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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第四章 ~七面相アイドル「マジカル・フリード」、パワード熊スーツ「クマ・オブ・アポカリプス」登場~
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「同僚」

 右の扉を開けた先には奥に向かって大きくカーブを描きながら道が左右に分かれた通路があった。その道幅は亮達が横並びに歩いてもまだ余裕があるほどに広く、そしてその二つの道は亮達のいる所の反対側で一つに繋がっていた。その通路を真上から見下ろすと、それがドーナツ状になっていた事がわかっただろう。


「先生、ここはどこクマ?」

「リングと通路を繋ぐ所だな。この向こうにお目当ての場所がある」


 その外側の壁にはモニターがつけられ、内側の壁にはソファが一定の間隔をあけて置かれていた。ソファには子供から大人まで様々な年齢の人間がまばらに座り、モニターには受付にあったモニターに映っていたのと同じ映像が映されていた。そしてそのモニターやソファに挟まれるようにして、今し方亮達が開けたのと同じ形をしたドアが据えられていた。その外側の壁に据えられたドアを見ながら四千一号が言った。


「あそこ以外にも入り口があるのか?」

「ああ。秋葉原だけでも五カ所はあるな」

「秋葉原……だけ?」


 その四千一号の言葉に応えながら向かい側のドアに手をかけた亮の後ろで、アラタが渋い表情を浮かべて呟く。


「かなりでかいんだな」

「オーナーが言うには、調子に乗りすぎた結果らしい」

「先生の知り合いが?」

「あいつは調子に乗りやすい奴だからな……さて」


 そこで言葉を切り、ドアを押し開けながら亮が後ろを向いて言った。


「入るぞ。ビビるなよ」





 中に足を踏み込んだ瞬間、亮の後ろにいた三人は目を剥いた。目の前に広がる光景を前にアラタと冬美は口を半開きにしたまま微動だにせず、四千一号は彼女達の間で呆然と呟いた。


「別世界だ……」


 四千一号の言う通り、そこはそれまで通ってきた所とは別世界だった。静寂や癒しとは対極の位置に属する世界だった。

 その空間は大きなすり鉢状になっており、亮達のいた所はその最上部であった。斜面上に置かれた客席は全て観客で埋め尽くされていた。室内はそんな観客の輪郭がぼんやりわかる程度に薄暗く、そしてそのすり鉢のいちばん底の部分には天井の照明によってピンポイントに照らされた円形のリングが置かれ、そこでは今まさに戦いが繰り広げられていた。

 その中に響きわたるのは観客の熱気と歓声、選手達のあげる叫び声と激突音、マイク越しに轟く実況の熱のこもった声。それらが一つに混じり合い、重なり合って、場内の雰囲気をより一層混沌とした物に変えていた。


「凄い熱気だ。誰も彼もが熱中している」

「おまけに声援もすげえ。鼓膜が破れそうだぜ」

「さっきまでの病院の雰囲気が懐かしいクマ」


 全体の光景を目の当たりにしながら、初めて足を踏み入れた三人が率直な感想を述べる。そんな三人を肩越しに見ながら亮が言った。


「みんな、こっちだ」

「席用意しておいたのか?」

「ああ。特等席だ」


 そう言って歩き出した亮に続いて、三人が緩やかなカーブを描いた通路を歩く。その通路の幅も十分広く、余裕を持って歩く事が出来た。


「ついた。ここだ」


 それから暫くして、亮がそう言いながらドアの前に立ち止まる。それはその中にあって箱型に区切られた空間の中に続くドアであり、その箱の外側にはリングを見下ろすためのガラスがはめ込まれていた。やがて三人も亮の後ろで立ち止まり、彼女達が来たのを確認してから亮がそのドアを軽くノックした。


