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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第四章 ~七面相アイドル「マジカル・フリード」、パワード熊スーツ「クマ・オブ・アポカリプス」登場~
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「二人目」

 結局、この日の真里弥は最初の試合も含めて三試合連続で戦い、その全てに勝利した。リングに立った彼女はいつものように背中に日本刀を背負っていたのだが、それを抜くことは最後まで無かった。

 だが真里弥は情けをかけた訳でもなかった。彼女は二戦目にあたった自分の腰ほどの背丈しかない少年の首根っこを片手で掴んで何度も地面に叩きつけて勝利をもぎ取り、大多数の観客から歓声と残り少数からの顰蹙を受けた。そして三戦目においても彼女は己のペースを崩すことはしなかった。


「決まったーッ! 真里弥のスクリューパイルドライバーッ! これは凄まじい一撃だーッ!」


 その四戦目、真里弥が相手をマットに沈める姿を目に焼き付け興奮するアナウンスの声を耳にして、亮の計らいで特等席に座っていた三人はその迫力を前に揃って生唾を飲み込んだ。


「あいつ、もうなんでもありだな」

「四千二号、あれが退魔師という者の戦い方なのか」

「寝言は寝て言え。マリヤが特別なだけクマ」


 この時の彼女たちはちゃっかりドリンクサーバーから持ってきた飲み物入りの紙コップを手にしていたが、その中身は殆ど減っていなかった。

 一方で彼女たちの後ろで同じく飲み物入りの紙コップを持ちながらそれを観戦していたケンは、真里弥が対戦相手から離れて高々と右手を掲げる姿を見た後、隣でドリンクを飲んでいた最中の亮に目を向け、その脇腹を肘でつつきながら亮に言った。


「なあなあ、あの子の戦い方って、お前が教えた奴だったりするのか?」

「そんな訳ないだろ。俺が初めて見たときからあんな感じだったよ」

「そうなのか。いや、女の子にしてはかなりアグレッシブなやり方だからさ、ちょっと気になってたんだよ」


 そう昔を懐かしむようにケンが目を細めて言った次の瞬間、リングの方から女性のものらしき雄叫びが聞こえてきた。それまでリングの方に意識を向けていなかった大人二人だったが、その叫びを聞いた瞬間すぐさまそちらに目をやり、前で一部始終を見ていた三人に何が起きたのか尋ねた。


「マリヤが嬉しさ爆発させただけクマ」


 天井の照明が消えリングが暗闇に飲まれる姿を視界に入れて休憩時間に入った事を告げるアナウンスの声を聞きながら冬美が答える。そしてそれまでの騒がしさが嘘のように静けさに包まれた客席とリングを見た後でコップの中身を一気に飲み干し、サーバー横のゴミ箱に空のコップを放り投げてから後ろにあったドアに足を向けてケンが言った。


「さて、あの子の今日の試合は一応これで終わりなんだが、せっかっくだから控え室で会っていくかい?」

「いいのかクマ?」

「もちろん」


 真っ先に反応した冬美にケンが軽快に答える。


「真里弥ちゃんの他にも色々面白い人たちもいるし、行って損はないと思うよ?」


 その後、少女三人と亮が控え室に行くと決めるのに十秒かからなかった。





 目的の控え室にはそれまでいた部屋を出て通路を歩き、暫く歩いてから左手にある階段を降りた先にあった。個人用の控え室は幅の広い通路の左右にそれぞれ等間隔に置かれていたが、ケンはそれらの控え室の出入り口であるドアには目もくれず、その通路の突き当たりにある観音開きの扉の前まで来てそれを押し開いた。

 そこは大広間のような空間で、右側には化粧台が、左側にはロッカーがずらりと並び、奥にはトレーニング用の器具一式が置かれていた。中央には椅子とテーブルが置かれており、そこには空き缶やスナック菓子の袋や小型のガスボンベと同じ大きさを持ったプロテイン缶などが無造作に置かれていた。


「やあみんな。お疲れさま」


 その中に入ったケンが一声かける。それを聞いた、あるいはケンが声を放つ前からその気配に気づいた者達が一斉にそちらへ目を向ける。そして彼らは後から続いて中に入った亮達の姿を認め、視線を一斉にそちらに向けた。


