「二人の馴れ初め」
ケンとイツキが初めて出会ったのは、ケンが宇宙刑事を辞めて地球に降り、後に発展する小さな闘技場を秋葉原の地下に作った頃であった。ケンが地上でばらまいた異種格闘技大会「リトルストーム」を開くための選手募集を告げるチラシを偶然手にしたイツキが、興味本位でケンのいる地下へ向かったのだ。
「やあやあ、ようこそ。よく来てくれたね」
まだ出来たばかりで満足に人が集まっていなかったので、エレベーターを降りて空のロビーに立ったイツキの応対はケンが直接行った。これが二人の初顔合わせであり、それから二人はそのまま受付の隅に行き、そこで話し合いを始めた。
「ええと、ではまずは名前を教えてもらおうかな」
「はい。イツキと言います」
「イツキ君ね。随分若いね」
「よく言われます」
この時のイツキは、まだ髪型も服装も普通の少年であった。顔立ちは中性的で体のラインも抱きしめれば折れてしまいそうなほど細かったが、それでもまだ外見は男だった。
そんなまだまともな状態だったイツキに対し、ケンはその後も様々な質問をしていった。
「出身は?」
「惑星ラグダドルグ、第三十四ラボです」
「年齢は?」
「五百から先は数えてません」
「今まで何を?」
「宇宙を漂ってました。地球に来たのは最近のことです」
「種族は?」
「戦闘狂獣です」
「故郷を滅ぼしたことがある?」
「塵にしてやりました」
その全てにイツキは正直に答えた。ケンもケンで特別驚くこともなく、相手がでたらめを言っていると憤慨することもなく、ただ淡々と相手の答えをクリップボードに挟んだ紙の上に書いていった。
「ううん、そうかそうか。戦闘狂獣なのか。こんな所で会えるなんて、俺って運がいいな」
「あっさり信じちゃうんですね」
「信じるよ。君の話も、君が本物の戦闘狂獣だってのもね」
「なぜ?」
「気配でわかる。隠していてもわかる。君の放つ気配は普通じゃない」
「口から出任せ言ってる訳じゃないですよね?」
「もちろん。だって俺、元宇宙刑事だから」
そしてケンもあっさりと自分の経歴を暴露した。だが何の証拠もなかったので、当然ながらイツキは「ええ?」と訝しげな目を彼に向けた。
もちろんケンもそれで相手が納得するとは考えていなかった。なので彼は自分が宇宙刑事であるという証拠として、おもむろに懐から銀色に輝く筒を取り出し、それをイツキに見せた。
「レーザーブレード?」
それを見たイツキの目の色が変わった。効果覿面だった。
「使えるんですか?」
「もちろん。生体照合も済ませてあるし、当然免許皆伝済み。今は持ってないけど、そっちの賞状も見せられるよ」
「ぜひ。ぜひ見たいです。後ででいいんで見せてくれませんか?」
レーザーブレードの取り扱い方とそれを使った剣術の修得は宇宙刑事になるための必須要素であり、また修得の難易度も凄まじく高い事で知られていた。それ故、免許皆伝を受け宇宙刑事となった者は、それだけで羨望の的となるのだ。
「でも、刑事辞めたんですよね? なんでまだそれを?」
「自分の意志で辞めた人はレーザーブレードを持って行っていい事になってるのさ。汚職なり賄賂なりでクビになった奴のは没収されるけどね」
興奮気味に尋ねてきたイツキにそう答えながら、ケンがレーザーブレードを片手で握りしめて黄緑に輝く刀身を伸ばしてみせる。
「どうかな?」
「凄い! うわあ凄い! 本物だ!」
「そうだろ? そうだろ? 俺の宝物さ」
「いいなあ。僕も宇宙刑事になりたいなあ!」
目を輝かせて子供のようにはしゃぐイツキを見て、ケンが満足と安堵の入り交じった穏やかな表情を浮かべる。彼はレーザーブレードに対してのこの反応を長らく待っていたのだ。
レーザーブレードとはその切れ味と破壊力ゆえに正式な宇宙刑事にしか所持する事を許されない武器であり、宇宙刑事以外の者がそれに触れるだけで、その者が処罰の対象になるほどの代物であった。言い換えればこれを持つということは本物の宇宙刑事の、そして一流の剣術使いの証であった。
