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「おーい地球人、プロレスしようぜ!」  作者: 鶏の照焼
第三章 ~戦闘狂獣「アラタ(阿修羅態)」登場~
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「新月と満月」

「レディース、エーン、ジェントルメーン!」


 それから三日後、午後一時二十四分。月光学園を中心にした既に無人と化した半径十キロ圏内の上空から、いつもの景気のいい声が響いた。その声の主である豚はいつもの宙に浮く円盤の中に乗り込んで相方の鶴を横に据え、テンションを高くして続きの言葉を吐いた。


「さあ! 今回もやってきました、ビッグマン! 今回は地球対月の最終戦! まさに互いの維持とプライドのぶつかりうあ激戦が繰り広げられることでしょう! 否が応にも期待が高まります!」

「しかも今回の対戦カード、誰と誰を戦わせるのかを月側から指定してきたそうですからね。いろんな意味で目が離せませんよ」


 豚の実況に合わせて鶴が補足の説明を入れていく。この二人のやり取りは戦闘エリアから離れた地点に設けられた観戦会場にもスピーカーを通して届いており、その会場にいた二年D組の全員もしっかりそれを聞いていた。


「ねえねえ、先生戦うってマジ?」

「どうやらマジらしいぜ。麻里弥が言ってた事だしな」

「先生、どんな感じで戦うのかな? 超楽しみなんだけど」

「そう言えばあの人、専用機とか持ってんのかな? 授業とかじゃ学校に元からある奴使ってたけど」

「わかんねえなあ。あの人あんまり自分の事喋らないし」


 そして本番を待つ間、彼らの中で話題になっていたのは、自分達の担任である新城亮がどう戦うのかについてだった。彼らは自分の担任が本気で戦うところはまだ一度も見たことがなく、また専用機らしき物を見た事もないので、彼がいったいどのような戦いを見せてくれるのか期待に胸を膨らませていたのだ。


「それよりさ、先生の相手って誰だっけ?」

「ほらあいつだよ。前にやってきたゴツい女の子」

「ああ、確かアラタだっけ?」

「そうそう。前にウチの執行委員の一人を瞬殺した奴」

「あれもあれでおっかねえよなあ。捕まったら終わりじゃね?」


 そしてその中に混じって、亮の対戦相手であるアラタについて言及する者もいた。もっとも、こちらについては前にその荒々しい戦闘を目の当たりにした者も多かったので、特に話題にする者はいなかった。こちらよりも亮に対する期待の方が強かったのだ。

 ちなみにこの会場にはD組以外にも大勢のギャラリーがいて観客席は満員状態であり、通路で立ち見をしている者もいるほどであった。これは地球で「ビッグマン」が始まった時から見られる光景であり、特に驚く事ではなかった。ただこれまでと違ったのは、ここにD組以外の月光学園の関係者の姿が一人もいなかったことであった。


「それはそうとさ、あの女王も思い切った事するよな」

「こっちとしちゃスカッとしたけどな。散々俺たちを下に見やがって、ざまあみろだ」

「でも怖かったよな」

「……うん、死ぬかと思った」


 理由はいたって単純。学園最大のスポンサーであり月の女王でもあるヨミから直々に出禁を食らったからである。彼女がこのような行動をとったのは、赴任した翌日の亮への襲撃や麻里弥と月人との戦闘後に起きた拉致監禁事件が全て彼女の耳に入ったからであった。

 当然リークしたのは満とアラタである。


「全体のルールに沿わないからと言って個人を攻撃し、それを知りながら見て見ぬ振りをするとは何事か! 力で排除すれば全てが片づくと思うでない! 恥を知りなさい!」


 スポンサー権限を利用して臨時に開かせた全校集会の席でモニター越しにヨミが見せたその一喝は、見る者全てにまるで目の前に地獄の鬼が現れたかのような錯覚を与えた。そこにかつて満に見せた慈母の面影は欠片もなかった。本来攻撃の矛先を向けられていた教師や生徒たちはもとより、今回の被害者であるはずの亮ですら背筋を伸ばし、額から冷や汗を流す始末であった。