「ケンさん、そちらの方達は?」


 そうして目線を向けていた者達の一人である女性がケンに声をかけてきた。純白のウェディングドレスに身を包んだ、アンニュイな雰囲気を漂わせる細身の女性であった。

 その女性の方を向いてケンが答える。


「ああ、この子達は見学に来たんだよ。で、こっちが引率の新城亮。ほら、前に教えた人だよ」

「ああ、ケンさんの元同僚の」


 どうやらケンはかつて亮と一緒に仕事をしていたことをここの選手達に言いふらしていたらしい。ケンの説明を聞いた面々が揃いも揃って納得したように頷いた。その一方でケンは亮達の方へ向き直り、部屋の中まで来るよう促してから背後の選手を肩越しに見ながら説明を始めた。


「ここは選手共用の、まあなんていうか、交流用の場所というかレクリエーションルームというか」

「なんでもいいじゃねえか、大将」


 そのケンの言葉を遮るように、一人の男が威勢のいい声で言ってきた。稲妻を模した装飾の施された覆面を被って首の後ろからタオルをかけた、ボクサーパンツ一丁で引き締められた肉体の上から筋肉の鎧を身に纏った巨漢だった。そしてケンに代わって、その大男が亮達の方を向いて話し始めた。


「ここは試合をする連中がたむろする場所さ。一応個人用の控え室もあるんだが、こっちの方が狭苦しくないし色々できるしで、結局殆どの奴がここに集まってくるんだよ」

「ここでは他の選手達との交流も行える。その分だけこちらの方が居心地がいいのです」


 その男の後を継ぐように、化粧台の前の椅子に腰掛けて鏡を見つめていた別の男が言った。白のふんどしだけを身につけ全身を緑色に発光させ周囲にまばゆい輝きを放つ、肋骨や背骨が浮き上がって見えるほどに痩せ細った禿頭の男だった。


「ここはとても良いですね。一人でこもるよりずっと良いです」

「ですね。ここにいると、私の心も癒されていくようです。でもたとえこの場所に身を置いたとしても、私の心の傷は一生かかっても癒す事は出来ない・・ああ、不幸な私……」


 緑色に発光する男に合わせるようにして言ったウェディングドレスの女性が、不意に口元に手を当ててよよと泣き始める。突然訳の分からない事を言ってから泣き出したその女性を前に何も知らない亮達四人が唖然としていると、不意に半裸の大男が彼らの元に近づいて話しかけてきた。


「ところであんたらは、なんでここに来たんだ? ここに見学に来るだなんて大した物好きじゃねえか」

「あれ、なんで来たんだっけ?」


 ここに来た目的を本気で忘れていたアラタが気の抜けた声を出す。するとアラタの隣にいた冬美が四千一号の肩を軽く叩きながら言った。


「この子に強烈な体験を味わわせてほしいんだクマ」

「ほう」


 ケンと半裸の男が同時に興味深い声を出す。四千一号の肩に手を置いたまま冬美が続ける。


「実はこの子、宇宙人なんだクマ」

「へえ、そうなんだ」

「ついでに言うと私とこっちのコートの子も宇宙人クマ」

「ああ、そうだったのか」

「どうりで気配が違うと思った訳だ」


 冬美が自分達の素性をまたしてもあっさり暴露した。しかも今回は周りを道連れにして。だが最初からそれに気づいていたのか、選手達の反応は淡泊なものだった。

 気にすることなく冬美が続けた。


「私とこの子は調査のためにここに来たんだクマ。でもこの子はちょっとスランプというか、自分自身をどう表現していいのか考えあぐねているんだクマ」

「ほうほう、それで?」

「その星で確実な調査活動を行うためには、まずその星の生活に馴染む必要があるクマ。でもこの子は明確な自分を持てずにいるから、まだその域にまで達していないんだクマ。満足に日常生活を送れないんだクマ。だからそれをどうにかして欲しいんだクマ」

「なるほどねえ」


 冬美の説明を聞いた大男が、自分の顎を手でさすりながら頷いた。そしてこのとき初めて四千一号の事情を聞いた亮達も同様に納得したように頷いていた。


「つまり、強烈な体験をさせてアイデンティティを確率させようって事か」

「そういう事クマ。ここには先生の紹介で来たんだけど、予想以上の成果が挙げられそうで良かったクマ」

「そう言うわけだ。何が来るかはわからんが、頼む」


 ケンに答えた冬美に続いて、四千一号も小さく、しかし素直に頭を下げる。彼女も彼女で今の状況をどうにかしようと思っていたのだろう。するとそれを見たケンが何か思いついたように彼らに向けていった。


