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血路の先の魔人達 50

 左手首があった断面から、(おびただ)しい血液が流失していく。


「おお、痛い痛い」


 腹を叩いて嘲笑(あざわら)うバスバ。片方の手にぶら下がる鉤爪刃(カランビットナイフ)からはゴクロウの血でべっとりと染まり、滴る血滴が地面を穿つ。

 決着か。


(こんなところで、終れるかよ。まだだ)


 否、断じて許されるものではない。

 痛覚は怒りで殺し、喪失感は闘争心で握り潰す。


(まだ、右腕は生きてる。脚だってある)


 堅く握り込まれる吸精の右拳。

 呪物ともいえる長刀(マルドバ)を手放してもなお、異形の黒腕は血を欲して疼く。


「そうでなくては」


 バスバ、手招いて挑発。

 失血と左手首欠損により、戦闘能力の差は絶望的なまでに広がった。ゴクロウはその差を縮める様にまず一歩、勇猛と距離を詰める。時の流れが水飴の如く纏わりつく。

 怒りを燃料にして燃え上がるゴクロウの闘志。この殺し合いを制するには意志の力に賭けるしかない。他の要因を脳裏から一切排除する。

 血の川を躙る二歩目。

 赤熱に暮れる炉へ風を送り込むような力強い踏み込み。ゴクロウの全身から火の粉が舞い上がった。


「狂人だな。人の身で半身並みの精素を醸すか」


 もはやバスバの呟きなど聞こえていない。

 三歩目。

 ゴクロウは足元の長刀を真上に蹴り上げた。自身の手首が頭上を越えて飛んでいくが、どうでも構わない。


(決)


 回転する長刀が眼前へ到達、その直前。

 口を大きく開き、柄目掛けて噛み付いた。顎の力のみで大重量の長刀を保持してのける。だが峰が敵に向いていた。背を向けては斬れない。顎の動きだけで返し、刃を敵に向ける。

 歯と歯が峰をガチリと噛んだ瞬間、より一層熱い火気。血走るようなか細い火炎が毛細血管の様に長刀全体を覆い、紅蓮染めの刃と化す。


(め)


 四歩目。

 対するバスバずっと立ち尽くしたまま。小招きの挑発をした姿勢のまま動かない。こちらが速いのか、それとも見切った上での態度か。


(るッ)


 実際のところ、ゴクロウの動作は眼にも止まらぬほど速かった。


「ウゴオオオオオッ」


 怒号を漏らしながら突撃。膨張する刃の火焔。


「だが、獣に堕ちた人畜生では、なあ」


 激烈な剣戟音が響き渡る。

 胴体ごと断ち斬る勢いだったゴクロウの太刀筋は受け流され、致命的な隙を晒す。がら空きになったゴクロウの胴体は蹴り上げられ。


「ヴットベエエッ」


 爆轟。

 鼓膜は途切れ、無音の爆破が体内に響く。

 蹴り脚の接触が起爆となり、ゴクロウとバスバは瞬間膨張した紅蓮の爆撃に巻き込まれた。

 捨て身の特攻が入る。

 ゴクロウは後方へ、瓦礫の上を何度も擦りながら吹き飛んだ。

 ささくれ立った瓦礫の原が全身を小刻みに毟る。制服は千切れ、肉は擦れ、数え切れない小さな傷を全身に負う。

 意識は半ば、地獄の入り口へ片足を突っ込んでいた。横倒しになった世界の視界は霞み、全身の感覚はまるで機能していない。

 敵は、バスバはそれよりも酷い。

 粘っこく纏わりつくゴクロウの火焔から逃れるには全身の装衣を一瞬にして剥ぎ取る必要がある。この一瞬で成し遂げるにはあまりにも時間が少な過ぎる。

 時間差を経て、舞い上がった長刀がゴクロウの側に突き立った。


(何も、聞こえねえ)


 意識が白濁し、ぼやけている。

 勝敗が決したとは思えない、という予感だけが根深く残る。

 ゴクロウは砂利を掻きながら立ち上がろうとするが、有機物しか掴めない異形の右手では地面に傷痕一つ残せない。失った左手では血の落書きしか描けない。

 ゴクロウは顔を擦りながら身動ぎ、正面を必死に向く。


(効いてねえ、だと)


 予想(シミュレーション)は打ち砕かれ、バスバは立ち上がった。

 纏わりつく血色の火焔。死闘宗の黒衣が溶けて剥き出た鎖帷子ごと、バスバは強引に引き千切って投げ棄てた。

 小刻みに震えるゴクロウはなおも地面に頬を擦り付けながら見上げる。

 ついに露わとなったバスバの容姿を睨みつけた。

 まるで痩せこけた熊だ。顔面が髭で毛むくじゃら。頬骨が浮き出、黄ばんだ眼球がぎょろりとゴクロウへ剥く。


「立て、ゴクロウよ。ここで立てんというのなら、そこいらの無能な死骸人と同じく無意味に彷徨え」


 立ち上がりたい。

 だが、手は大地を掴めず、力の抜けた膝は支えにならない。あまりにも血を失い過ぎた。使い過ぎた。


(手も足も出せないってのは、このことか、アサメ)


 傍に横たわる遺骸。光を失った鋼の瞳。血の気の失せたその頬に、ゴクロウはそっと異形の右手を添えた。

 アサメの冷たい矮躯が、沈黙を貫いている。

 喉と胸が裂けた彼女から生まれた血溜まりは既に冷たい。だが新鮮で、身体に染み込む様な気さえした。


(聴こえるか)


 ゴクロウは心の奥底から、体温三十度以下まで冷え切ったアサメへ語りかける。

 待つが、返事はない。


(眠ったままでいい。ほんの少しだけ。五秒だけでもいいから)


 ばっくりと裂けたアサメの首元へ。


(力、貸せ)


 断たれた左手首を、押し付けた。


「目覚めろ、鬼神」


 瞬間、紅蓮の繭が二人を包む。

 暗い瓦礫原は赫焉(かくえん)の熱に染まり、(いかづち)混じりの竜巻を喚び起こした。誰にも突破できない獄炎の帳を破り、真身化したゴクロウとアサメ、地獄の王が飛び出す。

 巨大な蜈蚣(ムカデ)状の尻尾をくねらせ、深紅の右腕を振りかぶる。

 標的(ターゲット)はバスバ。

 射出速度は神速が故、驚愕を自覚させる余地すら敵に与えない。完全なる無防備。

 たかが人など瞬殺し得る必滅の右拳が、不敵な笑みを浮かべた顔面へ、めり込んだ。


「喰らうと思うか。雑魚の一撃が」


 爆散するはずだったバスバの顔面が、喋った。


「は」


 鬼神の右拳、否、右腕が、砕け飛んでいた。

 想定外の出来事に、鬼神は打ち抜いたままの姿勢で固まってしまった。右肩ごと消し飛んでいる。

 対するバスバ、無傷。

 髭面の大男は不敵な笑みを張り付けたまま。


「世界に名を轟かす六仁協定(りくじんきょうてい)を殺しに来た儂が、雑魚如き相手に手こずると、本気で思うたか」


次回 血路の先の魔人達 51


更新予定日 3月12日(金)

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