マギア
ーーー8年前。
15歳になったアズライアは、デュロの呼び出しを受けて再び辺境を訪れていた。
近くまで敷かれている鉄道から、馬車で港町の入り口へ。
「どんなご用事かしらね?♪」
春と秋に休暇の度に訪れているけれど、デュロからのお誘いは初めてであり、アズライアは浮かれていた。
デュロは、リンボ島のある内海沿岸に『特異魔導研究組織』と呼ばれる機関を設立しており、高台に、最初港町を訪れた時にはなかった建物が立っている。
今そこは、屋敷というよりはまるで砦のように物々しい雰囲気を放っていた。
「ねぇ、ギメル。何か聞いておられなくて?」
アズライアは馬車の幌から顔を出すと、御者台にいる従者に話しかけた。
「拙者は、特に何も」
元々あまり愛想が良い方ではないギメルが、ボソリと低い声で呟いた。
彼は、竜頭亜人と呼ばれる亜人である。
人の体に竜の頭と金の鬣、そして全身を覆う緑の鱗を備えており、尾はあるが翼はない。
竜頭亜人は本来、大陸の極東に住んでいて、他種族と積極的に交流することがあまりない種族だった。
なので、他の地域でギメルの同族を見かけることは滅多にない。
ギメルは拳一つで戦う〝拳士〟であり、変わり者の彼は最初、武者修行をする為に極東を出たのだそうだ。
が、皇国で開かれた武術大会でデュロと意気投合し、ギメルを気に入った彼の勧誘を受けてそのまま従者になった、というその経歴まで変わっている亜人である。
そして愛想は悪いけど、それはあまり大陸中央で使われている人族公用語が得意ではない、という事情もあるのだろう。
話しかけて邪険に扱われたりする訳でもなく、さりげなく気を遣ってくれたりもするので、アズライアはあまり気にしていなかった。
「わざわざ時期外れにお誘いされたから、何か特別なことがあるかと思いましたのに、貴方も聞いていないのね」
「……拙者にも話がある、とは」
そう応じたギメルに、アズライアはキョトンとした。
「え? わたくしと貴方の二人ですの?」
「おそらくは」
そう言われて、思わずぷくぅ、と頬を膨らませる。
「気に入らないですわ!」
「……?」
「何か要件があるにしても、二人きりが良いですわ! もう、殿下!」
遊びや観光のお誘いではないとは思っていたけれど、自分だけではないところがとっても嫌なところだった。
アズライアの怒りに、捲れ上がったギメルの竜の口からチラリと牙が覗く。
それを目に留めたので、半眼で彼を睨みつけた。
「ギメル。今、わたくしのことを笑いまして?」
「……よく聞き取れず」
「今、わたくしを、笑いまして?」
言葉が苦手なフリで逃げようとするので、わざわざ文節を切って再度問いかける。
すると、彼は片眉を上げるように片目を大きく見開いてから、それに答えた。
「そのようなことはない、かと」
「でも今、牙が見えましたけれど?」
「浮かべたのは、苦笑のみ」
「一緒ですわッ!! やっぱり笑ってるじゃありませんのッ!!」
キーッ! と彼の頭を叩こうとしたけれど、ひょい、と首を曲げて避けられた。
「お気をつけを。敵であれば、その顔に拳を叩き込んでいるところ」
「まぁ! 淑女に脅しをかけるなんて、紳士の風上にも置けませんわ!!」
「……先に手を出したのは貴殿では……?」
そんなやり取りをしている間に、馬車が高台にある砦の前に着き、そのまま中に通された。
※※※
「ああ、来たか」
「来たかじゃありませんわー!!」
砦の中を案内されて奥の方に向かうと、デュロは資料室のような場所にいた。
2年の間に体も作られて精悍さを増した彼は白衣に身を包んでいて、ますますカッコいいのだけれど、今は見惚れそうになっている場合ではない。
「何をしているんだ?」
ブンブン、と頭を横に振っていると、デュロが不思議そうに問いかけてきた。
「はっ……なな、何でもありませんわ! わたくしは怒っているのです! 何でお出迎えもして下さいませんの!?」
