」

「だ、大丈夫だよ!」

「・・・そう?」

(大丈夫じゃないけど・・・)

結局のところかかりつけの医師に診てもらったが、特に異常はなかった。

両親にあの獣のことを聞こうと思ったが、これ以上心配そうな顔にはさせたくない。そういった思いが強く、かわりにハンナに猪を覚えているかと問うたが覚えていないと言う。

 次の日の学校は、念のため休養を取って休んだ。そして一日あけて、陰鬱な気分で登校する。エリナーが教室に入ると、どこか遠巻きでよそよそしい雰囲気が流れ、いつも通りの一人の学校生活が始める。そう思っていた。

「大丈夫か、森で倒れてって聞いたけど!」

話しかけてきたのはクラスの男子だった。

「どこもケガしていない?」

続いてクラスの女子が声をかける。

(どうなっているの・・・?)

エリナーが呆然としていると。

「エリナーも女の子なんだから、ケガに気を付けないと私みたいになれないわよ」

「!?」

いつもは嫌味たらしくエリナーに暴言を吐いては、エリナーをいじめる主犯格として偉そうな彼女が、心配している?

それどころか、クラスや教師陣を含めた学校全体がエリナーの性問題を気にしなくなっているのだ。

 たまらず走った。

一人になれる場所を求めて、ただ廊下を駆けた。頭の中は複雑に絡まった思考や感情が埋め尽くし、ただ駆けた。

気が付くと、つらい孤独な学校生活から逃げたいときにひっそりと使われていない予備教室へと来ていた。

しばらくするとエリナーを呼ぶクラスメートや教師の声が聞こえた。違和感しかしない。

呼ばれ慣れない「エリナー」という名がこうも忌々しく思うとは夢にも思わなかった。

やがて、声も足音も遠ざかっていく。そして誰にも気づかれないように、あの時と同じように「魔術」を発動しようとした。そう獣に攻撃されそうになった時のように。

(助けて!!!)

胸の前で固く握った手が汗ばむ。そんなこと気にならない程に目を閉じて念じる。自分の中にある何か得体のしれない「力」に。

前とはかなり違うようだった。

ゆっくりと目を開く。するとローブに身を包んだ清廉とした女性が立っていた。決してその妙齢の女性の顔を見ることはできないが美しいだろうなとエリナーは思った。

「まだいたのですね」

エリナーが女性に見惚れていると女性がくちを開いた。

「どういうことですか?」

「周りを見渡してみなさい」

するとあたり一面は白銀の世界。その中にポツリと人がいるようだった。

「彼らは私とあなたと同じ「魔術」の使い手たちです。」

「!あ、あの突然この「魔術」が発動したんですけど、全然よくわかって無くて。両親にも兄弟にも心当たりがなくて、あの」

その女性はエリナーの前に手を差し伸べた。エリナーもなんだかこの手に触れなくてはいけないと思い、美しく優しいその手の平にそっと乗せた。すると女性は優しく綿に触れるように握った。その手はどこか温かく懐かしい気さえした。

落ち着いた様子を見たその女性は慈愛に満ちた笑みを浮かべた。

「この「魔術」はきっとあなたのすべての願いをかなえるでしょう」

「・・・」

エリナーには思い当たる節があった。

「けれど物事には代償がつきものです。この願いをかなえる「魔術」はその願いの大きさに比例して、周囲からあなたという存在を隠していきます。」

「それはつまり?」

「そこにいる彼は、第一期戦争時代に家族を守ろうとこの「魔術」を使って命を助けました。それは血のつながりだけではなく、彼が家族たり得るという間柄も当然含まれています。しかし、代償として彼は自分の大切な人間から、自分という存在・記憶ありとあらゆるものを隠されました」

確信めいたエリナーの目をみた彼女は続けた。

「あなたも心当たりがるのではないのですか」

「はい。・・・おそらくこの「魔術」が叶えたのは獣を追い払うということではなく、今の環境を変えるということ。それがたまたま代償と一緒だった」

後にこの出来事を思い出すにあたり、やけに考察に冴えていることに疑問を覚える。もしかしたら、この女性の手に触れた時に何か恩恵を受けたのかもしれないと、出世払いのように感謝の念がつもる。

「その中でもより大きなもの代償に隠された者たちの思念をこの「魔術」に「呪術」として組み込んで、悲惨な目に合わないよう助言をしているのです。といっても今回が初めて発動しましたが」

「どうしてこの「魔術」が私に?」

「それは分かりません。気まぐれなんでしょう。わかることは先ほど言った能力と代償。そしてこの名もなき「魔術」を神隠しと呼んでいることです」

「神隠し・・・。」

「この「魔術」を使うことはおススメできません。でも、どうして使う時が来るでしょう。その時は後悔なくね。過去も現在も未来も常に一体。その行動を失敗と捉えるのも成功と捉えるのもあなた次第よ」

「あなたは後悔しているの?」

「今の今までそう思っていたわ」

その柔和な美しい笑みを忘れることはない。憧れたのだから。


あれからというもの色々と、本当に色々とあったが未だに「魔術」を使ったことはない。

この日までは。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。