4話 社畜VS社畜 ④
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深夜三時。
静まり返ったオフィス街の片隅にて
今日も今日とて徹夜一歩手前まで働き、ゾンビのように歩く佐藤シュンの前に、空間を切り裂いて一人の男が現れた。
ステルスモードを解除し、エナジードリンクの空き缶を投げ捨てたルクトの瞳にはもう一切の迷いがなかった。
もう……直接ヤル
それしか道は残されていないのだ!
「……もう小細工は終わりだ、佐藤シュン。俺のボーナスとお前の社畜人生……どちらが重いか、ここでハッキリさせよう」
「……? 徹夜明けの強烈な幻覚ですね。まぁ、明日も朝九時から顧客への謝罪行脚ですし、立ち止まっている暇は――」
「行かせねえよぉぉ!!」
【送り人スキル:定時退社!!】
ルクトの手から放たれた、空間をも切り裂く神力の斬撃がシュンを襲う!
通常なら魂ごと消し飛ぶ一撃。しかし、シュンは寸前でその軌道を見切った!
……ッ!? この理不尽な圧力、および回避不能なタイミング……!
シュンの脳内で【社畜スキル:不測の事態瞬時対応能力】が最大出力で火花を散らす!
「ぬんっ!!」
シュンは持っていたビジネスバッグを完璧な角度で突き出し、衝撃を受け流した!
【社畜スキル:理不尽クレーム完全受け流し(パーフェクト・謝罪)】である!
ズガァァァン!!と周囲のアスファルトが弾け飛ぶ。
「チッ、これならどうだ!」
ルクトは間髪入れず、神速の連撃を叩き込む!
【送り人スキル:年間休日130オーバー(アルテメットホワイト•ラッシュ)!!】
終わりの見えない嵐のような拳がシュンを襲うが……
シュンもまた、ボロボロの革靴を鳴らしてそれを全てステップで回避する!
【社畜スキル:休日出勤デスマーチ!】!
激しく火花を散らしながら、深夜の夜道で二人の社畜はぶつかり合った。
あらゆる手を尽くして追い詰める送り人の社畜とそれをミリ単位の超絶技巧で回避し続ける人間の社畜!
しかし、戦いが長引くにつれ、二人の心の中に奇妙な感情が芽生え始めていった。
「なんで……なんでお前はそこまでして避けるんだ! 異世界に行けば魔法も使えるし美少女にも囲まれるんだぞ!?」
ルクトが涙目で拳を突き出す。
「……そんな美味い話があるわけないでしょう! 異世界の求人票だって、どうせ基本給にみなし残業代が含まれているに決まっています!
それに……ここで俺が消えたら、チームのプロジェクトが炎上する……! 残された同期が死ぬんだよ!!」
シュンがバッグでそれを受け止め、叫び返す。
「……お前、自分の体より、残される仲間の心配をしてるのかよ……!」
ルクトの胸が激しく締め付けられた。
「お前だって……神の使いのくせに、なんでそこまで必死なんだ!」
シュンの問いに、ルクトはボロポロと涙を流しながら叫んだ。
「俺だって……俺だってノルマを達成しないと、来月の給料がプロテイン現物支給になっちゃうんだよ!!
ボーナスも消えて、別の世界の発展途上国へ強制出張なんだよ!! 上司のゼウスがゴルフ三昧の裏で、俺がどんだけ残業してると思ってんだよぉぉぉ!!」
その言葉を聞いた瞬間、シュンの目からスッと敵意が消えた。
「……お前も、上司の無理難題に振り回されているのか……」
「そうだよ……! 毎日毎日『SSS級を早く送れ』ってクレーム対応ばっかりでさぁ……!」
いつしか二人は、拳を合わせながらも、互いの境遇に激しく共鳴し合っていた。
送り人と人間、立場は違えど、二人は同じ『組織の歯車』として、理不尽な天井と戦い続ける本物の社畜(戦友)だったのだ。
「佐藤……お前、本当にいい奴だな。俺、お前を殺したくないよ……」
「ルクト……お前の辛さ、痛いほど分かるぞ。お前も頑張ってきたんだな……」
満身創痍の二人が、夜道でガシッと熱い抱擁を交わす。
そこには、人種も世界も超えた、美しき男の友情が咲き誇っていた。
熱い戦いの後には友情が芽生える!
男とはそういう生き物なのだ!
だが、無情にもその時はやってくる。
ゴオォォォォォォォォッ!!!!!