そんなステイタスの高さや銀河を守るという職務の危険さと格好良さから、銀河系内では宇宙刑事はいわゆる花形職業、全ての惑星人の憧れの的であった。地球人年齢に換算して十五歳未満の子供達一千万人を対象に行った「将来なりたい職業」ランキングでも五十年連続で一位を獲得しており、また宇宙刑事個人を対象にしたファンクラブまで設立されていた。現役時代のケンや亮にも当然大勢のファンがおり、彼らが宇宙刑事を辞めた後もそのファンクラブは存続していた。
「今日は新城様の誕生日! お祝いオフ会をするので会員の皆は集合ヨロシク!」
彼らないし彼女らは何かにつけて記念日を作るが、対象とされた方は特に気にしてはいなかった。
しかし地球人は、このレーザーブレードを所持する事の凄さやそこについて回る責任の重さ、そして宇宙刑事になる過酷さを知らない惑星人の一種であった。そのため彼らにレーザーブレードの刃を展開して見せても「あ、それ特撮でみました」程度の反応しか見せず、そこに畏怖や尊敬の念は皆無だったのだ。実際これまでケンが会ってきた地球人も、彼の見せるレーザーブレードに対して驚き以上のリアクションを返してはこなかった。
そんな反応を見せられる度に、ケンはどこにあるかもわからない寂れた山奥の小村に一人取り残されたような、言いようのない寂しさを味わっていたのだ。自分と同じ地球人にそんな反応をされるのだから、味わう寂しさも倍増した。
「そう、そうだよ。そういうリアクションが欲しかったんだよ」
なのでそんな反応を見せたイツキに対して、ケンがまるで自分が置き去りにされた田舎の村の中で自分と同じ文明人に出会えたかのように嬉しさを爆発させたのも無理からぬ事であった。そしてそんな反応を見たイツキも彼が地球で受けた応対をぼんやりながら察し、同情の視線を向けずにはいられなかった。
「色々と苦労されたんですね」
「まあ、こっちでは今までの常識が通用しなかったからね。それが良いところでもあり悪いところでもあるんだけど」
「凄いなあ。僕だったら絶対途中で嫌になっちゃいますよ」
「俺だって時々嫌になったよ。でも途中で逃げるのも癪だったし、こうしてやり続けてるんだけどね」
イツキの言葉にケンが景気よく答え、またケンの言葉にもイツキが親しげな声で応える。次第に二人は本題とは関係のない他愛のない内容の会話に華を咲かせていき、気がつけば彼らの中には気の合う親友同士が共有するような穏やかで暖かい空気が流れ始めていた。
「ところでイツキ君はさ、ここにはやっぱり選手としてやって来たのかな?」
そうして互いの会話が成熟を増してきたある時、ケンが不意にイツキにそう話しかけてきた。それを聞いたイツキは線の細い顎に手を当てて考え込む素振りを見せながら、一言一言を噛み砕いていくかのような調子でそれに答えた。
「ええと……ここには特に何がしたいからで来たって訳じゃなくてですね・・ちょっと興味があったから覗いてみた、って感じですね」
「ううん、そうなのか。じゃあここで戦ってみるって気は、あんまり無い感じ?」
「あんまり、無いですね。ちょっと前まで派手な事やってましたから、当分戦いとかは、もうしたくないです・・」
そう言って、イツキが陰のある表情を作る。ケンはイツキ達の種族が過去に何をしたのか既に知っていたので、これ以上勧誘する事はやめて彼の意志を尊重しようと考えた。
だが人手が欲しいのもまた事実。せっかく来てくれた彼をみすみす逃す手もない。ケンはそうも考えていた。そして数秒間だけ悩んだ後、彼はイツキにこう切り出した。
「じゃあイツキ君、マネージャーやってみない?」
「えっ?」
「試合カードのスケジュール管理とか、新人ファイターへの説明とか、とにかく俺のサポート役に回って欲しいんだよ。要は裏方仕事さ」
「僕が直接戦うって訳じゃないんですね」
「ああ。君がやる必要はない。サポートに徹してくれるだけでいいんだ」
「……」
ケンの提案にイツキが再度考え込む。そんなイツキの顔をのぞき込むようにケンが話しかける。
「やっぱり、戦いの空気って奴自体が苦手だったりする?」
