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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第三章 ~戦闘狂獣「アラタ(阿修羅態)」登場~
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「ヨロシク、勇気」

「メタモルフォース!」


 アラターー今まで満だった者が両手を広げ、遙か遠くにいるサイクロンUを睨みながら高らかに叫ぶ。その直後、アラタの足下から光の柱が彼女を包むように伸び上がり、その柱はすぐさま周囲のビルをも飲み込みながら肥大化し、やがてその柱の内側から一体の巨大なウサギが姿を現した。


「Shaaaaaaaaa!」


 人間と同じ形をした筋骨隆々な腕を持つ四つ目のウサギが、遠方に控えるロボットに向かって両手を広げて威嚇する。対するサイクロンUもまた、片足を半歩後ろに下げて構えをとる。


「これで両選手出揃ったァ! あとは試合開始のゴングを鳴らすだけだァ!」


 その両者を見た実況にも熱が入る。それと同時にカメラを底部に吊り下げた小型の円盤群も空から飛来し、両者の戦いのテレビ中継を開始する。

 会場にいたギャラリーもまた、試合の始まりを固唾を飲んで見守っていた。


「それではッ! 第四試合! レディィィィ……」


 豚が立ち上がり、目の前のコンソールに片足を乗せながらマイク片手に宣言する。同時にもう片方の手を高々と掲げ、一旦言葉を切ってから深呼吸をする。一方地上では、身動き一つ見せないサイクロンUに対してアラタが両手の拳を堅く握りしめ、それぞれ肘を曲げて上方に掲げていた。


「……ゴォォォォッ!」


 そして吸った息を一気に吐き出すように豚が盛大に開始の合図を告げる。戦場全域に、また会場のスピーカーからゴングの音が高らかに鳴り響き、それに合わせるようにアラタが握りしめた両拳を胸の前でぶつけた。

 刹那、それまでいた場所からアラタの姿が消えた。


「えっ!」


 それまでモニターに映るアラタの方に注目していた観客の何人かが驚きの声をあげた。まるでそこには初めからいなかったかのように、なんの痕跡も残さずにそこからアラタが消えたのだ。後に映るのはビルに挟まれた無人の車道だけ。だがこの時、実はサイクロンUの方に注目していた観客達もまたそれと同じ声を上げていた。

 片方のモニターからアラタが消えたのと同じ頃、サイクロンUの背後にその消えたアラタが音もなく、宙に浮いた状態で出現していたからだ。


「危ない!」


 サイクロンUを見守っていたD組の生徒の一人が咄嗟に叫ぶ。その彼女の眼前で、今まさにアラタの剛腕がサイクロンUに振り下ろそうとされていた。

 大きさで言えば、サイクロンUはアラタから見れば子供のようなものだ。頭上から片手で叩き潰す事など造作もない。


「死ねェ!」


 アラタが声を張り上げ、その小柄な体躯の頭上から鉄槌を下す。声を出したことで当然自分の位置もバレるが、もし亮がこれによってアラタの存在に気づいたのだとしたら、次の瞬間にはサイクロンUのボディは拳によって縦に押し潰されていただろう。

 だが実際は違った。


「くそっ!」


 サイクロンUはアラタが声を発するずっと前から、正確にはアラタが拳を振り上げた時点で既に逃げの体勢に入っていた。サイクロンUが身を屈め、折り曲げた足のバネを利用して勢いよく前方へ跳ぶ。


「シィィィィィッ!」


 サイクロンUが跳ぶ直前、体が前に傾くほどの勢いで降り下ろされたアラタの剛腕がその背中を擦る。それをコクピットの振動を通して察知した亮は一瞬背筋をヒヤリとさせた。

 だがサイクロンU自体は何の問題もなく前方へ飛び出し、アラタの不意打ちをかわしてみせた。そして頭から地面に着地すると同時に一度前転をして片膝立ちの姿勢になり、そのままの体勢で地面を滑りながら体を百八十度回転させた。

 この時サイクロンUは市街地の中に入っており、地面を滑る中でコンクリートで舗装された道を抉り取り、その両脇にあったガードレールや自転車を根こそぎ吹き飛ばしていった。そして同じ頃、それまで宙に浮いていたアラタも地面に着地し、足下にあった閉じきられた校門をぺしゃんこに踏み潰した。