「はーい。誰だーい?」


 ドアの向こうから間延びした男の声が返ってくる。それを聞いた亮が自分の名前を告げると、すぐさまドアの奥から弾むような声が返ってきた。


「おお! 亮か! 久しぶりだな!」

「ああケン、久しぶりだな。特等席で見たいんだが、入れてくれないか?」

「もちろん! 今ロックを外すから、ちょっと待ってくれ!」


 そう男の声がドア越しに聞こえてきた直後、ガチャリとドアのロックが外れる音が耳に入ってくる。それを聞いた亮はドアノブに手をかけ、静かにそれを押し開けた。





 ドアの向こうにあったのは殺風景な部屋だった。床も壁も天井も硬質な鼠色の材質で構成されており、右手側にはガラス窓とその下に各種コンソールが、左側の壁には別の所に続くドアがあった。コンソールの前には背もたれのある柔らかそうな椅子がいくつか置かれており、さらにその椅子の後ろにソファが、反対側の壁には小型のドリンクサーバーが置かれていた。

 それらの物から、この部屋は飾り気こそ皆無であったものの、外からの来客をもてなすための場所である事がわかった。


「よう亮、久しぶりだな」


 そのコンソール前にある椅子の一つに腰掛けていた男が、そう言いながらその椅子を回転させて亮達に向き直った。その男は最初は亮を見ていたが、すぐにその目線を彼の後ろにいる面々に向けた。


「その子達は?」


 男がアラタ達を見つめながら意外そうな声を出す。それに対して亮が答える。


「俺の担当してるクラスの生徒だよ。今日はこの子たちにここを見学させようと思ってね」

「なるほど。そう言うことか」

「問題あるか?」

「全然ないよ。そういう頼みなら喜んで聞くよ」


 亮の問いかけに男が不敵に笑って答える。それから亮は後ろにいる三人に前に出るよう促し、ついでに自己紹介をするよう言った。

「へえ、君たちが亮の……」


 そして自己紹介を終えた三人を、男が物珍しそうな目で見つめる。三人もまた同様に、亮の元相棒というその男をまじまじと見つめた。


「みんな可愛いね。うん。かわいい」


 エキセントリックな見た目の男だった。ネズミのような出っ歯としっかり形を整えたリーゼントが特徴で、白のワイシャツと迷彩塗装を施された長ズボンと革製のブーツを身につけ、さらにベルトを巻いた上でズボンの裾にサスペンダーをつけ、それをシャツの上から巻いてズボンを固定していた。


「俺はケン・ウッズ。よろしく」


 そんな特徴的すぎる外見を持つ男が、三人に向けて笑みを見せながら言った。冬美と四千一号はその姿からケンに対して飄々としたイメージを抱いた。


「さて、色々聞きたい事もあるだろうけど、まずは試合を見ようじゃないか。今まさに始まろうとしている所だからさ」


 そして自己紹介を済ませてすぐ、ケンがそう言いながら立ち上がり、窓の向こうに映る景色を手で指し示す。しかしそれを聞いて即行動に移すような図太い神経の持ち主はこの中にはいなかった。


「ていうか、いいのかよ? ここ明らかに一般人が入っていい場所じゃねえだろ」

「正直戸惑っている。特別扱いされるのには慣れていない」

「二人の言うとおりクマ。いきなりそんな事言われても困るクマ」


 彼らは行動や言葉遣いは荒削りだったが、それ以外は一般的な常識の持ち主であった。ここには自分の力ではなく亮のコネで来たに過ぎないのに、そんな所でいきなり傲岸不遜に振る舞えるほど無神経な面々ではなかったのだ。


「謙虚だね。うん、いい子達だ」


 だがそんな三人の正直な声を聞いたケンは、そう言いながら嬉しそうに頷いた。一方の亮も彼女らの言葉を受けてどこか喜ばしそうに苦笑しながら、明るい声で三人に言った。


「そんなに気にしなくていい。むしろチャンスはしっかり活かしていくべきだ。謙虚になるのも大事だが、たまには大胆になるのも大事だぞ」

「いいのか?」

「ああ」


 控えめに尋ねるアラタに亮が即答する。反対側ではケンも同様に頷いていた。それを受けた三人は意を決したかのように窓の前に立ち、そして眼下に広がる光景を視界に収めた。


「あっ」


 そして視界の中央にあるリングに意識を向けた瞬間、冬美が素っ頓狂な声を上げる。他の四人が驚いて冬美の方を見るが、当の冬美は目線の先にあるリングを先端の平坦な腕で指さしながら高揚した声で言った。


