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一宮砦の戦い~御恩(給料)無くして奉公(労働)は無い~


一宮砦とは現在の愛知県豊川市一宮町宮前にあった砦である。本多信俊というマイナーだがモブ本多というには結構有名な徳川本多シリーズの一人が築いた砦である。砦の建設目的は牧野成定が立て籠もる牛久保城を包囲するために築かれた。砦は野田城と牛久保上の中間に位置しており東名高速道路と飯田線が交差する大動脈の傍にある。そのため当然のように野田城が落ちたら最前線になる場所だった。


本多信俊について少し詳しく解説しておこう!


本多信俊は天文4年(1535年)生まれで桶狭間時に25歳だった人である。母親は有名な九鬼氏の生まれだったと言われており、三河と九鬼水軍との繋がりを読み取ることが出来たりする。織田信長とは実は縁深い人物だった。元の名前は光俊だったが織田信長と出会った時に「信の字を与えよう」と言われたために信俊に改名したという逸話まである。一宮砦を築城する築城術を持っていたので知略も備えた本多シリーズだった。武勇も言うまでも無く凄かったようで何度か大活躍していたという逸話が存在している。


という訳で意外と、この時点だけを切り取っても大活躍しており、それこそ大河ドラマで出てきても良いくらい有名武将でも可笑しくないのだが……徳川本多シリーズという良くも悪くもビッグネームが大勢いる中では見劣りするというのはあるせいか大河ドラマなどでは省略されてしまうことが多い武将という立ち位置かも知れないという悲運な武将である。(ちなみに後にリアル悲運が襲い掛かる宿命を背負っている。)


徳川兵士「今川軍が迫ってきております」


本多信俊「来たか……迎え撃つ準備を始めろ」


迫りくる今川軍は今川氏真率いる大軍だったが先の戦いで菅沼定盛の野田城が激しい抵抗してきたので城を落とすのに大変な時間と労力を使う羽目になり死闘の末に何とか野田城を落としたという状況を終えての砦への接近なので砦を守る兵士達には少しだけ余裕が生まれていた。この余裕を最大限に生かすために本多信俊は様々な防御策を砦に施すことに成功していた。菅沼の抵抗は無駄では無かった。


本多信俊「来るなら来い!」



今川氏真「進撃が遅れているぞ」


朝比奈泰朝「先の戦いで兵は皆疲れており士気が十分に回復しておりません」


氏真「何ということか……」


迫りくる今川軍であったが進行は大分遅れていた。野田城の大激戦の後にキビキビ動けと言われても多くの兵士達は疲労困憊であり不満しか生まれなかった。野田城で多少の休息を取ったとしても現地は戦いで荒廃してしまってる上に現地民は今川軍を恨んでいるので街中を散策して買い物をして楽しむ余裕などあるはずも無かった。遂最近まで味方だった者達と戦わされた挙句に守るべきだった領民に恨まれては一般兵士達の心理に与える影響は大きかったと言える。


元々自分達の味方だった領地への侵略では得る物は小さいし、尻拭いなので恩賞も期待出来ない、これでは兵の士気は上がらない


泰朝「兵どもは恩賞を貰えないからと不満を言っております。」


氏真「今川家の御恩を忘れたのか」


泰朝「領主や武士なら今川家からの御恩は多大なれど一般兵士達は恩賞こそ御恩なので」


御恩と奉公という言葉には忠誠という言葉が付き物であるが忠誠は下からだけでは無い、上が下に忠誠を誓うことも含まれていた。『奉公は御恩が無いと成立しない』からである。中国のような皇帝に絶対忠誠みたいな要素は微塵も無いのである。戦国時代の武士の思考回路には常に御恩と奉公があった訳であり『奉公は御恩無くして無い』のである。武士は『ファンタジーの世界に生きる騎士様』とは根本的に違うのである。武士には常にリアリズム(現実主義)があるのだ。


武士の精神構造には常にリアリズム(現実主義)が流れている。武士にとってリアル(現実)は血液のように当たり前なのである。武士の現実とは『人殺し』である。武士の存在意義は常に『人殺し』によって成立していた。江戸時代に武士には帯刀と共に『切り捨て御免』の特権が与えられたがコレらは一心同体であり表裏の関係にあった。『人殺し』であることが武士にとっては重要であった。その精神世界の発露こそが切腹ハラキリなのであった。『死に対して武士は逃げてはいけない』のである。どんなに強い存在にも屈服することを許さない精神は戦国時代における国盗りの難しさに直接かかわるものであった。