暗闇の向こうから、凄まじい爆音を響かせて『それ』が現れた。
ルクトがこのバトルの前に、神界の経費を前借りして手配していた最後にして最大のトラップ。
【神界魔道具:自動運転異世界行き・10トントラック】
時速百キロ。完全にシュンをロックオンし、ブレーキなど付いていない鉄の塊が突っ込んでくる。
二人は満身創痍。シュンの体力では、もうこれを回避する【社畜スキル】は残されていない。
「あ、危ない佐藤! 避けろ!!」
ルクトが叫ぶ。しかし、シュンは逃げなかった。
ただ、静かに微笑みメガネをクイッと上げる。
「……ルクト。お前の今月のノルマ、僕が達成させてやるよ」
「え……?」
「ちょうど、現世の仕事にも有給したかったところだ。そっちの異世界(ソルステラ王国)は……週休二日くらいはあるんだろ?」
シュンはすべてを察し、友の生活を守るため、あえて直撃コースに堂々と立ち塞がったのだ。
その目は、これまでの死んだ魚のような目ではない。自分の意志で未来を選んだ、輝かしい漢の目だった。
「佐藤ォォォォォォ!!!!!(号泣)」
ルクトの絶叫が響き渡る中、10トントラックがシュンに激突した。
――ドンッ!!!!!
凄まじい光が辺りを包み込む。
シュンの肉体は傷一つ付くことなく、ただ美しい精神体(魂)となって、光の粒子とともに夜空へと昇天していく のだった。
光の向こうから、シュンの最後の声が聞こえた気がした。
『――先に行くぞ、ルクト。お前も、あまり無理するなよ』
「佐藤ォォォ! ありがとうなぁぁぁ! 異世界に行ったら絶対に週休二日とボーナスを掴み取れよぉぉぉ!!」
ルクトは夜空に向かって、鼻水を垂らしながら何度も何度も手を振っるのだった。
直後、ルクトのスマホが『ピロリ〜ン』と軽快な通知音を鳴らした。
画面には、神界人材派遣部のシステムメッセージ。
『【重要】佐藤シュンの異世界送り成功を確認しました』
「……やった。やったぞ……。俺は、やったんだ……」
ルクトはスマホを握りしめ、その場にへたり込んで嬉し涙を流した。
こうして、深夜のオフィス街で繰り広げられた、二人の社畜による死闘は幕を閉じたのであった……。
————————。
凄まじい衝撃の後、僕を包んだのは痛みではなく、羽毛布団に包まれているかのような圧倒的な「解放感」だった。
(……ああ、終わったんだな)
目覚まし時計の不快なアラームも、上司からの理不尽なチャット通知も聞こえない。これが「退職(死)」というやつか……。
ゆっくりと目を開けると、そこは一面の白い大理石と、雲が漂う神秘的な空間だった。
そして目の前には、神々しい美貌を誇る絶世の美女が佇んでいた。
彼女は僕と目が合うなり、優雅に微笑み、そして――一切の前置きをすっ飛ばしてこう切り出した。
「よくぞ来ました、迷える魂よ。――さっそくで悪いけど、あなたには異世界で魔王を倒してほしいの」
「……はい」
「我が世界ソルステラは今、魔王軍の侵攻で滅亡の危機なのよ。ここにリストがあるから、魔王討伐に必要なスキルを3つ選びなさい」
女神と名乗った彼女(アテナと言うらしい)は、パチンと指を鳴らした。すると僕の目の前に、ホログラムのようなスキル一覧がずらりと出現した。
「なるほど……」
軽くルクトさんから聞いてた(独り言で漏れてた)話と一致してるな……。
ならば!選ぶべきは、無敵のチートではない!
異世界を生き抜くための、地道かつ確実な「ホワイト労働」をサポートする以下の3つだ。
「では、スキルはこの3つでお願いします」
【定時アラーム(夕方五時になると頭の中で軽快な退勤チャイムが鳴り、魔王の前からでも瞬時に安全な宿屋へ直帰できる逃走スキル)】
【シゴデキ医師の何処でも診断(一日一回、自分の心身の疲労度を数値化し、過労の兆候があればどんな状態異常も100%解除して強制睡眠に入る自己管理スキル)】
【ホワイト福利厚生:食事補助(一日一回、栄養バランスが完璧に計算された定食がどこからともなく支給され、食べるとHPとMPが微回復する節約スキル)】
「地味ーーーっ! 命は守れそうだけど、魔王を倒す気あるのそれぇぇぇ!!」
アテナの絶叫が神殿に響き渡る中、僕の身体は眩い光に包まれていった。
待っていろ、異世界。
僕は完璧に健康管理を徹底し、夕方五時にはきっちり宿屋に帰り、莫大な退職金(報酬)を掴み取って、最高のセカンドライフを送ってみせる!!
佐藤シュンの、本当の「ホワイトな戦い」はここから始まるのだった!
社畜VS社畜 編——『完』——




