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血路の先の魔人達 52

 三(メートル)の巨大な全身鎧(フルプレートメイル)。巨剣を投擲した姿勢のまま、威容な不動を保つ。

 世界に名を馳せる煤湯の守護者、六仁(りくじん)協定の一員。

 道国商会曇天郷支部要人警護者ロスヴァーナ、その半身。

(かわ)されました。姫」

 剣聖甲冑ガルセリオンの金属質な声音が後方へ投げかける。

 巨体の陰から小柄な、否、女性にしては背の高い金色の魔女が風を切りながら威勢よく歩み出た。


「そういうことしてやるわ」


 ロスヴァーナ、その本人。

 金毛の巻毛を優雅と靡かせ、琥珀色の眼が鬼神を睨む。

 恐ろしい眼力だ。鬼神の姿を得てしても、背筋が震える。並々ならぬ意志の強さに圧倒されていると。


「連れに感謝しな」


 何、と一瞬訝しむ鬼神はすぐ、側に寄る存在に気付いた。

 灰色の風が吹く。

 直後、四足の獣と黒い騎手が鬼神の前に降り立った。黒い杖が地面を突く。よく見慣れた夜光彫。血で濡れているものの、よく見慣れたゴクロウの得物だ。


「奴の半身を仕留めるとはな」


 灰色の大狛犬スカヤが唸り。


「助太刀は、不要だったかな」


 血の気の失せた黒の騎手、ナガサが振り向いた。

 彼女の黒衣は血に塗れ、呼吸は浅く、今にも倒れそうなほど弱り切っている。疲労困憊を隠すように、だがナガサは儚げに笑っていた。

 その表情は救いに、死闘の終止符に思えた。


(俺達の、敗けだ)


 爆炎の渦に包まれる鬼神。

 吹き荒れる熱風は温く、力弱い。

 直後、炎の帳が晴れた頃には鬼神の姿は消え去り、元である主身ゴクロウと半身アサメに分離していた。


「いや、助かっ、た」


 それだけ言い残し、真っ先と地に伏したのはゴクロウだった。

 真身化(シンカ)状態時に弾け飛んだ左腕だが、ゴクロウの左腕はなぜか原型を留めていた。覗く地肌は壊死したかのように青黒く灼け枯れ、当然ながら左手首から先の掌は無い。腕としての機能はまるで失われている。

 主身を器として真価を発揮する真身化(シンカ)は、消耗すればするほど主身に負荷を強いるもの。


「ゴク、ロウッ」


 その傍で寄り添うアサメ、半身は五体満足。しかも意識を保つ程度には息を繰り返していた。

 喉首を掻っ斬られて死んだ筈の矮躯(わいく)に、致命傷は見受けられない。主身さえ在命ならば決して死ぬ事の無い、半身の強靭な性質。真身化(シンカ)により生命力を共有した直後だ。死から蘇る事も充分に有り得る。


「ゴクロウッ」


 二度目の呼び掛けに、ゴクロウからの反応はない。

 指一本として動かせないアサメはせめてもと耳をそば立てる。息をしているのかどうかすら判らないほどの呼吸音。触れられたとしても、大きな背中に手を滑り込ませただけで砂礫の如く崩壊してしまいそうな生命力。


「この二人です。医博(いはく)殿」


 ゴクロウへと(すが)ろうとするアサメを他所目に、ナガサは虚空へと呟いた。

 途端、ゴクロウとアサメの周囲に、白く細かな羽音が幾重と響く。

 蟲だ。

 何処から涌いて現れたのか、数え切れないほどぶんぶんと鬱陶しく飛び回る。ゴクロウの身体に集ろうとする雑魚を追い払いたいアサメだが、やはり腕は持ち上がらない。ゴクロウの傷口の上を、奇妙な羽虫どもがちょろちょろと蠢いていた。


「五月蝿い、離れろッ」


 アサメは怒鳴るが、蟲に届くはずもない。一体何処から涌いて出たのかすら謎だった。


『ハ、こりゃ、ソソる身体だわいね』


 まさか羽蟲の群れが、人語を放つとは。

 羽を振るわせるだけで語るなど常識の沙汰ではない。

 予期せぬ事態にアサメは驚愕する。呆然とする意識は次第と、飛び交う羽蟲に覆われた。

 いかに白い蟲といえど、密集すれば黒へと染まる。

 瞼を閉ざした程度の暗闇に、ぼう、と人の顔が浮き上がった。何者かは解らない。

 アサメは狼狽えた表情のまま、女の顔とよく似た虚像の眼孔を睨んだ。


「何者、です」


 アサメは言葉を選んで問いかけた。勘だ。相手は蟲だが、本能が言葉を選べと叫んでいた。

 敵意は無い。

 だが、決して油断も許されないといったところ。

 蟲女の顔は不遜なような笑い顔を浮かべ。


『あっしが悪魔なら、どうする。命でも賭けるけ、ケケケ』


 まるで実験動物にでも話し掛けるかのような気軽さ、希薄さ。

 尊さの欠片もない無慈悲な嘲笑に、アサメは気付いた。

 己の髪が白い絹糸の如く細り、うっすらと鱗粉めいた砂粒を纏っていることに。

 それは莫大な影響力を有する精素に触れた証。この一つ一つの蟲が、アサメを蛾の化身に変えた。

 そして、ナガサが呟いた医博殿という呼び名。

 曖昧な根拠と根拠が結びつく。即ち、この蟲を統べる長こそが、探し求めていた人物であると願わずにはいられなかった。


「彼を、ゴクロウを直して。二度と壊れないほど、強靭な身体に。貴方なら出来ますよね、直し魔ゲイトウィン」

 

 アサメの問いは、正しかった。


『いいねえ、あっしを前にして怖気の欠片も露わにしねえ気概。命をものともしねえただの愚か者か、それとも本物の愚か者か』


 まあ、と蟲人間ゲイトウィンは一層と笑みを深め。


『どっちでも構わないさ。ダメだと言っても、もう止まらねえ』


 アサメは、続く言葉を疑った。


『まさか本物の、二二七〇型人造人間、人の王。幻の骨董品を弄る機会なんざ、今後二度と訪れねえだろうからな、カカ、カカカカッ』


 ぞ、とアサメの背筋に悪寒が走る。


(たったの一瞬で、ゴクロウを人の王(つくりもの)だと見抜いたの)


 術者としての絶大な信頼と、絶望に近い後悔が一気に押し寄せてくる。

 気付いた時にはもう遅い。


「な、ぐ」


 ゴクロウとアサメを覆っていた蟲の球体が密集。あっという間に群れた細かい白蟲どもはアサメの全身に纏わりつくばかりか穴という穴に侵入。痒みに似た痛みがビリリと走ったかと思うと。


『あんたも例外じゃないえ。人の王に(かしず)く兵隊(アリ)さんよ』


 アサメは咳き込む間もなく失神した。


次回 血路の先の魔人達 53


更新予定日 3月26日(金)

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