「宣戦布告」
「まずは謝りなさい」
「ごめんなさい」
メガデスとアラタが現れてから二分後、そのパイロットである麻里弥と人間態になったアラタの二人はそろって亮達の前に姿を現し、そして亮の見守る前で浩一とソレアリィに頭を下げていた。このとき彼らの背後には、四肢を力任せに引きちぎられた格好のタムリンが無造作に投げ捨てられていた。その断面からはねじ切られたパイプやシャフトが露出しており、今もなお火花が飛び散っていた。
「深く考えることもせずにお二人のロボットを破壊してしまって、申し訳ございません。深くお詫びいたしますわ」
「……ごめんなさい」
麻里弥がそう言って再び深く頭を下げ、アラタがぎこちない動作で小さく頭を下げる。その一方、それを聞いた浩一は「別にきにしてねーよ」と軽い調子で返したが、ソレアリィの方はなおも膨れっ面のままであった。
「むうう……」
「おいソレアリィ、それくらいにしとけ。ちゃんと謝ってるんだしもういいだろ」
「本当に申し訳ありません。浩一さんの乗るロボットについては前から存じておりましたけれど、あのときはつい頭に血が上ってしまっていて……」
「ほら、麻里弥もしっかり反省してるんだし」
「そういう問題じゃない!」
そうフォローを入れる浩一に対し、なおも納得できない風にソレアリィが言った。。
「だってだって、こいつらタムリンをぶっ壊したんだよ! ディアランドの誇る戦士を!」
「ちゃんと修理すれば直るだろうが」
「そういう問題じゃなーい!」
ソレアリィが声量を一段階上げて叫び、面倒くさそうに言い返す亮の胸を両手でポカポカ叩く。やってる方としてはいたって本気なのだろうが、端から見たそれは子猫がじゃれついているのと同じようにしか見えなかった。
「ちくしょー! どいつもこいつも軽く見やがってー! 凄いんだぞ! タムリンは妖精族の守り神なんだぞ! 凄いんだぞ!」
「わかったわかった。愚痴なら後で俺が聞くから、ちょっと落ち着けって」
「ちくしょー!」
ソレアリィがそう悔しげに叫び、そして以前よりもスピードを速めて浩一の胸を叩く。だが当の浩一はそれを無視し、意識を目の前の麻里弥達に向けて言った。
「それよりお前ら、なんでここにいるんだよ」
「あ? そりゃお前……」
それを聞いたアラタがそこまで答えた所で言葉を切り、そのまま口を半開きにして目線を下に逸らしながら完全に動きを止めた。それは突然の事であり、まるで動いてる途中で電池が切れた電動模型のように前触れのない唐突な停止であった。そしてそんな様を見せつけられて、そこにいた面々は皆一様に不思議な表情をした。
「えっ、なになに?」
途中から周囲の面々の変化に気づいたソレアリィも、胸を叩く動作を止めて彼らの視線の先にある物へ目を向ける。そしてそれを見た直後、彼らと同様に「えっ?」と声を上げながら顔をしかめた。
「ああ」
そんな四人が心配そうに見つめる中、彼らの目の前でアラタが不意に声を上げた。突然の事に軽く驚く周囲の様子に動じることなく、アラタは目線だけを動かして真っ直ぐ浩一を見ながら、何事も無かったかのように以前と同じ口調で言葉を放った。
「まあ、ここで言っちまうか。面倒くせえし」
「お、おい、大丈夫か? さっき動きが止まってたが」
驚きと不安と怯えが混じった声で亮が尋ねる。それに対して全身で亮の方を向きながらアラタが答える。
「平気平気。ちょっとそ、じゃない、何を言おうとしてたのか思い出してた所だったんだ。ほらあれなんだって。怪獣態になった後はちょっと頭がボンヤリするんだよ」
「そ、そうか」
「でもアラタさん、先程なにかを言いかけていたようなのですが、あれはいったい何だったのですか?」
アラタの気迫に押されるようして亮が声を絞り出した一方で、今度は麻里弥がアラタに尋ねた。そちらの方を向いてアラタが答える。