戦国時代において何故に三河の松平家が強大な今川や織田に屈服することを嫌って徹底抗戦を貫こうとするのかということの答えそのものである。この武士の特徴は三河固有では無く全国の武士が共有しているのだから狭い日本の統一が想像以上に大変な理由なのである。後にアヘン戦争や清仏戦争で勝利したイギリスやフランスは大軍を持ってして日本を屈服せんと挑んだ。恐ろしいことにイギリスもフランスもアヘン戦争や清仏戦争で投入した兵力よりも強大な戦力を日本に使って征服せんと攻めてきたのである。


イギリスが征服せんと戦ったのは幕府では無い、地方政権でありド田舎の薩摩藩(鹿児島県)である。それなのにイギリス軍は薩摩を征服出来なかった。同じようにフランス・アメリカ・オランダ・イギリス連合軍は下関戦争で長州藩(山口県)相手に戦争したが征服出来なかった。


なぜこんなにも地方政権が強かったかと言えば武士達が文字通り徹底抗戦を貫いており退却はしても降伏や逃亡は絶対にしないという世界常識ではあり得ない非常識さを発揮したからである。日本人にとっては普通と思うことは世界常識では非常識だった。事実として薩英戦争でも下関戦争でもイギリスとフランスの司令官達は口々に日本の異常性を書き残しており、和平交渉時に薩摩藩や長州藩が「無条件和平じゃないと戦うぞ」と言い出すと彼らは黙ってしまったほどであった。後にロシア帝国も皇太子(後のニコライ二世)が暗殺未遂を日本で受けた時も、あのロシアが「日本と戦うのは面倒臭い」と言って戦争は回避されたほどだった。


呆れるほど日本人は降伏嫌いな性分なのである。これが戦国時代に常について回るのだ。狭い日本を征服するのに随分と織田信長や豊臣秀吉や徳川家康は時間をかけたものだと思うかも知れないけど何処行ってもどんなに強くなっても米粒みたいに小さい勢力が毎回の如く徹底抗戦してくるのだから面倒臭い極まりないのである。


武士のリアリズム(現実主義)は騎士道と武士道の違いそのものである。将棋とチェスの違いである。将棋は駒が復活するがチェスは駒は復活しない、これはチェスは「一度降伏すれば再度戦いには来ない」という意識の表れであるけど将棋は「絶対に降伏しない戦える限り何度でも戦う」という精神の現れである。


日本人は自分達は卑怯なことが嫌いだと思い込んでいる。しかし、悲しいかな日本の古代からの有名な戦いの多くが『奇襲上等』である。桶狭間の戦いなんて代表的な『奇襲上等』以外の何物でも無い『勝てば官軍負ければ賊軍』なのである『勝てば良いのだ勝てば』なのだ。鳥羽伏見の戦いから始まり日清日露戦争も太平洋戦争も全部奇襲から始まっている。「真珠湾で奇襲したから負けたのだ」という意見は通じないのだ。


日本人は厄介なことに強い存在と戦うのが好きなのだ。これは非常に厄介な性分である。


だからこそ牛久保城や野田城で前者は松平側が後者は今川が大苦戦する羽目になるのである。相手が徹底抗戦してきて戦意が落ちないので大軍も形無しだ。ということはつまり500しかいない急造の小砦である一宮砦が圧倒的な大軍である今川軍が来て降伏するかと言えば絶対に無いのである。


コーエーのゲームでも降伏するAIは最弱難易度でやっとするレベルである。逆にパラドゲーつまり洋ゲーは高難易度でも降伏はする。この違いは日本人とそうじゃない人の差だ。将棋とチェスの決定的な差である。「駒が復活して良いな」では無いのである。隠された日本人の鉄の意志(掟)の現れなのだ。外国人からしたら常に殲滅戦を覚悟しないといけないというのは恐怖である。いや戦国時代のような内戦だと日本人自身が恐怖する羽目になるのは笑えない真実と言える。


氏真「重砲が到着するのを待つとしよう」


うっかり氏真は判断ミスを犯した。野田城の戦いで死闘を終えたばかりだったので氏真は本来の目的を忘れてしまった。本来の目的とは『吉田城を包囲する秀康軍の背後を奇襲して倒す』というものである。毎回毎回殲滅戦をするのが当たり前とは言えそれでも菅沼定盛の抵抗ぶりは日本人から見ても異常性があり付き合わされた今川勢は疲労困憊であり総司令官の氏真も疲れていたのかも知れないだから判断ミスが起きた。


トップは座っているだけで楽で良いな!と良く言われるけども、それは判断ミスをしないで英断ばかりする司令官の時だけである。優秀な司令官ほど座ってるだけになるのは当たり前と言える。逆に言えば無能な司令官ほど忙しそうなのは古今東西共通している不思議現象である。


事実としてしばしば武田信玄や織田信長や豊臣秀吉や徳川家康は『座ってるだけ』という印象を与えることが多い、いずれも部下が優秀だから最強だった説が根強いからだ。


氏真が重砲の到着を待つことは間違ってはいない、確かに攻城戦では重砲は大事である。何時の時代も火力は正義である。攻城戦においては攻城兵器や十分な準備をして様々な火力や防御策を用意して攻撃した方が被害は抑えられるし確実に敵の城を落とせる。