「それなら、あの子に頼むといいんじゃないかな?」

「あの子?」

「ああ。俺の右腕で、ここの副支配人だよ」


 ケンがそう答えた次の瞬間、閉め切られていた出入り口の扉が音をたてて開かれ、そこから二人の人間が室内に入ってきた。その内の一人は先ほどまで戦っていた巫女装束姿の十轟院真里弥であり、もう一人は紫色の長髪を備え全身フリルまみれの黒いワンピースを身に纏い片手に端末を持った、真里弥と同じ身長を持つ少女であった。


「おっ、ちょうど良いところに来た。紹介するよ」


 その姿を認めたケンがそう言いながら二人の近くに走り寄り、その背後に立ってから亮達に向けて言った。


「まずはこっちが真里弥ちゃん。さっきまで戦ってた子だよ」

「あら皆さん、ここまで来ていたのですか。先程のわたくしの戦い見てくださいましたか?」

「ああ。ちゃんと見てたよ」


 真里弥の言葉に亮が答え、それを聞いた真里弥が嬉しさに顔を輝かせる。そのやりとりを見ていた選手の面々は「知り合いだったのか」と軽く驚きながらそ様子を眺め、そしてケンは真里弥の隣に立つ紫髪の少女に目を向けて続けた。


「それで、こっち。この真里弥ちゃんの隣にいるのが、うちの副支配人だよ」

「あの、この人達は誰ですか? 新人さんですか?」

「いや、うちに見学に来た人達だよ。ほら、新城亮って前に話しただろ? あいつの連れだよ」

「ああ、あの人ですか」


 紫髪の少女が納得した表情でケンの言葉に返す。そしてその少女は真里弥のそばから離れて亮達の前に近づき、そこで一礼しながら言った。


「初めまして。僕はイツキって言います。ここの副支配人をやっています。よろしくお願いしますね」

「ああ、うん。よろしく頼みます」


 そう言ったイツキに亮が答え。残りの三人が続けて「よろしくお願いします」と返す。その後、四人はまじまじとイツキの姿を見ながら次々と言葉を放っていった。


「それにしても、その年齢でここの副支配人とは、すごいクマね」

「いや、これはさすがに不法労働じゃないのか」

「女性なのに一人称が「僕」とは随分珍しいな。生まれついての癖なのか?」

「そいつオスだぜ」


 だがそのアラタの言葉が、それまで好きなだけ騒いでいた三人の体と意識を一瞬で凍り付かせた。


「……え?」

「だから、そいつオス。俺と同じ戦闘狂獣」


 ついでと言わんばかりにアラタが次なる爆弾を投下する。そして不意打ちの連続で完全に頭の中が真っ白になった三人を尻目にアラタがイツキの近くに立ち、呆れた顔で彼に言った。


「よう、久しぶりだな」

「あっ、アラタちゃん。久しぶり! 元気してた?」

「元気してたじゃねえよ、てめえ。なんだよその台詞と格好は? あっちにいた時はまだまともにオスやってただろうがよ」

「ああ、これ? 地球に来てちょっと目覚めちゃって。どうかな?」


 しかし呆れ果てるアラタの眼前で、当のイツキは突然のカミングアウトに動じるどころか、そのアラタの目の前でワンピースの裾をつまんでスキップするように一回転する。その姿を見たアラタはかつての同胞の変わり果てた姿を見て、愕然とした表情で言った。


「お前、マジでやってんのか」

「もちろん。とっても楽しんでるよ。キラッ♪」


 親指と人差し指と中指だけをまっすぐ伸ばし、それを片目のまえにかざしてポーズを取る。


「まあ、こんな子なんだけど、実際は凄いやり手なんだよ。俺も何度も助けられたしね。だからこの子に頼めば、さっきの問題も解決できるんじゃないかな」


 そんなケンの陽気な言葉は、アラタには酷く遠くの場所から聞こえてきたように思えた。このとき既に、アラタの頭の中も真っ白になって思考を放棄していたからだ。

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