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アスクラピアの子  作者: ピジョン
第五部 青年期『勇者』編(前半)

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87 勇者

 アルフリードは言った。


「全く、忌々しい事だ」


「……」


 俺は答えない。全力で本体ヨルとの接続を試みるが繋がらない。何度も『部屋移動』を試みるが、それも封じられたままだ。


「……レオンハルト・ベッカーは特別だ。あれは特別なヤツだ……」


 軍神とアスクラピアの加護を持つ騎士だ。特別な存在である事は理解している。

 アルフリードは語る。


「全く以て忌々しい。あれには若い頃から目を掛けてやったのに、あの陰気な女に侍るようになってからは散々だ。何度、煮え湯を飲まされた事か」


 白蛇はアスクラピアに侍る騎士だ。グレゴワールの事だけじゃない。軍神に仇為した事は一度や二度じゃないだろう。


 本体との接続が望めない以上、この場で軍神と対決するという選択肢はない。

 軍神はつまらなそうに言った。


「ディートハルトは駄目だ。レオンハルトは、こいつを見放している」


 ――大神官は好きにしろ。


 確かに、白蛇はそれに類似する言葉を言った。そして神官の言葉には力が宿る。ディートハルトの呼びかけは、白蛇には届かない。

 アルフリードは笑っている。


「さぁ、アスクレピウス。レオンハルトを呼べ。恐ろしく慎重な男だが、お前の要請には必ず応じる」


「断る! 殺せ!!」


 当然だが、ただでは死なん。身体中の神力が沸騰して髪が巻き上がる。髪に銀の星が舞う。それでもアルフリードは余裕の笑みを崩さない。


「……さて、お前をどれだけ痛め付ければ、レオンハルトは動くだろうな……」


「……ッ!」


 人の身で神に対抗する事は不可能だ。分かっている。だが、男には格好付けなきゃならない時がある。

 今がその時だ。


「……やれよ、アルフリード。たとえこの身が五分刻みにされようと、白蛇の事は喚び出さん……!」


 そして――


「ディートハルト、お前には失望した。いずれ会いに行く。その時は、貸していた物を全て返してもらう」


「……」


 強大な神力に銀髪が揺らめき立つ俺を見て、ディートハルトは震えていた。


「……分かるぞ。お前の事は何でも分かる。兄に……白蛇に失望される事が恐ろしいんだろう? 教えてやる。手遅れだ。お前の兄貴は、お前を殺していいと言ったよ……」


「…………」


 ディートハルトの顔が、くしゃくしゃと泣き顔に歪む。精神が子供の領域を出ていない。失望を通り越し、侮蔑にすら値する。


「そこまでだ。アスクレピウス」


 アルフリードは、肩を竦めて言った。


「……なんと激しいヤツだ。あの陰気な女の息子にしておくには勿体ないぐらいだ……」


「黙れ。そのよく囀る口を閉じていろ。仮にも軍神なら、ここからは力で推し通れ」


 軍神アルフリードその人、そして九名の使徒。最早、俺の死は約束されたようなものだ。

 本体との接続は繋がらない。

 アルフリードが直に支配する『夢幻』には、あの邪悪な母(アスクラピア)の力すら及ばない。

 だが……負けられない。


「その意気や良し!!」


 アルフリードは笑った。闊達な笑みは魅力的ですらある。


「この覚悟! 敵わぬと知りつつもこの戦意! これで神官とは勿体ない! 皆、どうだ!? 今代のアスクレピウスは、戦士としての資質も備えていると見るが!」


 軍神の九名の使徒が口々に言った。


「正に!」


「素晴らしい!」


「しかるべき機会を与えるべし!」


 俺は僅かに身を落とし、半身の姿勢で待ち受ける。無論、その間にも強化術式を施して身体能力を上げて備える。


「……マッチ棒。下がっていろ……」


「あ、あぁ……」


 俺の足元に縋り付き、怯えていたマッチ棒が震える声で言った。


「邪悪な子供……死ぬな……」


 白蛇に助けは求めない。アスクラピアの助けは望めない。血の盟約はエルナとの間にもあるが、当然、エルナを喚び出すつもりもない。

 アルフリードは嬉しそうに笑った。


「まさかまさかよ! アスクラピアの子に戦士の心得を見るとは思わなんだ!!」


 そのアルフリードの言葉に、九名の使徒たちもこぞって賛同する。


「見事!」


「その覚悟、天晴なり!」


「父上! 機会を!!」


 俺たち『アスクラピアの使徒』に神性があるように、軍神の使徒にも神性がある。どうやら、俺の戦意は軍神とその使徒たちの神性をいたく刺激したようだった。

 俺は指先で軍神を差し招く。


「……誰でもいい。掛かってこい……!」


 ディートハルトを人質に取り、白蛇を誘き寄せようとした行為は卑劣とも取れるが……この程度は戦場の倣い。正々堂々の反則こそ、戦場の正義。それ故、俺にはアルフリードを憎む気持ちはなかった。