「えつ、あっ、ああっ、アラタ!」


 そしてこの段階でようやくアラタのしでかした事に気づいた豚が、そちらの方へ視線を動かして叫び声を上げる。しかし既に両者がアクションを起こした後のその光景を見ただけで何が起きたのかを即座に認識した辺り、彼もまたプロであった。


「サイクロンU、アラタの不意打ちを難なくかわしてみせた! そして両者、次の手を読みあい睨みあう!」


 豚の言うとおり、アラタと立ち上がったサイクロンUはそのまま暫く動こうとはしなかった。互いに拳を開閉しながら、じりじりと間合いを詰める。


「さっきの気づいてたのか?」

「超短距離ワープを使う相手とはここに来る前に何度かやりあった事があるからな。気配でわかる」

「ただいま入りました情報によりますと、今のアラタが取った行動は、おそらく超短距離間を移動するワープ行動であるかもしれないとの事です!」


 自分達で調べたのか、先程の亮とアラタのやりとりを盗み聞きしたのか、豚が会場にいる観衆やリアルタイムで見ている視聴者達に向けて解説を行った。


「お前なんなんだよ。ただの先公じゃねえだろ」

「さて、君はどう思う?」

「教える気はねえってか」


 そして互いに睨み合いながら、アラタと亮が言葉を交わす。亮は平静を保つ一方、アラタは一番上の眉間に皺を寄せた。


「……行くぞオラァ!」


 やがてその鬱憤を晴らすかのようにアラタが叫び、一直線にサイクロンUへと向かっていく。助走をつけ、片足で踏ん張って跳躍し、空中から一気に畳みかける。


「させるか!」


 しかし亮は動じない。両者が激突するギリギリの距離まで動かず、紙一重のところで後ろに跳んで攻撃をかわす。自機の角張った胴と相手の伸ばしてきた腕が擦れあい、わずかに火花が散る。


「ケッ!」


 しかし地面に着地したアラタはそこで身を屈め、この時まだ空中にいたサイクロンUへ向けて体を伸ばし頭から突進した。

 サイクロンUは空を飛べない。それを避ける事が出来ないと悟った亮は咄嗟に機体の両腕を体の前で交差させ、防御の体勢を取った。

 サイクロンUとアラタが正面から激突する。直後、小柄なサイクロンUが自身の真後ろの方向へと吹っ飛ばされていった。


「ああーっと! これはキツい!」


 その様を見た豚が叫ぶ。片手を地面につけて着地するアラタの眼前で、サイクロンUはいつもは人や車でごった返す通りの上を後ろ向きのまま猛進し、周囲の車や看板を蹴散らしつつ、最後はその勢いが全く削がれないまま、T字路の突き当たりの位置にある高層ビルに背中から激突した。

 猛スピードで動く二十メートルの物体の直撃を食らったそのビルはいとも容易く崩壊した。やがて降り注ぐ瓦礫と巻き起こる土煙が、激突したサイクロンUの全身をあっという間に包み込んでいった。


「サイクロンU、なす術もない! 抵抗も出来ずに吹き飛ばされた! やはりサイズの差が大きいかーッ!」


 瓦礫と煙にまみれて見えなくなったサイクロンUに視線を向け、豚がマイクを握る手に力を込めて叫ぶ。その真下ではアラタがゆっくりと立ち上がり、首と肩を回しながらその方へ距離を詰めていった。


「ああああ、やばいやばいやばい!」


 その様子を会場で見ていた面々は、皆一様に戦々恐々としていた。特にD組の生徒達は全員が必死の形相でモニターを見つめ、中には手を組み合わせて祈り始める者までいた。


「やっぱり、あんなちっちゃい奴じゃ無理だって」

「なんであんなちっこいのでいったんだ? 馬鹿じゃないのか?」

「でもあのウサギ、前にも地球側の代表一人やってるからな。あっちの方もめちゃくちゃ強いんだよ」

「馬鹿、まだ始まったばかりだっつーの。いくらちっこいからって、あれで終わるわけねーだろ」


 諦めの声をあげる者。月の戦力に恐怖する者。まだ逆転を信じる者。ギャラリー達の間ではまさに悲喜こもごもな会話が交わされていたが、その中の誰一人として、モニターから目を離そうとはしなかった。

