表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
163/166

血路の先の魔人達 51

 鬼神は呆然としていた。

 殺せる筈の雑魚を殴っただけで右腕が爆ぜ散る。心身共に硬直。理解がまるで及ばない。


真身化(シンカ)が切り札など。実に脆い」


 バスバの言葉通り、いや聞き取るよりも早く、鬼神は膝を突いていた。

 おかしい。何をされたのか、まるで理解できない。

 包容しているはずの莫大な精素を、まるで抑えられない。血流に乗っている精素が過剰に活性化し、膨張、暴走。体内の奥底に眠る水分が震え、煮え立つ感覚。


「ウガアアアアアアッッッ」


 耐えられない。

 ひび割れた全身から真紅の灼熱が放たれ、内包する獄炎が吹き荒れる。

 地平線の彼方までをも焼き尽くし、あらゆる生命を殺してしまう。当然ながら、己さえも。

 全方位に破壊が拡散せんとする間際。


(させないッ)


 アサメの意志が、残った左腕を天上へ。眼が潰れる極光が腕へと収束。

 瞬間、熱の柱。

 白一色に染まる世界。

 苛烈極める極太の光線は瞼など無意味で、脳の奥まで白熱に暮れる。よって何も視えない。天へ放たれた超高熱の一閃は遥か天空を越え、光速の衝撃波は大気を灼いて輪状の雲を幾つも重ね、瞬きの数百万倍速く宇宙空間へと達し、幾ばくかの時間を掛けたあと残光となって無限の彼方へと消失(ロスト)

 世界には次第と白以外の色素が戻ってくるが、明らかとなった光景はあまりにも残酷な傷痕を残していた。地獄の灼光に晒された瓦礫は紅黒く溶解、急激に冷却されてガラス化、黒曜の瓦礫原へ造り変えられていた。物体の陰が目に見える形で黒く浮き彫りとなっており、不気味な造形を一帯に投影している。


「いやいや、堪らん威力よのう。せめて六方郭(りくほうかく)目掛けて撃てば、多少の手間が省けたというのに」


 煙が晴れ、黒光る爆心地に、二人の影。

 両腕を失い、膝を突いて項垂れる鬼神。

 白光の破壊波をもろに受けても尚、無傷のバスバ。


「何を、した」

「星座潰し、とだけ答えておこう。今はな」


 バスバは鬼神の懐に潜り、ずしりと肩に乗せて背負った。二(メートル)半以上もある鬼神の巨軀が力無く垂れ下がる。長刀(マルドバ)を大地から抜き取り、奪って携える余裕すらある。


(ゴクロウ、動けますか)

(指先を震わす力すら湧かねえ。力を根こそぎ暴走させられたみたいだ)

(ごめんなさい。私が、不覚を取れなければ)

(アサメ、自分を責めるな。吹っ掛けた相手が俺達より上だったんだ。もう、なるようにしかならない)

(でも、そんなことッ)


