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血路の先の魔人達 41

 ゴクロウとアサメがバスバとの接敵を果たす、ほんの数分前。

 煤湯(すすゆ)六方郭(りくほうかく)、東門。

 高層建造物がひしめく中心街は爆炎の奔流に薙ぎ倒され、壊滅的な惨状をぶちまけていた。


「仕留め、損ね、たッ」


 石灰色の雲を纏った人影が膝をつく。

 爆炎を喚ぶ緋い翅を携えた瀕死のそれは、人ならざる存在。街を瓦礫の山へと一変させた真身化(シンカ)者。


『ナガサ、これ以上、真身化を維持するわけにはいかん。人に戻れなく』

「わかって、るッ」


 ぜえぜえと荒い息を吐くたびに全身の傷口から火焔が漏れ出し、滴る血は瓦礫の野へ落ちる前に蒸発。折れ曲がって焼失した右腕はまるで使い物にならず、腹部を貫く黒色の六角棒を掴めない。

 真身化(シンカ)者の生む火焔をもってしても焼き尽くせないこの棒切れは、一体何だというのか。小刻みに震える左手で、使い込まれた護人杖(ごじんじょう)の柄を握る。

 正気ではない。だが抜かねば動けぬというもの。

 激痛の覚悟を黒曜の瞳に宿す。渾身の力を手に込めた。


「ぐ、うがあああああああああッ」


 唾液混じりの咆哮を張り上げながら、一気に杖を引き抜き、投げ捨てた。

 噴出する大量の血飛沫。倒れ伏す鉄火蝶の化身。

 ぼっかりと空いた赤い孔から血溜まりが広がっていく。だがそれも次第に収まり、少しずつ少しずつ貫通痕が塞がっていく。

 真身化(シンカ)者が有する超再生能力だが、その勢いはあまりにも弱々しかった。もちうる生命力を限界まで前借りした証であった。


(バスバと、マグサ。今頃もう立て直しているはず。真身化(シンカ)者並みの、あの再生能力で)


 対峙した二人の悪魔が網膜の奥深くに鮮明と張り付いている。

 異常な戦闘能力だった。

 仮にも死闘宗の上僧であるナガサとスカヤがまるで手も足も出ず、真身化(シンカ)という切り札を躊躇なく出す程度には高まっていた。


(奴らはもう、客人どころか、人ですら、生物ですらない。死骸人。動く肉人形なんて粗末な存在よりも上。死を超えた、何か)


 瞬間、二名で一つの肉体は緋色の炎に包まれた。

 主身と半身へ分離。

 炎の帳が晴れる。右腕のみを失ったナガサと、力無く横たわる巨狗スカヤの姿がそこにあった。

 真身化(シンカ)後特有の脱気感以上に、身体が声にならない悲鳴を上げている。致命傷は癒えたが、まるで血が足りない。

 それでも動かなければ。

 どこに死骸人が彷徨っているかも解らないこの瓦礫場から脱しなければ。

 だが虚しいことに思考は脳裏の暗闇へと落ちていく。自力でこの絶体絶命を乗り越える策など閃くはずもなく、直近に出会った者の面影ばかりが浮かんでは消えた。


(本気だ。六仁協定の魔人達を本気で殺す気だ)


 ゴクロウ。アサメ。


「逃げて。あんた達じゃ、ただ、強いだけじゃ、奴等は殺せ、ない。ぜったいに」


 気絶する寸前に絞り出したナガサの残喘と願いは、誰の耳にも届くはずがなかった。


 そう。

 アサメ対バスバの戦闘領域から離脱せんと走るゴクロウに届くはずがない。


(やけに静かだ。嫌な予感がする)


 左手には長刀マルドバを。

 そして刀身に宿る魔性によって手に入れた右の異腕で抱き支えるは、右腕以外の義肢を失った方のナガサ。

 荒廃し、障害物だらけの瓦礫原を滑り跳ぶようにして走り抜け、身を隠せそうな裏路地へと飛び込んだ。

 ぱらぱらと塵が降る、今にも瓦解しそうな建物の隙間に潜み、周囲を警戒しつつも慎重にナガサを降ろす。

 長居する気はない。ナガサを抱え直すだけだ。

 ゴクロウはそこら辺に無数と散らばるがらくたの山へ視線を走らせる。見つけた。縄のような物を引っ張り出そうと右腕を伸ばし、だが握る黒い手は縄を擦り抜けた。


(そうだった。無機物は掴めねえんだったか)


