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血路の先の魔人達 46

 よろよろと歩を詰めるマグサからは怒り、というよりかは苛立ちに似た威圧感。

 不意の一発が、半身たるマグサの力を削いだのだ。


「お前の、その腕」


 六本の(おぞま)しい尻尾をくねらせるマグサが忌々しげに呟く。だがその挙動はやや弱々しい。真珠色の不気味な肌は、妙にかさついてさえいる。


「もっと警戒するべきだったわ。お前に触れられた時から違和感は感じていたけど、まさかこうも私の力を持っていくとは」


 ゴクロウは右の黒い異腕に力を滾らせ、強く握り込む。

 血は通っていない。だが別の動力源、精素が黒腕の隅々に流れ込み、血狂いであるマルドバの意志と混ざって循環している。

 その掌で掴んだ性質、それは生命力の奪取。

 殴りつけるという反発行為が引き金(トリガー)となって敵の活力を奪い取る。


「おかげで俺は今、すこぶる体調が良い」


 防戦を捨てたゴクロウは打って変わり、力強い一歩を踏み出した。


「てめえをこの世界の果てまでぶっ飛ばせそうだ、マグサ」


 この黒腕で、一気に叩き潰す。


「なら」


 ぶつかり合う戦意が不可視の火炎となって迸った。


「お前のその二枚舌」


 そう吐き捨てたマグサが、視界から消失。


「ッ」


 あまりの速度にゴクロウは視認し切れていない。人外離れの脚力、未だ健在。

 勘任せで左の長刀を薙ぎ払う。全方位斬り刻むが、あまりにも的外れ。

 剛刃の軌道が空を斬り終わった直後。

 六本もの異形尾の影が、ゴクロウの背後に殺到。


「引きちぎってやる」


 ぞぶり、と。


「ガバッ」


 生命奪いの右手が、マグサの横っ腹にめりこんだ。


「これ、はッ」


 黒腕は関節の造りを無視して大蛇の如く捻れ、毒牙の手指を剥き出し、悪魔的な力で鷲掴む。


『オシいなあ。もうちょっとでコイツをぶちコロせたのによ。ナニちんたらヤッてんだこのクソブスがあ』


 長刀(マルドバ)が悪態を放つ。


(守った。というよりかは反射的に手が動いた、って感じだ。今の滅茶苦茶な軌道はマルドバが見切れるような動きじゃねえ)


 逆棘の立った禍々しい指先がマグサの肌に食い込む。握力以外の力も相まって、半身の強靭な肉体を僅かに握り刺す。

 腹に銅線の尻尾を捩じ込まれた時の激痛をそのまま仕返し、さらに。

 生命力、奪取。


「このッ」


 苦痛を漏らし、ついに底力を発揮したマグサの渾身の力で払い飛ばされた。ぶぢ、と筋繊維の一部が引き千切れる。


「おっと」


 ゴクロウは力の流れに逆らうことになく、離脱。

 時間の流れが粘りつく。

 体調はこの上なく万全だ。それに冴えている。

 仕留めるなら今。ゴクロウは金眼をかっ開いた。

 間髪入れずにマグサへと踏み込み、同時に長刀を振るう。全ての尾にマグサの前面が阻まれるが、まるで無意味。

 初手の一閃は虚。

 影の如く背後へと回る歩法により、その兵眼の絶技は成り立つ。


「趣味の悪い尻尾だ。全部叩き斬ってやるよ」


 すり抜けた刃による裏斬りの斬光。

 不立影鴉(ふりゅうかげからす)

 どす黒い血が噴出し、ばたばたと鈍い音を立ててマグサの尾が地に落ちた。均衡を保てなくなったマグサの身体は前方へとつんのめって瓦礫の上を転がり、腐った泥とそう大差ない血溜まりを生む。

 泥の血。嗅ぎ慣れた酷い臭気。


「こいつは、泥暮らしの」


 どろどろの返り血にゴクロウは顔を(しか)める。

 拭いたくとも、まだ生き生きと蠢く六つの尻尾に目が離せない。まるで生き血を啜る蜈蚣の群れ。そしてその黒い血はどんな汚物よりも濃い。

 これは。


『ボケっとすんな、まだ動くぞッ』


 マルドバの金切り声と、爬行(はこう)する六つの尻尾がゴクロウへと飛び掛かったのはほぼ同時。

 呆然と眺めていたのではない。

 一閃。


「視えてるっての」


 六つの尻尾は十二。

 いや、斬撃が稲光を纏って過り、二十四の尻切れに。

 さらに一突き。

 六種の尾の先が、残虐な串刺しに。


『ケッ』


 びくびくとまだ引き()る尾先をゴクロウは見つめる。

 これが明鏡止水の境地なのだろうか。巡る血潮が冷たいと錯覚するほどに冷め切っていく感触。

 快といえば快、だ。嫌な違和感がある。


(気を抜けば、呑み込まれそうだ)


 溢れ出る熱意は麻薬的な高揚感。それを偽王の感情制御能力が抑えつける。それでもゴクロウは驚きを露わにしていた。

 こうも呆気なく、時の流れが遅延した世界に到達してしまった事に。


「これが、半身の世界か」


 マグサの力を取り込んだゴクロウは擬似的にだが半身に近い存在へ近付いていた。真身化(シンカ)状態に比べれば数十倍は劣る。

 だが、人間の限界を超えた動体視力、身体能力、第六感に至る全ての機能に全身が震えていた。


「たかが客人の、肉人形が」


 噴火寸前の怒気が、マグサから溢れた。


「この世界に降り立って数月とも満たない無知な主身が、この私の力を、逆手に取るなど、信じないわッ」


 怒号が鳴り響く。

 頼りの尾を失い、立つのも精一杯と言わんばかりに震え、先程とは打って変わって衰弱している。


(これが、本来の半身の姿なのか)


 そしてもう一つ、ゴクロウは彼女の本当の姿を視認していた。

 それはどろどろと輝く闇色の人型。暗い光の集合体。

 弱り切ったそれらの正体は紛れもなく精素だ。

 今の擬似半身化したゴクロウは、真身化(シンカ)体にかなり近い水準で精素を捉えていた。


「小せえな」


 ゴクロウは見たままのマグサへ、はっきりと答えた。


「図に、乗るなよ」


 敵意が殺意に変わる。

 ほぼ戦闘不能に近いマグサだが、手負いの獣だ。何をしでかすか、まるで油断ならない。


「私の力につけ込み、奪い取っただけの、蛆虫がッ」

「そいつは一理ある。が」


 何が言いたい、とマグサは六つ目の鬼面を歪ませる。


「互いに譲れねえもん背負ってんだ。死ぬかもしれねえが諦めもできねえ。なら、何がなんでもと足掻きに足掻くのは当然だろうが」


 ぎりりと鬼面の唇から黒い血が滴る。

 自ら噛み切るほど怒りに染まっている。それが何かの企みに思えた。


「それは勝者の捨て台詞だ。勝った気でいるのなら、そのまま虚栄に溺れて」


 来る。


「泣キ叫べェッ」


 血飛沫の乗った怒号。

 迫る負の波動に、ゴクロウは身構えた。


次回 血路の先の魔人達 47


更新予定日 2月12日(金)

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