3.戦闘開始
「機関出力最大、最大加速」
通常のプラズマエンジンに加え、緊急加速用のロケットエンジンまで駆使して、戦艦アルバトロスは加速を開始した。
「敵強襲艦、離れていきます」
「主砲、前方の敵艦2隻に命中」
「新たな敵艦両舷より接近」
「えーっと」
戦闘が始まった瞬間から、戦闘指揮所内は、蜂の巣をつついたような状態になった。
洪水のような情報にキシカワ大尉は翻弄されていた。
「艦長、敵はこちらの開けた穴を埋めるつもりです、このままでは、左右から挟み撃ちになります」
モニターの表示から一切目をそらさずアルメイダ少尉が進言する
「右舷の敵をミサイルで、左舷の敵を主砲でけん制します」
「許可します」
まだ敵との距離があるので、主砲の命中は望めないが、けん制にはなる、
「敵A群の前方進路予測点に主砲発射、敵B群へはミサイルで対応します、使用ミサイル6発、発射用意!」
「こちら兵装科、発砲待て!」
突然の現場からの発砲中止に戦闘指揮所の動きが止まる。
「兵装科、どうしました?」
アルメイダ少尉の呼びかけると、モニターに会議室で見た若い兵装科の少尉が現れた。
「大変だ、ミサイルがもう無いぞ」
「どういうことですか?記録では62発のミサイルが搭載されているはずですが」
本来の予定では、兵装関係の公試を行なうはずだったので、搭載兵器は全て実弾、しかも実際に出撃する時の定数が搭載されているはずで、実際に搭載記録もそうなっていた。
「たしかに、搭載時の記録ではそうなっている、だが再チェックしたら、実弾は発射筒内の12発以外は全て訓練用の模擬弾になっている」
キシカワ大尉は血の気が引いた、主砲の威力は強力だが、再び発射するまでに、砲身の冷却やエネルギーの再充填に時間がかかるのだ。
「そんな...これだけの艦隊相手に主砲だけじゃぁ...」
実際は主砲だけでなく大型のレールガンなども装備されているのだが、ミサイルが使えないのが痛いことに変わりは無い。
「大丈夫です、まだ方法はあります」
「え?」
「大きな工業力が無く、船の建造能力が低い小惑星連合は、基本的に艦隊保全主義です、そこに掛けましょう」
?、といった表情のキシカワ大尉から視線をそらすと
アルメイダ少尉は兵装科の少尉に指示を出す。
「敵B群へミサイル発射、使用ミサイル8発、ただし2発は実弾を使用し、残りは全て模擬弾で発射してください」
「それは可能だが、ステルス機能の無い模擬弾だと、すぐに敵に捕捉されるぞ、それに実弾の数が少ないという、こちらの事情も明かすことになる」
「捕捉されても、全て撃破しなければ、危険なのは実弾と同じです、実弾の命中率の向上が期待できます」
(...この人すごい...)
トラブルが発生しても、瞬時に対応してしまう彼女の、能力の高さに、エリは素直に感心していた。
「艦長!」
「は、はい!」
いきなり呼ばれて飛び上がる
「許可を」
「許可します...」
アルバトロスの下部にある12基の発射筒から8発のミサイルが発射された。
2発の実弾以外は全て模擬弾だが、弾頭とステルス機能は無くても、追尾機能はあるので、命中すれば外壁に大穴が開くことになる、アルメイダ少尉の予想通り、敵ははっきり見える模擬弾対して、回避運動や迎撃を始めたため、2発の実弾に気づかない。
「模擬弾、撃破さていく、ミサイル到達まで7秒...4、3、2、1...着弾!」
巡洋艦クラスの敵艦が、大破して戦列を離れていく。
「よし!この戦術、使えるぞ」
兵装担当の少尉が声を上げる。
「続いて、敵A群に、主砲発射...」
主砲発射のために、艦を回頭させ、主砲を発射した瞬間、両舷をビームが掠めていった、艦の回頭があと10秒遅れていたら、直撃だったかもしれない。
「...今の砲撃、危なかったですね」
外の様子が表示されている、モニターを見ながら、エリは冷や汗をかいた。
アルメイダ少尉は一瞬考えた後、まるで他人事のように、自分の見解をエリに伝える。
「敵の目的が、本艦の奪取ではなく、撃沈に変わったみたいですね」
「えっ?」
「当然でしょう、駆逐艦1隻撃沈 巡洋艦1隻大破、最新鋭艦とはいえ戦艦1隻奪うには損害が出すぎています」
たしかにそうだ、だが今まで無事だったのが、敵が手加減していたからだと認識すると恐怖がこみ上げてくる。
「大丈夫です、最初の加速で敵を振り切りつつあります、このまま逃げ切れますよ」
もちろん気休めだ、エンジンの出力自体は、敵も味方もそう大差が無い、
敵が同じ加速を繰り返せば、徐々に追いつかれる。しかしエリはその言葉で少し落ち着くことが出来た。
「とにかく、今は逃げることを考えましょう」
「後方の戦艦、ミサイルを発射しました!」
アルメイダ少尉は、戦闘指揮所の中央にある、立体スクリーンに表示されている、敵の配置と距離を改めて確認した。
後方の敵の動きは戦艦2隻が左右を押さえ後ろ上方からは駆逐艦数隻が追いかけてきていた。
(後ろ上方は敵の別動隊、後方からはミサイル、左右は敵戦艦の主砲射線の中か...