しかしながら敵の大軍が他の城を攻撃してるとはいえ近くにいることが分かっている状況で、しかも機動力に優れている松平軍相手に奇襲が大好きな日本人相手にモタモタするのは敗北フラグであった。


泰朝「閣下、敵が奇襲を仕掛けてきましたぞ」


氏真「なに!?」


吉田城を包囲していた秀康軍だったが野田城が陥落したことを聞き敵が一宮砦を包囲しつつあるという報告を受けると2000ほどの兵を引き連れて秀康自ら飛んで来たのである。


泰朝「閣下!」


氏真「まだ何かあるのか?」


泰朝「菅沼定盛の軍勢が別方向から迫ってきております」


氏真「なんだとぉ!!」


今川兵士「大変です、西郷軍が別方向から現れました。」


氏真&泰朝「( ゜Д゜)ハァ?」


面倒臭いことに先ほど城を明け渡した菅沼定盛だったが復讐の機会を狙って一度態勢を立て直した後にずっと今川軍を付け狙っており、今川軍の動向を探りながら今川軍の傍をウロウロしていたのである。秀康軍が来たと聞いて定盛はチャンス到来とばかりに飛び出してきたのである。


西郷清員の軍勢は今川軍が一宮砦を包囲したのを聞きつけて、やはり今川軍の傍まで来て様子を窺っていたのである。こちらもチャンス到来とばかりに飛び出してきたのである。


本多信俊「我が隊も出撃して今川軍を倒すぞ」


ここぞとばかりに一宮砦にいた守備隊も砦を出撃してきて遂には四方向から攻撃を受ける羽目になった今川軍絶体絶命の窮地のはずなのだが


秀康「四方向からの攻撃を受けては氏真も終わりだな」


富正「今川軍こちらに突進してきます!」


秀康「なにぃ!?」


氏真「秀康の首だけでも取ってやるぞ!!」


退却するのかと思いきや今川氏真は秀康本隊に逆突撃を仕掛けてきた。文字通り先頭は今川氏真自身であった。「進め!進め!!突撃しろ!!」と言いながら先頭を走りながら氏真が突撃して来たのである。


秀康「ヤツは呂布か何か?」


凄まじい勢いで氏真が次々と三河兵を切り捨ててモブ本多だろうとお構い無しに無双しながた突撃してきた。今川氏真と言えば蹴鞠であり歌を歌うのが大好きでノホホンの代名詞みたいなアホ武将扱いされることが多い、しかしながら今川氏真は実は剣術の達人でありムキムキの肉体を持つ人だったことは忘れられがちである。史実において今川氏真は徳川家康率いた松平軍に何度も突撃してきては切り込んで来て大勢の松平軍を切って捨てたと言われているのである。史実において氏真は実は猪突猛進の猪武者だったのである。こと個人としての戦闘力は凄かったと記述されているのだ。


氏真「出て来い秀康!一騎打ちしろ!!」


誰が出て行くもんかと本気で思うほど鬼の形相で氏真がバッタバッタと松平兵を切り捨てながら迫ってくる絵面は恐ろしいものである。足利家最強と言われた武神今川家の血筋は恐ろしい、剣だけでは無く弓や槍まで達人らしく、剣を振るうだけでは飽き足らず弓で攻撃して来たり槍を振るったり槍投げまでしてくる始末である。とにかく秀康本人を探し出して殺せば万事全て解決という脳筋思考で逆上して攻め込んで来たのだ。これで全く無傷で暴れ回るのだから最悪である。


泰朝「氏真様退却しましょう!」


側近の泰朝が止めて遂に氏真は諦めたのか退却を決意したようでやっと先陣を切って我が方の部隊を蹴散らしながら退却していった。


秀康「おそろしい」


秀康の氏真へのイメージは親父殿(家康)の武勇伝と晩年の表面的には穏やかな氏真のイメージしか無かった。徳川家と今川家は吉良家を通して縁戚であり、兄(信康)の母親の家系でもあるのだから秀康は氏真から見ても親戚なので優しかったので全然恐ろしい人というイメージは無かった。(大事な事なので二回言いました)


そんなイメージは今や微塵も無くなるほどショックを受けた秀康であった。夢でうなされそうなほどトラウマ級の衝撃を受けたのだ。


一宮砦の戦いは松平側の勝利で終わったが……いろいろな意味で秀康は驚愕する羽目になった戦いであった。とにかく氏真恐怖症に今後はなりそうである。戦えば負けるからというより戦ってはいけない人過ぎて困るのであった。やり過ごす方法を真剣に考えるべき相手である。

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