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血路の先の魔人達 40

(落ち着け)


 アサメは血で濡れた唇を拭い、鉄臭い呼吸を繰り返す。口内を派手に切っただけだ。震える肉体。内臓はまだぎりぎり形状を保っていると必死に言い聞かせる。

 血がべっとりとついた手は、返り血の異質な黒血が伸び混じっていた。

 微風に身を任せて(たたず)む幽鬼を睨む。

 無面翁バスバ。そう名乗った。間違いない。(たお)すべき仇の一人。


(今の一撃ではっきりした。この男、とっくに人間の限界を超えている。泥暮らしの黒い血で、醜く満たされている)


 頭を振って煮えくり返りそうな脳裏を冷ます。

 アサメを十数(メートル)と吹き飛ばした一蹴りはそれほどの激痛を(もたら)していた。半身の身体構造でなかったのなら、と思うとぞっとする。内臓は勿論、背骨にまで衝撃が達し粉砕。二度と立ちあがれないだろう。


「何何を考えているか当ててやろうか、小娘。この黒い血、知っているものとは少し違うと」


 不敵な声が響く。無視を決め込むアサメ。

 バスバから先手を仕掛ける様子は見受けられない。数度の呼吸を経たアサメは速攻を打つ程度までには回復している。

 ならばやることは変わらない。


(殺るなら今)


 消失。

 遅れて吹く突風。

 音をも置き去りにするアサメの瞬足は。


「おおッ」


 鼓膜が割れんばかりの鋭い剣戟音に阻まれた。

 アサメの目前ではがちがちと震える鉤爪刃(カランビットナイフ)。黒布の人面。浮かぶ眼光は爛々(らんらん)と螺旋を描いているかのようで実に寒々しい。

 地獄の底から見上げる、幽鬼ノ眼。


「泥暮らしのくサった血はな。マ、あれはいわば混合物ヨ。穢土様の御力、そのほんの一握りを更にウすめた神薬というべきか」


 聞く耳などもってはならないというのに。

 眼から光を失ったアサメは怒り任せの膂力で弾き飛ばす。

 瞬間、出鱈目な攻防劇が幕を開けた。

 初手アサメ、二連の追撃。

 だがそれも見切られ、弾かざるを得ない。

 防御と斬撃を兼ね備えた鉤爪刃(カランビットナイフ)の変則斬撃。

 掌の延長に付いたかのようなこの刃、双刃の上に鋭い返しまで付いている。自然界にはない禍々しい造形を有する刃は攻撃特化というよりかは防御寄り。

 手数の豊富さと汎用性により、最適動作で敵を効率的に抹殺するための暗器といえる。


(この手捌き、熟練なんてものじゃない。定石を知り尽くしている。領域他のの連中と段違い)


 不用意に深く踏み込めば手捌きでこちらの武装を強制解除(ディサーム)される。浅ければそもそも届かない。こちらは弾き返すことでしか次の一手へと繋げられない。

 散る火花は数え切れず、遅巻きに鳴る鋼同士の喰らい合いは音速の壁をも破って時折鈍い重低音が剣戟に混じる。

 一秒と経たずに入れ替わり立ち替わる両者の足捌きは、残像のみが揺らめいていた。


(この速度(スピード)感、あの時と似ている。爬虫類女(リプレラ)と斬り合った時と)


 息注ぐヒマなく繰り返される攻防の中、だがアサメは思考の余地を挟み込む程度には強者であった。

 転瞬。

 今まで機を見計らっていた刃尾が、バスバの脚を裂く。易々と肉を裂いて骨を断つ。

 均衡を破って膝を付くバスバ。

 追い討ちを敵の首へと叩き込むアサメ。

 頭さえ刎ね跳べば、再生は追いつくまい。


「ふは」


 バスバ急動。

 千切れかけた脚の筋繊維が、手を取り合うように引き合っていた。急速再生。

 斬首狙いだったアサメの一撃は止まらない止められない。聞きたくもない快音。繰り出す歪な流れに乗って遠くへ弾き飛ばされた。

 吹き飛ばされた金喰梓が弧を描いて彼方へ。


「ッ」


 吹き飛ばしに成功した鉤爪刃(カランビットナイフ)がアサメの喉元へ吸い込まれる。


「後の型」


 そこまでが偽装。


「ぬ」


 揺らがぬアサメの鋼の瞳。空いた手でバスバの手首を掴んだ。


「動け、んッ」


 バスバが(ひざまず)く。いや、跪かされた。

 そのまま凍りついたかのように動けない。ただアサメがバスバの手首を握り込んでいるだけだ。人の形を保っている以上、骨格の構造は人間以外の何者でもないという読みが当たった。

 (やわら)の妙技が、効いている。


「零格闘儀、逆人柱(さかさじんちゅう)。そして」


 掌に点在する経絡の一つを指先で刺すように握る。


「待て、止ま、ぐッ」


 バスバが苦悶の悲鳴を上げた。

 全身を駆け巡る雷撃に似た激痛は、序章に過ぎない。

 アサメ右拳が閃く。


地蔵裂(じぞうざき)


 瞬く間にバスバの眉間、人中、喉を突く。

 割れた口腔や目元から噴出する黒血。壊れた人体の為すがままに天を仰ぐバスバは白眼を剥いていた。

 アサメは拘束する手を離し、もう一振り、泥底乃銀次を抜刀、一閃。

 迸る血飛沫。

 今度こそ、バスバの首を跳ね飛ばした。

 首を失った恵体がどさりと地に伏す。遅れて鈍く響く生首の落下音。

 毛むくじゃらの身体は、完膚なきまでにとどめを刺され、立ちあがれない。


「は」


 バスバに狗の毛など、生えて。

 耳元に生温かい吐息。


「すでにこちらの手中よ。その物騒な刃を離せい」


 がらん、と。

 アサメの掌から、刀が溢れ落ちた。

 激怒に揺れていたと思われた鋼の瞳は、最初から生者らしい光を失っていたのだから。

 初っ端の鍔迫り合い。


「心と身体の堅牢を結び合わせてこそ真の強者よ。愛憎にも愛なくばただの暴力に過ぎん。くく」


 アサメが真っ向勝負を挑んだ時点から、既に勝敗は定まっていた。

 面紗(ヴェール)の向こうでバスバは笑う。

 添えたままのアサメの肩を軽く揺らし、逆に跪かせる立場となった。

 容易く崩れ落ちる矮躯。

 まるで操り人形。奏者はバスバ。呪詛の挿入による催眠術の使い手。

 バスバは無惨に転がる巨狗スカヤの死骸、もといアサメが戯れていた身代わりへ顔を向けた。

 それは面紗(ヴェール)の奥に隠された、愛おしさが込められた視線。


「マグサよ」


 独り言にも似た一声に、動かぬはずの死骸がびくりと跳ねる。毛むくじゃらの屍肉はぶるぶると震え、毛先が針金のように束なって立ち。

 無数の脚へと変わり、毛虫の如くその場で蠕動(ぜんどう)し始めた。


「儂の方は終わった。すっかりサマヨウたわ。もう解いてよいぞ、ゴクロウに(くみ)するふりは」



血路の先の魔人達 41


次回更新日


2021年1月1日(金)

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