 まぁ、ムカつきはするが……とにかく。

 堂々と挑む俺の勇敢と、結果を知りつつ覚悟を決めるその勇気。全て軍神の拠って立つ所のものだ。軍神は、その神性故に機会を与えた。


 充分。恨む気持ちはない。


 アルフリードが嗤って右手を振ると、ディートハルトが虚空に消えた。アシタの元へ帰った。


 同時に、入れ代わりとなって、その場に現れた者の姿に、俺は再度目を瞠る事になる。


「なっ!? お、お前は……」


 そいつは、金髪碧眼の男だった。

 初めて見る顔じゃない。そして、恐らくは第十二の席に座る男。これまでは、その存在全てが謎に包まれていた勇者・・


「アウグスト……?」


◇◇


 やけに呆気ないとは思っていた。だが、確かに『無常』に放り込んだ。無限の時の中で、ヤツの精神は死んだ。そして、確かにその首を白蛇が掻き切った筈だ。

 アウグストは少し驚いて……それから笑った。


「……暗夜ヨル? ん? あれ? どうしたんだい、その姿。なんでニンゲンの身体を使ってるんだい?」


「その言葉、そっくり返すぞ」


 どういうカラクリだ? そう考える俺に、アウグストは何でもない事のように笑って答えた。


「僕は、これでも勇者だよ。君ができる事を、僕ができないなんて事はないだろう」


「……」


「この身体は保険だったんだ。ギュスターとローランドがやられるなんて思ってなかったしね……」


 前もって『分け身』を造っていた。元は恐らく、あのスチュアートのような人工勇者だった筈だ。『無常』に放り込まれる直前、その身体を偏在で乗っ取る事で、アウグストはその場を凌いだ。


 アウグストは本来の身体ではない。あの場での敗北はアウグストとしても予想外だった。つまり、弱体化されている。血と肉が通う身体を持つ人間になった。


「君とは、いつか戦う事になると思ってたよ……」


 アウグストの右手には、聖剣『レーヴァテイン』が握られている。


 ――勇者アウグストに勝て!


 これが軍神の神性が与えた『機会チャンス』だ。困難を極めるが、生きて帰るにはアウグストを下すしかない。アルフリードは無論、他の使徒と戦うより生き残る可能性は高い。

 俺はアウグストを()る。

 見た所、アウグストの身体は十代後半……十七、八歳の青年のものだが、フィジカルの面では十歳の子供の身体を使っている俺などものともしないだろう。

 勇者としての『スキル』。

 そして『聖剣』レーヴァテイン。


「残念だけど、暗夜。君は僕に勝てないよ」


「…………」


 確かにその通りだ。

 本来の姿ならともかく、今の俺では、たとえ弱体化したとはいえ、勇者たるアウグストに敵うべくもない。

 更には『夢幻』。

 ここは軍神の領域テリトリーだ。俺の部屋ではない。分け身は勿論、偏在も使えない。頼れるのは……


戦乙女(ヴァルキュリア)ッ!」


 とりあえず百。正確には百八体の戦乙女を召喚して対処する。それしかない。

 アウグストは、優しく言った。


「もう、始めていいかい?」


 余裕ではない。アウグストの笑みには、何処かしら憐憫の情が感じられる。


 ――勝てない。


 百の戦乙女をして、アウグストの攻勢を凌ぐ事は難しいと思われる。

 俺は敗れるだろう。

 無論、敗北は、そのまま死に直結する。それでも、だ。


「……君の弾くピアノが好きだった……君の作り出す闇も……」


「……」


「僕らは、何処で道を間違えたんだろうね。君となら……」


「言うな、アウグスト」


 俺は……決して、この男が嫌いではない。ニンゲンを恨み、復讐を望む気持ちも十分理解できる。

 或いは――

 この男と共に、アスクラピアに挑む道もあったのではないか。


 エミーリアもエルナも、軍神を蛇蝎のように嫌ったが、俺には軍神が魅力的に見える。同じく、『勇者アウグスト』も魅力的な存在だ。

 ――『枢機卿カーディナル』は、敬うべき男だった。それは敵対した今も変わらない。

 俺は、首を振ってその思いを振り払う。


「それでは、始めようか……!」


 神官たる俺と、勇者アウグストの戦いが始まる。

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― 新着の感想 ―
思い返すはストレンジルームにアルフリードの手が襲来した時の事よ。あの時白蛇がアウグストの身体をきっちり殺してなかったら、今の暗夜は瞬殺されちゃってたんじゃないか?危な……
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