 ちなみにヨミが関係者ーー学園のほぼ全員に

出禁を食らわせたのは彼らのしたことに対する制裁の意味も含まれているが、それ以外にも本番での亮やその対戦相手への妨害を防ぐためでもあった。更に念には念を入れて、今現在も両者の周囲には月から派遣されたボディーガードが四名配置さえ、万全の警備体制を保っていた。


「さあ! それではそろそろ、両選手に入場していただきましょう! まずは地球代表、新城亮!」


 そのような厳戒態勢が地上で敷かれていた中、比較的リベラルな空中では円盤に乗った実況役の豚が高らかに叫んだ。


「新城選手、エントリー願います!」





「エントリー願います!」


 上空で響くその声を聞いて、月光学園の正面玄関前に立っていた亮は緊張をほぐすように首を大きく回した。それから周りに立っていた屈強なガードマンに後ろに下がるよう手振りで示した後、スーツの袖をめくって右手首にはめた腕時計のような物を露わにした。


「久しぶりだな」


 手首にはめられたそれを懐かしげに見つめた後、両足を肩幅に開き、その右手をまっすぐ水平に伸ばした。


「サイクロン!」


 力強く声を放ちながら伸ばしたままの右手を体の前で大きく回し、握り拳が左斜め上方を向いた所でその動きを止める。そしてそのままのポーズで一旦溜めてから、その手を勢いよく胸元に引き戻す。


「アクセラレーション!」


 その直後、手首にはめてあったそれからまばゆい光が放たれた。その光は垂直に軌跡を描きながら空の彼方へと吸い込まれていき、それから一秒も経たない内に、光が吸い込まれた地点から一体のロボットが垂直に地面に落ちてきた。それは膝を曲げることもせず直立不動の姿勢で地面に着地し、それの落ちた周囲の地面を激しく揺らした。亮の後ろにいたガードマン達が踏ん張りきれずに体をよろめかせるが、亮は背筋を伸ばしたままびくともしないでその落ちてきたロボットの背中を見つめていた。


「あれが、先生の……!」


 その空から降ってきたロボットが両足で地面に着地する様はしっかりと会場のモニターに映されており、D組のクラス一同は全員目を皿のようにしてそれを見つめた。

 それは全体が青緑色に塗られた、異様な風体のロボットだった。全体的には小柄で細く、直線的な装甲で守られた胴体は角張った作りをしており、頭と四肢はマネキンのように滑らかな曲線で構成されていた。その出で立ちはまるでノースリーブのセーターだけを身につけた細身の人間のようであり、腰には筒のような物体をそれぞれの側に二本ずつ提げていた。


「さあ出た! あれが新城亮の機体、サイクロンU! 全長二十メートルのミニサイズ! なんとも珍しい機体だァ!」


 その姿を頭上より見下ろしながら豚がカンペ片手に実況を進める。この時彼は亮のサイクロンUを見てその小ささを前に驚いた声を出していたが、これは決して演技や演出として上げた声では無かった。

 なぜならビッグマンデュエルに参加する面々は全長五十メートルから七十メートルのクラスの物が殆どであり、特にサイズについて規定はないものの、これがデュエルを行う機体の標準であるという暗黙の決まりが存在していたのだ。それより小さいサイズの機体で戦う者はそれだけで珍しがられるのである。

 小さい機体は確かに小回りは利くだろうが、それだけである。蟻と像が戦うようなものだ。


「うわ、ちっちゃ」

「あんなんでやれるのかよ……?」


 実際、ギャラリーの中にも不安がる声がちらほらと上がっていた。それはD組の中からも聞こえてきており、誰もが亮に不安げな視線を送っていた。

 だが当の亮はそんな事を全く意に介さず、胸部が左右に開かれて外に露出したコクピットの中へと慣れた調子で入っていった。そして亮がコクピットに入り終えて胸部装甲が再び閉じきられた時には、豚の視線は既にその反対側へと向けられていた。


「さあ、それでは次は月側代表、月兎獣アラタの登場です! 彼女は今現在、サイクロンUのちょうど向かい側、三百メートルの地点に人間態として立っております! さっそく見てみましょう!」