「ああ、悪かった。今最終調整と確認をしていて、少し忙しかったんだ」
パタン、と資料を閉じた彼は、それを書架に戻すとこちらに向き直り、微笑みを浮かべる。
「会えて嬉しいよ、アズライア」
「っ……そんな、そんな言葉では誤魔化されなくってよ!! 淑女は安くないのですわ!!」
甘い笑みに胸が高鳴ったけれど、後ろでギメルも見ているので意地で顔を背ける。
耳が熱いので、手で覆い隠す。
けれどデュロには、アズライアの性格を熟知されていた。
「君に贈り物を用意しているんだが」
「贈り物ですの!?」
思わずバッと振り向くと、彼がニヤリと笑う。
「淑女がそんな風に反応して良いのかな?」
「うっ……でもでも、殿下からの贈り物ですもの!! 何ですの!?」
流石にもう抱きつきはしないけれど、そんな気持ちになりながら両拳を胸元に握って前のめりになると、デュロの笑みが苦笑に変わる。
「君は本当に素直だね。心が癒されるよ。……贈り物は、こっちに準備してある」
と、資料室のさらに奥にある扉を示されたので、アズライアはそちらに目を向けた。
「〝解錠〟」
扉の前に立ったデュロが魔術を行使すると、鍵穴の辺りに魔導陣が浮かび上がり、キン、と音を立てて鍵が外れる音がする。
その上で、彼は腰に下げた鍵束から鍵を見繕うと、鍵穴に差し込んで回した。
「……魔術と鍵の二重錠ですの?」
「いや、三重だよ」
デュロは言いながら、ドアノブには手をかけず、本棚の本を一冊クッと指先で引っ張って半分抜いてから戻した。
するとガコン、と音がし、ドアが開くのではなく横の本棚がスライドして、先に繋がる廊下が姿を見せる。
皇城の宝物庫並に厳重な鍵にアズライアがポカンとしていると、デュロが左手を腰に回して手を差し出してくれた。
「どうぞ、アズライア。お手を」
彼は完璧と称される第一皇子であり、当然そうした仕草も自然で様になっていた。
アズライアがおずおずと手を乗せると、優しく握られて廊下の先に導かれる。
その先にあった広い空間に、〝機知の亜人〟と呼ばれる一角亜人族がいて、全員が白衣を身につけて各々立ち働いていた。
特異魔導研究組織をデュロが設立した時に招集したとは聞いていたけれど、かなりの大人数である。
一角亜人は、兎のような外見の毛がもこもこの亜人である。
人族に比べて背が低く、大体腰から胸元までの身長が一般的だ。
寿命も少々短く、大体30年くらい。
他には額に生えている一本角が特徴的で、男性は長く尖っていて、女性は太く短く先が丸いという違いがあるようだけれど、アズライアにはそれ以外にあまり容姿の見分けがつかない。
が、その知性という面においては、人類よりも優れている一面があり、特に数学と魔導機械関係に強いらしい。
鉄道も、最初に考案したのは数世代前のグレムリンの学者だったと歴史で習ったことがあった。
彼らがピョコンと挨拶してくる様子が可愛らしく、アズライアは手を振って応えながら、デュロに訊ねる。
「この先に、何がありますの?」
一角亜人達がいる大きな部屋には、魔導陣が敷かれていたり、よく分からない粉末や機械があったりするけれど、それが何に使うものなのかはイマイチよく分からなかった。
何かを作っているようなのだけれど。
デュロは、アズライアの質問に淡々と答える。
「太古に存在したある鎧を復元したもの、だ。手に入れた魔導書に記されていたそれの試作品が、ようやく完成した」
「鎧、ですの?」
アズライアはキョトンした。
魔術は貴族学校で習っているので多少は扱えるし、貴族なので魔力は強いのだけれど、鎧を着て剣を振り回すようなことは出来ない。
「それが贈り物ですの……?」
ちょっと不安になりながら表情を曇らせると、デュロは奥のドアの前で立ち止まって楽しそうに片目を閉じた。
「ふふ、アズライアが想像している鎧とは、少し違うね」
「そうなのですの?」
デュロは頷き、ドアを開ける。
「ここにあるのはねーーー空を飛べるようになる【騎甲殻】だよ」