「……さあ? 聞き間違いじゃねえの? 俺はそんな事した覚えねえけどな」
「そうですか……」
アラタの返答に納得したように、しかしどこか腑に落ちない表情で麻里弥が引き下がる。それを見たアラタは再び亮に向き直り、その目をじっと見つめながら言った。
「ええと、あんたが新城先生?」
「ああ。君がアラタだね?」
「そうだ。俺がアラタだ。あんたの話はミチルから聞いてるぜ。よろしくな」
「満の事を知ってるのか?」
驚く亮にアラタが答える。
「おうよ。俺とミチルはまあ、友人っていうか運命共同体っていうか、昔からの腐れ縁みたいな関係なんだよ。だから俺、ミチルからは地球の話を色々と聞いてるんだ。最近のあいつはもう殆ど『新城先生』の話題ばっか話してくるんだけどな」
「そうだったのか」
「俺が地球に来たのも、そのミチルの言う新城先生がどういう奴なのか知りたくなったからなんだよ。やっぱ言葉だけじゃなくて生で見ないとな」
「それはそうだろうな」
アラタの後ろで浩一が同意する。その後麻里弥がアラタに近づいて言った。
「それで、実際に会ってみてどう思いましたの? 満さんの言うとおり、先生は良い方だったのですか?」
「まあ、悪い奴じゃないとは思ったな。でも正直言って、まだあんたの事を全部わかったわけじゃない。あんたの中身の方はまだ全然わからないんだからな」
「まあ、それはそうだろうな」
何せ知り合ってからまだ五分も経ってないのだ。これだけで相手の全てを知ろうというのは無茶も良いところである。
「それでよ、俺としてはもっとあんたの事を知りたいんだよ。で、それについて俺に良い考えがあるんだ」
「良い考え? なんだ、教えてくれ」
亮が続きを促し、それを聞いたアラタが亮に一歩近づく。麻里弥と浩一とソレアリィもその意識と視線を二人に向ける。
そんな四方からの注目を一身に受けながら、アラタがニヤリと笑いつつ亮に言った。
「先生、俺と戦ってくれよ」
「で、新城さんはそれをオッケーしたってこと?」
「ああ」
その日の夜、自宅のリビングでくつろいでいた亮は自分に電話をかけてきた満に対し、朝方に自分が体験した事について話して聞かせていた。アラタと別れて麻里弥達と共に学園に戻り、その後何事もなく授業他教師としての仕事をすませた後の事であった。
満が電話をよこしてきたのは、亮に今日アラタと出会ったがどうかの確認をとるのと、実際に会ってみて感じたことを聞くためであった。えらく緊張していたのがその声から十分察する事が出来た。
その結果は満の思っていたよりも上々であった。亮は自分が拉致監禁されていたことには触れずに開口一番に「さっぱりしてて面白い子だった」と答え、特に悪い印象は持たなかった事を告げた。また亮はアラタの持ちかけた「決闘のお誘い」に乗った事も満に伝え、それを聞いた満はまるで自分の事のように喜びの声を上げた。
「ずいぶんと嬉しそうだな。やっぱり友達だからか?」
「へっ? いや、ま、まあ、そんな所ですね。はい。やっぱり友達は大切にしないとですよねー」
「?」
一瞬言葉を詰まらせ、その後途端に早口になった満の声を聞いて亮が首を傾げる。そんな亮の不審げな気配を感じたのか、満が慌てた調子で続けた。
「ほ、ほら、アラタってちょっと荒っぽい所あるじゃないですか。一度暴れ出したら止まらない、みたいな感じの。それが原因で他の人から遠ざけられてる所とかありまして」
「まあ、確かにそれは感じたな」
「でしょ? だからアラタもちょっと内心へこんでたんです。本当だったら私が相手になりたいんですけど、それも色々あってちょっと無理なんです。だから先生が戦ってくれるってわかって、私も凄い嬉しいんですよ」
「そうなのか?」
「そうですよ」