 豚がそう告げ、モニターの映像がサイクロンUから両側をビルに挟まれた車道を斜め上から映したものへと替わる。そこには一つの人影が車道のど真ん中に立っているのが見え、ギャラリーはあれはいったい誰なのかとしきりに目を凝らした。そしてこの時亮もまた、カメラアイのズーム機能を活かして相手の姿を拡大表示しサイクロンUのメインモニターに捉えていた。


「えっ?」


 そしてそこに見える物を前にして、亮が素っ頓狂な声を上げる。そこに立っていたのは人間態のアラタではなく、彼のよく知る人物だったからだ。


「どうしてここに?」


 綺麗に整えられた黒のショートヘア。

 形の整った眉にぱっちり開かれた瞳。

 袖のない薄手の黄緑色のベストとショートパンツ。

 白いスニーカー。

 

「……」


 初めてあった時と同じ服装をした富士満が、腰に手を当てて自信満々といった体でそこに立っていたのだった。


「……あっ」


 すると反対側からの亮の視線に気づいたのか、満が前を向いたまま目を見開いて何かに気づいたかのような表情を見せる。それから満が懐から小型のヘッドセットを取り出して耳にはめ込むのが見え、その直後、コクピット内のスピーカーからわずかなノイズと共に活発な声が聞こえてきた。


「新城さん、お久しぶりです」

「あ、ああ、お久しぶり」

「今回はこちらの対戦を受けてくれて、本当にありがとうございますね」

「い、いや、こちらこそ」


 聞き慣れた活発な声。間違いなく満の声だった。それを聞いた亮は反射的に、満に向けて問いかけていた。


「なんで君がここにいるんだ? アラタはどうしたんだ?」

「え? アラタですか? 大丈夫ですよ、アラタならすぐに来ますから。私はまあ、あれですよ、あれ」

「あれ? セコンド的な何かか?」

「ううん……そうだと言えばそうだし、違うと言えば違いますね」

「?」


 まるで意味が分からなかった。亮が怪訝な声を上げるが、それを聞いた満が愉快そうに笑い声を立てて答えた。


「まあまあ、すぐに答え合わせしますから。そんなに悩まなくてもいいですよ」

「答え合わせって……」

「ちょっと待っててくださいね。今アラタを出しますから」

「は?」


 言葉の意味がわからず亮が気の抜けた声を出す。だがその亮の目の前で、満が突然糸の切れた人形のようにその場に倒れ込んだ。


「お、おい!」


 思わず亮が声を荒げる。会場でそれを見たギャラリーも一様に不安そうな声を出す。


「満! どうした、おい!」


 その一方、亮は倒れたまま動かない満に向けて必死に声をかけ続けた。なぜ満がここにいるのか、そんな疑問は既に頭の中から吹き飛んでいた。真剣に彼女の身を案じ、懸命に声をかけ続ける。


「満! 満!」

「うるせえよ」


 そのとき不意に、満の方から声が返ってきた。ほっとする亮だが、同時に違和感も覚えた。声の調子がいつもと違うのだ。

 それはいつもの満が発する明るく元気な声ではない。もっと低く、攻撃的な声だった。


「ったく、耳元でギャーギャー騒ぐんじゃねえよ……まあ、いきなりぶっ倒れたこっちにも原因あるけどよ」


 何が起きたのかわからず呆然とする亮の眼前にあるモニターの中では、ゆっくりと満がその身を起こしていた。しかし立ち上がる中でその髪は根本から毛先に向けて黒から銀色へと変色していき、ふらつきながらも両足で完全に立った時には、こちらへ向けて細く引き締まった瞳から鋭い眼光を放っていた。


「待たせたな、先公」


 満だったものがそう言いながら尻のポケットをまさぐってそこからカチューシャを取り出し、額が見えるよう後ろに撫でつけた銀髪をそれで固定する。この時になって、亮は目の前の人間が何者なのか、そして目の前で起きた事の真相とそれまでの満の言葉の意味を全て理解した。


「二重人格……」


 正解と言わんばかりに、アラタがニヤリと笑いながら自己紹介を済ませた。


「俺がアラタだ」

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