 許されない。アサメの思う通りだ。

 だが、体力、気力、意志の強さといった潜在能力の全てを発散させた鬼神の肉体。それはまるで紙細工のハリボテの様に軽々しい。

 無様に担ぎ出される姿は、完全なる敗北を許した形となっていた。

 半死半生のまま、どこかへ運ばれる。視界はぼやけ、何処に居るのかすら知覚不可能。行き着く先は死よりも悍しい生だろう。


「しかしだ。マグサを殺され、六方郭(りくほうかく)にも辿り着けずに足止めを喰らうとはなあ」


 バスバが勝者らしい台詞を独りでに吐く。相変わらず飄々(ひょうひょう)と掴みどころがない。


「やはりお前達はユクヨニの言う通り、不確定の脅威だったという訳か」


 気に食わない。


「つもり、かよ」

「なぬ」

「これで俺達を制したつもり、かよ」


 一瞬の沈黙の後。


「ああ、制した」


 どさり、と地面へ無造作と投げ棄てられた。鬼神は仰向けに転がる。

 痛かろう。だが鬼神の痛覚は死に、瓦礫の冷たさや寝心地の感触も味わえない。ぼやけた視界の中心で、歪むバスバの像は大仰と長刀を掲げた。


「のう、儂はこれでも怒り狂っておる」


 淡々とした、だが薄ら寒い声音。口調とは裏腹に笑っている、そんな気配がする。

 切先が振り下される。

 鬼神の右肩を深々と貫き、開いた傷口をぐりりと捻った。嫌な破断音が体内に響く。溢れ出る血の量は心なしか勢い弱い。


「ぐ、あ、あ」


 振り絞って出た苦痛の呻きに力はない。


「どこぞの雑魚とも知れぬ愚者に」


 長刀が抜き取られるが、すぐに降下。右鎖骨を割って貫入。


「練りに練った活路を潰され」


 肉体から再び抜刀。直後、突き落ちた刃に左鎖骨が割れる。


「あまつさえ望む相手以外のお前に、儂らの手の内を晒す羽目になるとは」


 真身化体という桁外れの生命力が仇となり、鬼神は致死の刺突から逃れられない。意識だけが中途半端に生きたまま、地獄の責苦が脳髄の奥を(むしば)む。


「まあ、それでも僅かな誤差でしかないが」


 何度目か。切先がずるりと引き抜かれた。

 小高い位置まで掲げられた刃はごくゆっくりと振れ、心臓の位置をぴたりと探り当てる。

 滴る血がぼたぼたと胸を打つ。印された血の跡を目掛けて振り落ちる数瞬先を、思わずにはいられない。全快ならば心臓への一撃など恐れることなどないのに。


「さあ」


 否応ない死が。


「儂らの軍門へ」


 真っ直ぐと。


(くだ)れ」


 貫いた。

 心臓を貫かれた鬼神は一つ、痙攣するようにして身体を跳ね上げた。地面に縫い付けられる。両肩を捻ろうとするが、腕の無い身体では刀身を握り返すことすら叶わない。無意識ながらにびくびくと踠き抗うものの、心臓を貫いた刀身からはまるで逃れられない。

 終わった。

 強靭な生命力はみるみると流出し、残り少ない鬼神の灯火を小さく小さく溶かしていく。


「啜れ」


 長刀を握るバスバの手から、漆黒の雫が滴り下がってくる。

 不快な臭気を放つそれは泥暮らしの血よりも濃厚で、どろどろとした禍々しい光沢を放っていた。死の臭いがする。重力に従って落ちてくる闇を、避けようがない。触れたら最後、自我を失い、傀儡と化した死骸人に成り下がる。絶対にだ。


(こんな、終わり方)


 鬼神の内から、アサメの諦観が溢れた。

 受け入れたくない絶望。無理矢理に口を開かれ、呑みたくもない(けが)れを黙って見つめるしか。


「あってたまる訳、ねえよな」


 じゅう、と。

 高熱を発した刀身が、穢れの雫を焼き払う。


「チッ」


 驚きの顔を見せたバスバが、咄嗟に手を離した。よほどの熱量だったのだろう。バスバの掌から煙が上がり、肉の焦げる臭いが充満。


『魂が死んでねえならサッサと起きろ、ブッ殺せ、クソヤロウがあッ』


 マルドバの激昂が、鬼神を揺り動かした。

 カッ、と金銀の双眼に活力が蘇る。


「ウオオオオオアアアアアアアアッ」


 口の端から迸る血の唾、泡。

 両腕を失ったままの鬼神は膝の力だけで起立。ぼこりと地面から長刀が抜け、だが心臓を貫いたまま長刀は抜けず、だが。


「お前、その胸の傷は、やはり垂迹者(すいじゃくしゃ)の」


 恐る恐るとバスバが指し示す先。

 鬼神の胸に刻まれた刀傷が、バチバチと細い紫雷を放っていた。


「まだだ。まだ、ケリを確信するには、早過ぎるッ」


 ブン、と蜈蚣(ムカデ)状の尻尾が唸る。

 腕が無くとも、脚がある。爆速を生む尾がある。

 たったの一瞬でいい。ほんの一握りの暴力を乗せて全力を振り絞ればそれでいい。出し尽くせる全てを放った後なら、死んでも構わない。


(行くぞ、アサメ。これで死ぬってんなら、俺達はそれまでだ。腹ぁ(くく)れ)


 一呼吸分の間が空く。


(はい)


 決死の覚悟は決まった。

 超速の踏み込み、続く飛び蹴りをバスバの顔面へ叩き入れようと前へ重心を乗り出した、直後だった。

 爆ぜる大気。

 吹き荒れる暴風。


「な」


 突発的に発生した爆圧に鬼神の巨軀が軽々と吹き飛ばされた。瓦礫原に激突、尚も勢いは止まらず瓦礫を撒き散らしながらようやく止まり、悪寒に震えながらも片膝を突いて状況を把握。

 幾度とも知れない驚愕に、ゴクロウとアサメは言葉を失う。

 つい一瞬前、バスバが立っていた位置は小隕石でも降ったかのような大陥没が破壊的に拡がり。


「これ、は」


 その爆心地には、黒褐色の巨大剣が突き立っていた。

 剣とは思えない鉄塊、それが吹き飛んできたであろう方向へ、死に体の鬼神は眦をかっ開いてぎりぎりと顔を向ける。

 夜空と星々を溶かし込んだ全身鎧(フルプレートメイル)の巨人。

 投擲の姿勢を保ったまま不動の威圧を全方位に放っていた。一体、いつの間に現れた。

 聖銀の眼差しが、山羊角兜の奥でぎらりと煌く。


「ガルセリオンッ」



次回 血路の先の魔人達 52


更新予定日 3月19日(金)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