「えっ? い、いや、別にそういうのは大丈夫です。戦いの雰囲気とかは僕も好きですよ。なんて言いましたっけあれ、プロレス? 総合格闘技? のテレビ中継とかは、僕も時々見ますし」
「そうなんだ。じゃあ自分でやり合うのが嫌なだけ?」
「そうです。疲れたからやりたくないだけです」
イツキが心情を吐露する。それを聞いたケンが身を乗り出してイツキに詰め寄った。
「じゃあ是非どうかな? どうかな?」
「で、でも、いいんですか? 僕そういうの全然知らないんですけど」
「もちろん。俺だってそういうの全然知らないから。これからやっていけばいいのさ」
無駄に自信たっぷりにケンが答える。それを聞いたイツキはしばらくの間顔を固定したまま目を泳がせていたが、やがてケンをまっすぐ見ながら観念したように言った。
「……わかりました。やりましょう」
「本当かね?」
「ええ。ここまで言われて、断るなんて出来ませんよ」
「そうか、そうか。やってくれるか。いや、ありがとう。助かるよ」
顔を明るくしたケンがそう言ってイツキの両手を取る。半ば押し切られた形なったイツキも最初は渋い苦笑を浮かべていたが、やがて開き直って力強い声で言った。
「あまり上手には出来ませんが、どうかよろしくお願いします」
「ああ。こちらこそよろしく頼むよ」
こうして、イツキはケンの下で働くこととなった。そして自分がスタッフ一号であり、リングと通路と受付以外何も出来ていない事などを知ってイツキが愕然とするのは、このすぐ後の事であった。
「お前って、昔から押しに弱い所あったよなあ」
そんなイツキがケンの所に収まるまでの話を彼自身の口から聞き終えた後、彼と同じ戦闘狂獣であるアラタは開口一番にそう言った。この時亮達はイツキと真里弥の二人と共にケン達と別れ、真里弥用の個人控え室の中にいた。そこで室内中央にあるテーブルを囲んで座り、話を進めていたのだった。
「もうちょっと自信持てよ。お前やれば出来る奴なんだからさ」
「僕もなんとかしようとは思ってるんだけどねえ……」
アラタの指摘を受けたイツキが恥ずかしそうに頭をかく。少なくとも自覚はあるようだった。そして場の空気が静まった後、イツキは一つ咳払いをしてから四千一号の方を見て真面目な調子で言った。
「さて、皆は今日はこの子の悩みを解決するためにここに来たんだっけ?」
「そうクマ。アイデンティティに悩んでいるんだクマ。なんとかしてほしいんだクマ」
「なるほど……」
冬美の訴えを聞いたイツキが顎に手を当てて考え込む。それから再び四千一号の方を見ながら、目を細めてイツキが言った。
「インペリアル・メネリアスから送り込まれてきた惑星観測員か。名前を付けられずに困ってるって感じかな」
「なんだと?」
いきなり自分の素性を明かされた四千一号が息をのむ。冬美も四千一号も自己紹介こそ済ませていたが、自分達の正体はまだ彼には明かしていなかったのだ。
「どうしてわかった?」
「目の色と君の名前でわかった。生まれたばかりのメネリアスの惑星観測員は皆金色の目をもっている。自分で自分の名前をつけた者の目は自然と金色から別の色に変わるけど、名前を決められないでいる人の目は金色のままだからね」
「でも、他の星にも惑星観測を行う連中はいるクマ。どうしてメネリアスの観測員だと思ったクマ?」
「エージェントに四千一号とかいう名前をつけるのはメネリアスだけだよ。サイボーグなら話は別だけど」
疑問をぶつける冬美にイツキがさらりと返す。それを聞いたアラタが感心したようにイツキに言った。
「しかしすげえな。よくそんな事知ってるなお前」
「旅に出てから色々と回ってきたからね。アラタちゃん達もそんな感じだったんでしょ?」
「お、おう」
問いかけられたアラタが口ごもる。どこの星にも行かずに無軌道に長距離ワープを繰り返して宇宙空間を気ままに漂い続けてたなんて言えなかった。
しかしイツキはそれに気づく事無く、そのまま四千一号に言った。
「僕なら君の悩み、解決する事が出来るかもしれないよ」
「本当か?」
それを聞いた四千一号が目を輝かせる。イツキがゆっくり頷きながらそれに答える。
「僕にいい考えがあるんだ」