亮の問いかけに満が力強く返す。それを聞いた亮も「そう言うものなのか」と思い、深く考える事はしなかった。満の言う「色々」にも引っかかる物を感じたが、それに関しても追求したりはしなかった。
その満の話を聞いている間、亮の脳裏には自分が戦ってもいいと言った時のアラタの表情が浮かんでいたからだ。それはまるで大輪の花がつぼみの状態から一気に咲き誇るかのような、弾けんばかりの嬉しそうな表情であった。
それを見た後だと、満の言葉にも信憑性が出てくるのであった。
「じゃあ次の戦いはうちのアラタと新城さんの一騎打ちって事でいいんですね?」
そんな風に思案にふけっていた亮の意識を、
「ああ。時間と場所は決まってるのか?」
「はい。もう決まってます。正式には後で発表するつもりなんですけど、新城さんにはこっそり教えちゃいますね」
「いいのか?」
「ええ。今日のお礼みたいなものですよ」
そう言ってから、声を小さくして満が続ける。
「時間は今日より三日後、場所は月光学園周辺です」
「周辺? 麻里弥が戦ったのと同じ場所か」
「そうです。一応メールでも送っておきますので、準備お願いしますね」
「わかった」
亮がそう答え、それを聞いた満が「よろしくおねがいします」と返した後で通話を切る。亮もまたそれまで使っていたスマートフォンから耳を離し、その直後、一通のメールが届いた事を知らせるアナウンスが液晶画面に出る。
予想通り、それは戦闘の日時や場所を記した満からのメールであった。亮はそれをうっかり消さないように専用のフォルダに移し、その操作を終えてからスマートフォンを使い古したテーブルの上に置く。
しかしそこから立ち上がって軽く背伸びをしたところで、今し方テーブルの上に置いたスマートフォンが再びメールを受信したことを知らせる着信音を鳴り響かせた。
「ん?」
亮がそれを拾い上げ、立ったまま液晶画面の上で指を滑らせて操作する。そうして受け取ったメールを開くと、その本文の所には短い一文が書かれていた。
「首を洗って待っていろ」
差出人はおそらくアラタだった。なぜなら本文の一番上に「アラタより先公へ」と書かれていたからだ。まだお互いにアドレスを交換しておらず、どれが誰のアドレスかもわからなかったので、まず「このメールは自分が送った物である」という事を知らせたかったんだろう。こちらのアドレスも教えていなかったが、それは満から聞いたのだろう。
「律儀な奴だな」
そう思いそのメールを暫しまじまじと見つめていた亮だったが、やがてそれに対して「いつでも待っている」と書いたメールを返信した後で画面を閉じ、もう一度テーブルの上にそれを置いた。それが三度鳴ることは無かった。
「でもあいつら、本当に仲いいんだな」
再び背伸びをしながら亮が呟く。彼がそう言ったのはアラタの送ったメールと満の送ったメールの二つが同じメールアドレスから来ていたからだ。送られてきたメールの中の「差出人」の部分に表示されたメールアドレスが同じ物だったのだ。
「……本当にそれだけ?」
しかし、背伸びを終えた所で亮が表情を引き締めてそう呟いた。いくら仲が良いからと言っても、わざわざ一つの携帯電話を二人で共有するだろうか? それとも片方は電話を持ってなくて、もう片方からそれを借りたのだろうか?
「……まあ、いいか」
だが亮はそれについては深く考える事もせず、そこで思案を打ち切った。自分が気にする事でもなさそうだし、それに何より朝の疲労がまだ残っていたからだ。
亮は明日に備え、余計な事は考えずにすぐに眠りにつくことにした。幸いなことに、この日は風呂に入った後でぐっすり眠ることが出来た。
そして次の日に目が覚めたときには、満とアラタとアドレスの問題は彼の頭の中から完全に消え去っていた。