 口では「もう終わった」と嘆いている者でさえ、心の底でまだこれで終わりではないと、最後には亮が逆転劇を見せてくれると密かに期待を寄せていたからだ。


「あ、あれ!」


 そんな中、無心にモニターを見つめていたD組の生徒の一人がそのモニターを指さす。それにつられてモニターに注意を向けた面々が、次々と驚きと期待に満ちた声をあげていった。


「おおっと! 生きていたァ!」


 そして観客と同様にその光景を見ていた豚が嬉しそうな声を出す。彼の視線の先には、もうもうと立ちこめる土煙を手で引き裂きながら瓦礫の中から立ち上がるサイクロンUの姿があった。


「まだ終わらない! まだまだ戦いは始まったばかり! この男、我々の期待を裏切りません!」

「これくらいじゃくたばらねえか」


 豚がテンション高く叫び、立ち止まったアラタが静かに呟く。だがこの時の彼らの心境は一致していた。


「あれで終わっちまっちゃいくらなんでもガッカリだからな。もっと楽しませてくれよ?」


 そう言ったアラタが前歯を見せて笑みを浮かべ、再び肘を曲げて両手を上にあげて構えをとる。その構えを見ながら、瓦礫の中から帰ってきた亮は静かに問いかけた。


「ちょっと待て」

「は?」


 突然の申し出にアラタが気の抜けた声を出し、構えを緩める。しかしそれを聞いた亮はすぐに「違う、降参するんじゃない」と言ってから、サイクロンUに片足に体重を乗せてリラックスしたポーズを取らせてから続けた。


「実は、俺も皆に隠していた事があるんだ。手加減して勝てる相手じゃないのは良くわかったし、本気出す意味も込めて今からそれを見せようと思ってな」

「隠していたこと? お前ただの先公じゃねえのか?」

「根っから先生だったんじゃない。先生になる前は、ちょっと怪獣絡みの仕事をしていたんだ。まあ宇宙人とかも相手にしてたんだが」

「なにしてたんだよ」

「今見せる」


 アラタの追求にそう答えてから、サイクロンUが腰に提げていた筒の一本を手に取る。そしてそれを自身の目線の高さにまで来るよう水平に掲げ、亮が静かに言葉を紡いだ。


「レーザーブレード!」


 直後、筒の先端から青白い輝きを放つ光の柱が伸び出した。それを見た豚と鶴、そしてアラタが驚きに息をのむ。


「てめえ、まさか……!」

「ま、まさかまさかーッ!?」


 一方の会場にいたギャラリー達は完全に置いてけぼりを食らっていた。豚の驚きの声がスピーカーから迸るが、いったい何に驚いているのか訳が分からなかった。


「な、なんだよ。なに驚いてるんだよ」

「ただのライトセイバーじゃねえか。あれがどうかしたのか?」


 ギャラリー達は違う意味でざわめき始めていた。そんな彼らのモニターの先、驚きの表情でサイクロンUと相対していたアラタは、やがて小さく笑みをこぼしながら亮に言った。


「……そうか、だからか」

「……」

「だからてめえ、俺がワープ機能使った事わかったのか。そうだよなあ。その道のプロなら知ってて当然だよなあ」

「やっぱりわかるか」

「ああ。そんな武器を使える……使っていいと許可をもらえる連中は、俺の知る限り一つだけだ」


 アラタが片足を踏みだし、両手を広げて威嚇するように叫ぶ。


「ええ!? 宇宙刑事さんよォ!」


 アラタが更に一歩前に踏みだし、サイクロンUめがけて一直線に駆け出す。対するサイクロンUはレーザーブレードを両手で持ち、それを真上に掲げるように構えをとる。

 掲げられたレーザーブレードが秒刻みでその輝きを増していく。だがアラタは止まらなかった。


「シィィィィィィッ!」


 そして低くうなるような声をあげつつ突撃してくるアラタをまっすぐ見据えながら、サイクロンUは構えたそれを斜めに振り下ろした。


「銀河一刀流、無限斬り!」


 次の瞬間、サイクロンUの遙か前方にあったはずの月光学園の校舎に斜めに切れ込みが入り、そして上半分がずれ落ち、その後全てが倒壊した。

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