「マリヤがいるクマ」

「マジか!」


 それを聞いたアラタがつられて驚いた声を上げ、冬美の指差す先を見る。同時に亮も窓のそばに近づき、リングの方に目をやった。


「それでは、本日午後の部、第三試合を開始します! まずは赤コーナー! 闇に紛れて悪を断つ退魔武者巫女にして、このリトルストームの常連選手! 十轟院家の末っ子、十轟院真里弥!」


 それと同時にアナウンスが轟き、天井から新たに灯ったスポットライトが一斉に真里弥を照らす。この時の真里弥は白い着物に赤い袴と、文字通り巫女の格好をしていた。そして真里弥はライトの光を受け周囲からの歓声を一斉に浴びながら、怯むことなく毅然とその場に立っていた。


「おお、マリヤのあの格好は久しぶりに見るクマ」

「ていうかあいつ、常連選手とか言われてたぞ。そんなにここにいるのかよ」

「ああ、あの真里弥さんって言う子は去年の四月からずっとここにいるよ。可愛いし実力はあるし、ファイトスタイルも見てて爽快だし、今じゃアイドル選手の一人だよ」


 呆れるように言ったアラタに、ケンが端末をいじってリストを眺めながらそう答える。それを聞いたアラタと冬美は「へえ・・」と感心と驚きの混じった声をあげ、亮はその真里弥に興味深そうな視線を送った。


「続いて、青コーナー! 新米退魔師なんか怖くない! パンチ二発でグロッキー! 現代に蘇った日本の怪物、青鬼!」


 その直後に再びアナウンスが轟き、真里弥の反対側にライトが当てられる。そこに映ったそれを見て、何も知らない四人は一斉に驚愕の叫びをあげた。


「はあ!?」

「なんじゃありゃあ!」


 そこにいたのは鬼だった。真里弥よりも一回り大きな体躯を備えた、文字通りの鬼だった。

 真っ青な肌を持ち、額に一本の角を生やし、ボディビルダーも裸足で逃げ出すほどの筋骨隆々な肉体を備え、その上から虎柄の腰巻きを身につけ、手に金棒を持った、日本人のイメージ通りの鬼であった。


「あれ、着ぐるみじゃねえよな?」

「どう見ても着ぐるみじゃないクマ。ご本人クマ」

「おいケン、なんだあれは」


 呆然と声を出すアラタと冬美の横で、亮がケンに尋ねる。だがケンはうろたえる事無くあっさりと答えた。


「何って、鬼だろ」

「そんな気楽な……」

「お前こそなんでそんなに驚いてるんだよ」

「だって鬼だぞ? 宇宙人とかじゃないんだぞ? 何か思ったりしないのか?」

「ここは基本的に来る者は拒まずだからな。戦う気のある奴なら誰でも歓迎さ。それに俺達は現役時代にさ、もっとヤバいのに会って来ただろ?」


 そう言ったケンに、亮は何も言い返せなかった。相手の考えを頭から否定する気はなかったし、それに後ろ半分については事実だったからだ。あれより危険な存在と出くわしたのは一度や二度ではない。


「それでは両者、構え! レディー……ファイッ!」


 それは具体的にどんな事をしたんだ。先のケンと亮のやりとりを聞いていたアラタは彼らの方を向いてからそう聞こうとしたが、彼女の言葉は喉から出掛かった所でそのアナウンスの声によって潰されてしまった。

 機先を制されたアラタは不満げな表情で窓に視線を向けなおしたが、その時彼女の目に映ったのは真里弥がその場から動かないまま、走ってきた青鬼の顔面にカウンターで右ストレートをぶちかまし、その巨体を弾丸のように反対側にぶっ飛ばした光景だった。


「すげえ」


 それまでの不満が一瞬で消し飛んだアラタが唖然として呟く。その声もほぼ同じタイミングで打ち鳴らされたゴングにかき消されたのだが、アラタはそれに関して不満に思ったりはしなかった。

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