16.深夜の話
「明日中に解決すると言ったんですか?」
ようやく落ち着いた美咲から大野の話を聞いたサラは考え込んだ
エリもベッドの上で話しを聞いている
「だから明日中は、軍の保養施設だっけ?とにかく、そこから出るなって言ってたんだけど、そんな期限を決められるほど、簡単に解決する物なの?」
サラは軍の官給品の携帯端末の操作をして、盗聴防止プログラムを起動した、これで、周辺の電波を発する機器や音や映像を記録する装置を、ある程度無力化できる軍の官給品にしか付いていない機能だ、あくまで簡易機能なので気休めだが、無いよりはましである。
サラは他の部屋の医療機器などのに影響を与えないように、最低範囲の半径2メートルに設定して話し出した。
「短期で解決すると言える理由は、恐らくこの事件は、末端の組織が、先走っただけのものだからではないかと思います。
美咲さんを誘拐した組織は、この国のある政党の議員と交流のある組織です、何らかの形でその議員に、協力してもらうのではないかと思います」
「どうやって?」
「色々ありますが、その議員のスキャンダルを突くのが、効果的でしょうね」
「そんな都合よく議員のスキャンダルなんてあるの?」
「あります、後ろめたい事がまったく無い人間なんていません、特に政治家なんて、少し調べればごろごろ出てきますよ」
自信たっぷりにサラが答える、意外と怖い性格しているんだなと、美咲は思った、
サラが諜報活動に詳しいのは、情報部に所属していた祖父の影響なのだが、美咲が知る由も無い。
「脅迫するの?」
「まあ、そうなりますね、でも最初に脅してきたのは、敵の方ですし、あと見せしめにいくつか繋がりの深い組織を潰しておくのも、心理的プレッシャーとしては効果的です」
サラが怖いことを言い出した、
「私たち、これからどうなるの」
「どうもならないよ、終わればまた家に帰って、普段どおり」
安心させようとしているのか、エリが明るく話すが、とても元の生活に戻れるようになるとは美咲には思えなかった。
「大丈夫ですよ美咲さん、私の父がご家族に護衛を付けるよう手配しています、何かあったら直ぐに部隊が駆けつけます」
なんだか現場を仕切っているような、サラの発言を不審に思って、美咲はエリにこっそり聞いた。
「あの人の父親って何者なの?」
「第6艦隊の司令官だよ」
第6艦隊といえば、地球連邦宇宙軍最大規模の艦隊というのは中学生でも知っている。
なんだか着々と、大きな事に巻き込まれていっているように思えて、美咲は頭を抱えた。
「あんまり派手なことになると不味いんだけど、ほら、ご近所の事とかあるしさ、色々噂になったりすると困るんだけど」
田舎では近所付き合いは重要である、人付き合いが好きな人は、そこが心地よく感じるが、美咲のように人付き合いが苦手な人間は、都会の希薄な人間関係の方が、むしろ暮らしやすいと感じる。
「大丈夫です、プロの諜報員は、全く存在を感じさせないように、配慮して護衛しますから」
自信たっぷりにサラは言った、人知れず影のように付きまとわれるのを想像して、美咲は薄ら寒い気持ちになった。
「じゃあ私はその宿泊施設に行ってる」
何だか、このまま話をしていると、どんどん深みにはまりそうなので、美咲は家族の所に行くことにした。
「うん、じゃあ気をつけてね」
「じゃあ私が車で送っていきます」
美咲とサラは、駐車場の車に乗り込むと、車を走らせた、自動運転のレンタカーだが、エリが自動運転を解除して、美咲を助けるために、倉庫に突っ込んだ時に故障したらしく、自動運転に切り替えが出来なくなっているので、サラがハンドルを握って車を走らせていた。
自動運転の車がこの状態になった場合、通常は専門資格を持つ陸送業者以外が運転するのは違法なのだが、サラやエリは軍人なので、特例で運転することが出来る。
「アルメイダさんだっけ?」
乗り込んでから会話が無いのに耐えかねて美咲がサラに話しかけた。
「サラで結構ですよ」
「サラさんは、何で私たちにここまでかまうの?」
「エリさんには命を助けられましたし、それに私は、エリさんに酷いことをしてしまいましたので…」
「酷いこと?」
サラの表情が少し曇る
「ええ、大変重い責任を彼女に押し付けてしまいました、それで今でもエリさんは、仕事で大変な思いをしています」
サラの言葉は、美咲にはまるで自分の事みたいに聞こえた、自分も今、姉に重い責任を押し付けている、本当はみんなで乗り越えていくべき物なのに…
「姉さんは、もうそんなこと気にしていないと思うけど?」
「そうですね、でも私は、大変な責任を背負ってくれたエリさんに、なんとか報いたいんです」
真っ直ぐな気持ちで姉と向き合っているサラは美咲にはどこか誇らしげに見える
「困ってる人の手助けをして傷ついて…それでも何とかしようと悩んで頑張って、本当に馬鹿だよね、ほっときゃいいのに…」
本当に私の事なんか放っておけばいいのに、と美咲は思った
「それを放って置けない人なんですよ。でも悩んで傷つきながら、それでも何とかしてしまうのが、エリさんの凄いところなんですけどね」
車の助手席で、うつむいていた美咲は顔を上げてサラのほうを向く
「サラさん」
「はい?」
赤信号で車を停止させたサラが、助手席の方を見ると、真剣な目で美咲がサラを見ていた。
「これからも姉さんを助けてあげてくれない?私じゃ出来そうにないからさ」
どうしても姉の前では素直になれない、それは自分が姉に甘えているからだ、そう思うとそんな自分に腹が立った。
「もちろんです、エリさんはいつも、私の味方でいてくれました、だから私もエリさんの味方です」
サラが微笑んだ
「ありがとう」
美咲はサラが聞こえないような声で感謝の言葉をつぶやいた
翌日、野党の大物議員の一人が収賄容疑で書類送検されたと記事が出ていた。
「たぶん、この議員が関係していた団体なんだろうな」
美咲は、宿泊施設の部屋のベッドの上で、ニュース映像を見ながら呟いた。
事実、この記事が出てから、岸川家の周辺に不振な事は起こらなくなった。
平穏に戻った岸川家だが、ひとつだけ以前と変わったことがあった、岸川家の隣にある田村さんが住んでいた空き家に、新たな住人が引っ越してきたのだ、とても愛想のいい中年夫婦と、やたら体格のいい息子と娘の4人一家で、良くこんな田舎に引っ越してきたものだと、ちょっと岸川家で話題になったが、事情を知っている美咲だけは恐らくサラの言っていた護衛ではないかと思っている。