たしかに、キシカワ大尉の言うとおり、絶体絶命ですね)
アルメイダ少尉は、なぜか情報収集室という閑職にいるものの、士官学校は主席で卒業している、シミュレーションでも不敗を誇っていたが、実戦は初めてだった、冷静を保ってはいるが、さすがに少し焦りが出てくる。
「この距離なら、まだ進路を変更すれば、ミサイルの探知を回避できます、X24方面へ進路をとります...」
高度なステルス性能のあるミサイルは、魚雷と同じで捕捉するのが非常に困難だが、
自身が電波を出したり、方向転換のため推進剤を出すと、探知されてしまうため、目標に近づくまでは、受動探知のみで方向転換もしないようになっている、そのため距離があると、急に進路を変えることによって、回避できる場合がある。
しかし、その時、エリが少尉の提案をさえぎった。
「だめです!進路は変えず、そのまま加速してミサイルを引き離します、
X23方向へ、主砲を広域発射してください!」
アルメイダ少尉は、今まで自分の提案に、許可を出すだけだった艦長の、具体的な命令に驚いた、しかもその内容は、まるで進路上に敵がいるような内容だ。
加速のためにエンジンを噴射すると、後方の探知能力が一時的に落ちてしまい、接近している、ミサイルを見失ってしまう可能性がある、その一瞬の間をついて、ミサイルのAIは自身も加速する判断をするだろう。
「...しかし、それでは...」
「急いで!」
反論しようとしたが、逆に一喝されてしまう。
「...了解、主砲、X23方向へ広域発射、加速開始よーそろー機関出力最大、噴射時間6秒」
主砲発射後、アルバトロスは加速を開始した。
主砲の広域発射とは、通常絞り込んで発射するビームを、可能な限り拡散させて発射するもので、その分エネルギーが分散し威力は落ちるため、敵艦を撃沈するには至らないが、ステルス性を著しく落とすことが出来るので、隠れている敵をあぶりだすのに使われる。
「X23方向、レーダーに感あり!数4ないし5、駆逐艦クラスです、宙域を離れて行きます」
指示通りの場所に敵艦がいた、全く考えてもいなかった位置だった、恐らく敵艦も、なぜ自分たちの位置がわかったのか理解できないに違いない。
「...どうして敵艦の位置がわかったんですか?」
「ああ、それは...」
エリは、立体スクリーンの敵の配置図に、ポインターを表示させて説明を始めた。
「ここと、ここの敵艦の配置が、まるでレーザー通信を、中継しているように見えて、じゃあ中継先は何処だろうと見ていたら、この場所に敵が潜んでいるような気がしたんです」
レーザー通信は秘匿性が高いため、隠れて待ち伏せをしている、船などとの通信に使われるが、戦場ではレーザー兵器などの威力を拡散させるために、煙幕などの散布が行なわれるため、場合によっては中継が必要になる場合がある。
(そうか...この人の専門は、通信...)
アルメイダ少尉も、通信技術関係の教育は、士官学校で受けているが、艦の配置を説明されても、なぜこれで中継していると解るのか、全く理解できなかった。
(恐らく、後ろ上方の別動隊と後方のミサイルは威嚇、左右に戦艦を配置して、下方にのみ退路を作り、進路上のステルス艦で攻撃する。
敵が遠距離でミサイルを発射したのを、おかしいと思うべきだった、こんな単純な手に掛かってしまうなんて、私はなんて馬鹿なんだ、しかもキシカワ大尉を私はどこかで見下していた...私がサポートしますなんて偉そうな事を言っておいて、彼女がいなければ今頃...)
「サラちゃん?」
「え?名前?あ、はい、何でしょうか?」
いきなりファーストネームの方で呼ばれ、アルメイダ少尉はうろたえる。
「あ、ごめんなさい、サラ...いえ、アルメイダ少尉、あの、今にも泣きそうな顔をしてたものだから、つい妹を思い出して...」
うっかり名前で呼んでしまって、自分以上におろおろしているエリを見て、サラは少し笑ってしまった。
「任務中以外はサラで結構ですよ、艦長、私も任務以外の時は、エリさんでいいですか?」
「許可します」
お互いに笑う、サラは自責の念が、すこしだけ和らぐのを感じていた。