 まさに影の如し。止むなしと長刀の鋒を引っ掛け、器用に引っ張り出す。


『オイ、オレを粗末に扱うんじゃねえぞボケ』


 マルドバの刀身が苛立ち気味に震える。


「何とかと(ハサミ)は使い用ってな」


 適当な返事で応じる。どうせまた攻撃的な悪態で返ってくるだろうと縄を巻き取るゴクロウだったが。


『軽口叩けンのも今の内だ。とっととコロされちまいな』


 思いの外に静かな口調。

 マルドバらしくない。違和感を感じたゴクロウは眉を顰めつつも手は常に動いていた。


「ナガサ。何が起こったか、喋れるか」


 ゴクロウは長刀を傍に立て掛けると、半死半生のまま横たわるナガサに語りかけながら縄を括り付ける。背負って移動するためだった。

 ナガサから小さな呻き声が絞り出され、(まぶた)が震える。


「あんたらと離れてから、途端に死骸人があちこちから湧いて出て。しばらくしてからあいつらと出会(でくわ)した。強過ぎる。こっちは真身化(シンカ)までして、この様だよ」


 ふむ、とゴクロウは頷きながらも眼光を光らせるようにして瀕死のナガサを見つめる。


「バスバとマグサの特徴は。何でもいい。覚えている限りで教えてくれ」


 衣服と縄が擦れ合う微かな音。

 そして異常な手数の剣戟音が遠巻きから破滅的に響く。アサメとバスバの殺し合いだろう。


「マグサの方は、姿形を変えるのと」

「それは知っている。他は」


 アサメは善戦しているのだろうか。

 少なくともバスバは、剣鬼アサメと斬り結び合えるほどの実力者とみて間違いない。凄絶な剣戟による旋律がそれを証明している。


「私達じゃ、どうしようもない」


 ぼそりとナガサが呟いた。瞳は閉ざしたまま、喉を震わせる。聴き出せた言葉は既存の情報だけ。


「強過ぎる。私達じゃ、絶対に殺せない。解ったのは、それだけだよ」


 哀絶と悲痛の入り混じった声音。

 それは誰がどう聞いても、絶望に打ちひしがれた者の声だろう。

 ゴクロウは黙したまま、深く息を吐いた。


「そんな程度か。お前の信念は。所詮はちっぽけな正義感に俺達は振り回されたって訳だな」


 ゴクロウは縄を括る手を止め、警兵隊の制服の懐に左手を突っ込んで弄る。

 そして取り出したのは、緋色の硬貨(デスコイン)

 他の誰でもない。狗と蝶の刻印が施された代物は、彼女の象徴。


「こいつはお前の生んだ呪いの証だ。己の死を賭してでも殺すと決めた仇は殺す。違うとは言わせねえぞ。それとも俺になすりつけて、ただのか弱い女に成り下がったってか。付き合ってらんねえな」


 ゴクロウは立ち去ろうとその場で立ち上がった。

 ぎり、とナガサが歯を食い縛る。


「そんな、わけ、ないでしょ。有り得ない。ただ、今はその時じゃないって言いたいだけ」

「だったら今一度、俺に証明してみせろ」


 口惜しいと言わんばかりにナガサは壊れた右腕をきりきりと動かし、ぼろぼろに吹き飛んだ黒衣の懐を弄った。

 もどかしい。時間が無いというのに、だがゴクロウは黙ってナガサを見下す様に眺めていた。

 沈黙が痛い。気付けば遠くからの剣戟は止んでいる。

 決着か。


「もう一度、誓う。今ここであんたに見捨てられちゃ、何も叶わない」


 ナガサの取り出した緋色の硬貨は、傷一つない彼女の硬貨。

 狗と蝶が刻まれた、正真正銘、ナガサの代物。


「相変わらず手グセの悪い野郎だ」


 瞬間、ゴクロウは長刀を一閃。


「チッ」


 ガギン、と鋼の快音が鳴る。

 が、敵も予想済み。

 ナガサらしき者は失った肢体を物ともせず、後方へ跳び退いた。壊れていた筈の義手は問題ないらしい。飛び出した鉄筋を把持して猿の様にぶら下がっていた。


「まあ、バレるよね。失敗失敗」


 ナガサの声だけがする。だが不気味に嘲る様はまるで別人だ。

 メキメキとナガサだった者の骨格が捻れ折れ、手脚が伸びていく。

 生命に対する冒涜的な現象を前に、背筋に寒気が走る。

 間違いない。

 擬態者、半身マグサだ。


『ケッ、つまらねえサル芝居だ。ゴミクソより不快な気配放ちやがって』


 マルドバが吐き捨てる様に手元で呟いた。


「ありがとよマルドバ。正直、あいつの正体は半信半疑だった」

『ウルせえ。あの気色悪い野郎にオレが手渡るくらいなら、お前の方が五千倍マシだと思っただけだ』


 マルドバは気付いていたのだ。

 人ならざる生命の波長に、いち早く察知していた。


「この調子で頼むぜ、相棒」

『だからウルせえってのッ』


 長刀を構えたゴクロウは、まだ変態を終えていないマグサ目掛け、地を蹴った。


次回 血路の先の魔人達 42


更新予定日 1月8日(金)

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