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血路の先の魔人達 44

 晴れた視界。

 解放された世界はどこもかしこも瓦礫の原野で、むしろ見渡しは良かった。

 だが、満ちる精素は(よど)んでいる。腐った油膜じみた気配。七色に可視化された汚らしい闇が一帯をドロドロと漂っている。


(どこに隠れてやがる)


 討つべき敵の姿、擬態者マグサの姿を探す。

 この大崩壊を自ら引き起こしておきながら、巻き込まれて自滅したという予想は限りなく(ゼロ)に近い。邪悪な精素の気配は肌でひりひりと感じ取っている。怖気が強い方へ、全感覚を研ぎ澄ましながら瓦礫を蹴散らしながら前進していく。

 微かだが、啜り泣く女の声が聞こえる。


「たす、けて」


 声の主を探る。見つけた。

 平べったい瓦礫の塊。その隙間。黒い短髪で見ず知らずの女性が、右腕と頭だけを地上に露出させた姿で血塗れになったまま泣いている。


「おい、大丈夫か」


 ゴクロウは考える間もなく駆け寄る。上敷きになっている巨大な建材の塊は目測でも十数(トン)はあるだろう。人力などでは到底持ち上げられない。

 奇跡的に噛み合っている別の瓦礫群のおかげでこの女性は潰れずに済んでいる。その均衡は長くは続かない。


「足の感覚が、なくて。私、どうなって」

「大丈夫だ。さ、掴めるか」


 ゴクロウは異形の右腕を差し出した。人外の奇腕を、彼女は細腕を必死に伸ばして臆することなく掴んだ。


「あ、ありが」

「くだらない芝居は止せ、マグサ」


 生物にのみ触れられる鋭利な指先が、擬態者の腕に抉り込み、鮮血が噴いた。


「い、ぎゃああああ」


 あらん限りに絶叫する女。悶えるその姿に、どす暗い影が無数と生える。

 朧げなそれらは、六叉の尾に視えた。

 死の淵から復帰した今のゴクロウは一時的ながらも覚醒状態。精素が色付けた超生命世界へ片足を踏み入れている。擬態を見破るなど容易かった。

 白濁した悍しい瞳孔がどろりと剥く。気付けば醜く笑っている。


「それがお前の本当の姿か」


 獣、悪魔、非生命的な合成獣(キメラ)の尾どもが拡散、膨張。

 ゾッと背筋に寒気が走った。

 背筋に吐息。


「元気そうですね」


 その声は、背後から。


(ハメられたッ)


 ゴクロウは反射的に反転、斬撃。

 だが長刀は空を断っただけで風斬音だけが唸った。本能が危険を察知し、地を蹴って離脱、直後、今まで居た地点が爆散。

 散弾じみた瓦礫を長刀で蹴散らす。

 濛々と舞う粉塵。

 視界が微かに晴れた頃には、幾つもの長い尾が大地から引き抜かれていくのが映った。

 邪悪な影が二つ、次第と鮮明な像を結ぶ。


「まさか心折れずに生き残るとは。時間が掛かりそうですね」


 アサメの声だ。だが彼女ではない。

 影の一つ、アサメを模したマグサが発している。

 もう一つは、やはり悪魔的な造形の獣だった。

 いや、獣ですらない。毛むくじゃらの肉塊、(うごめ)く赤黒いヘドロ。

 大人の腰ほどまで肥大したぶよぶよの物体は腕とも脚とも尾ともつかない無数の肢体が生え、不規則な動作で緩慢と揺れていた。


「趣味の悪い愛玩動物(ペット)だな。どこぞの肥溜めから盗んできたんだ」


 ゴクロウの挑発に、だがマグサはくつくつと笑うだけ。

 アサメの姿をした奴は、ドロドロの肉塊に片腕をめり込ませた。


「酷いことを言う。これは私ですよ」


 怪訝(けげん)そうに眉を(ひそ)めるゴクロウ。邪悪な圧を放つ敵へ迂闊(うかつ)に踏み込めず、睨むことしかできない。


「なるほど、壊し甲斐がありますね」


 不穏な呟き。


「この半身の姿、今の貴方には効きそうにない。稀ですがたまに居るんですよ。目先の嘘に囚われず、己の虚像を信じ、真偽を完璧に見定めるほどの非人間的な思考を持つ、人間離れをした人間が」


 瞬間、緩やかだった肉塊が活力を取り戻した。

 磁石が引き合うような瞬間的な速度でヘドロが伸び、アサメの、マグサの腕を引き摺り込む。


「だからまずは先に」


 マグサはマグサで肉塊の捕食を受け入れる。全身にヘドロが回る。めき、ゴキ、と不快な音が響く。

 それはアサメが不気味な化け物に食われているかのようで、ゴクロウは思わずしかめっ面になりながらも長刀を構え直した。

 ぶよぶよだった肉の流動体が、化け人の形を成す。鮮やかに安定していく。

 来る。成る。真の姿に。


「お前の身体、絶命する寸前まで」


 複雑に枝分かれした鹿の角。目尻に四つ目の刺青(いれずみ)が施された鬼女の相貌。

 巨大な(からす)の翼を生やした女の裸体。虎、骨、蛇、銅線、茨、猿に似た六つの長い尾。

 蛸の吸盤がびっしりと並んだ真珠色の脚。


「丁寧に壊してあげるわ」


 これが擬態者マグサ、真の姿。

 人が敵対し、死なずに事が済む相手ではないことなど明らかなほど暴力的な容姿。酷薄な笑みの奥から溢れ出る残酷な気配。

 これを殺せというのか。不可能だ。一方的な蹂躙(じゅうりん)でしかない。隔絶し難い絶望の壁が聳え立っている。

 それでもゴクロウは臆さない。退かない。


(俺を殺す気は、無いらしい)


 血を(たぎ)らせ、生き延びる為に思考回路を加速させる。


(殺す気ならいつでも背中を刺す機会はいつでもあった。目的は不明だが、今すぐに身体が言う事を聞かなくなるってことはないはず。単独での撃破は幻だ。ならば、勝利条件は絞られる)


 決着は一瞬だ。猶予は二分間も残されていないだろう。


(これから俺が成すべきことは、嬲り殺されるのを装いつつ、辿るべき血路を導き出すこと)


 長刀を握る手が汗ばむ。

 今まさに命を賭けようとしている。


(アサメと合流して、真身化(シンカ)。それで形成逆転だ)


 ゴクロウは一歩、前へと躙り寄った。

 

次回 血路の先の魔人達 45


更新予定日 1月29日(金)

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