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血路の先の魔人達 39

 ゴクロウは左の長刀(マルドバ)を振るう。

 鋼を割る快音。

 直感が功を奏する。反射的に突風らしき一撃を払い退けたことに成功。出血を強いる三枚刃の大手裏剣が彼方へ弧を描いて飛んでいくのを視界の端で捉えていた。

 晴れゆく煙の向こうから飛び出す影。速い。瞬きすら追いつかない。


「させない」


 再びの金属音。

 ゴクロウの前に躍り出たアサメが、敵影の猪突猛進を防いだ。

 火花散る。

 がちがちと鍔迫り合うは名刀と、鉤爪に似た短刀。計り知れない膂力(りょりょく)がせめぎ合っている。


「ふむ」


 だが黒衣を纏った大きな幽鬼は。

 その出立ち、紛れもない死闘宗の殺戮手は感慨もなさげに唸った。


「貴様ッ」


 アサメは噛み締める歯牙の隙間から怒気を漏らした。

 半身の人外離れした力を以ってしても、押し切れない。


(まさかコイツも半身かッ)


 右腕以外の肢体を欠損したナガサの身体を横たわらせたゴクロウは、抱いた疑問を掻き消すように長刀を薙ぐ。

 一対一に拘る道理などない。

 が、ただ空が裂けるのみ。

 熊のような恵体を誇る敵は金属音を散らしながら軽々と後方へ跳躍し、回避すると共に距離を取った。

 大男の掌の中で、禍々しい短刀がくるくると踊る。


鉤爪刃(カランビットナイフ)。暗器使い。そこらの殺戮手より遥かに練度が高い。私の追撃も届かなかった)


 金喰梓(かなぐいあずさ)の柄を油断なく握り直したアサメは、一瞬の立ち合いで敵の力量を導き出した。


(強い。この男、今の攻防で勝てないと踏んで逃げた。力の入れ時を測っていた。ある意味、余裕がある。勝ちの心得を把握している)


 今まで殺してきた死闘宗の殺戮手という者は皆、己の実力を全力で振り絞って敵を抹殺せんと挑む命知らずばかりだった。

 だがこの殺戮手は違う。

 鍛え込まれた実力を裏打ちする、闇深い狡猾さを併せ持っている。


(生かす意味はない。ここで殺す。一瞬で)


 それがアサメの抱いた直感だった。


「コイツが例の標的だ。アサメ、すぐには終わらせるなよ」


 難しいことを指示する。

 これは強い信頼だ。ゴクロウも敵の力量を見定めた上で無力化しろとアサメに問うている。

 アサメは真正面の敵を凝視しながら、深く息を吐いた。


(そう容易く半殺しにできるような相手じゃないんですよ)


 復唱しかねる、そう言い返そうとしたところで。


「くく、おかしな半身よ。主身の意に反する態度を露わにするとは」


 面紗(ヴェール)の奥で、殺戮手が笑った。

 それもアサメの思考を先読みする形で。まるで彼我を隔てる格の違いを見せつけるかのような、ゆったりとした口調で。

 口惜しいが、言う通りだ。だが奴が意図する言葉に乗るなど、言語道断。


「ゴクロウ。時間を下さい。二分だけでいい」


 たかが人間でしかない相手に、それほどの時間を要するその意味。難儀だということ。


「任せた」


 短く言い残したゴクロウはナガサを担ぐと、踵を返す。

 瓦礫を蹴散らして去っていく足音だけを聞きながら、アサメは今一度、丹田辺りに力を込めた。

 火焔燻る瓦礫街の中、一対一。

 互いに数歩でも走り込めば瞬くより速く必殺圏内を侵犯し合う。

 怨嗟に似た風が吹き抜ける。

 殺し合いはもう始まっている。


「血生臭い面構えだ。久しく相対しておらんぞ、お前ほどの剣鬼は」


 勝ち目のない舌戦に付き合う気はない。

 アサメは沈黙を貫いたまま(きっさき)を下げ、重心を下に。速攻重視、下段の構え。

 一瞬で終わらせる。


「が、不安そうだな。小娘。儂が怖いか」


 またも言い当てられる。緊張している。


(耳を貸すな。口先に乗るな)


 珍しく身体が強張っている。人外離れの身体能力を得て二度目の戦慄。相対するほど、敵影が濃く巨大になって錯覚し映る。


「死闘宗の坊主にしてはよく喋る、とでも言いたげよ」


 相変わらず鉤爪刃(カランビットナイフ)を器用に手繰る殺戮手。

 刺し込む剣筋がまるで見当たらない。どんなに最速で一撃を叩き込んだとしても、敵の急所へ一歩及ぶ気がしない。


「つまらんと思わんか。剣の音のみで語り合うのは。ただ耳障りなだけだろう」


 一歩、アサメが距離を詰めた。

 対する殺戮手はまだ動かない。続く二歩目は一歩目より速い。アサメは既に剣技の初動に入っていた。

 それでも幽鬼は、底知れない力をひた隠すように不動を保つ。

 アサメは三歩目にして爆速の脚力を解放。

 踏み抜かれた瓦礫は粉々になり、噴流となって神速を物語る。


(一瞬で終わらせるッ)


 速攻と奇襲を兼ね備えた兵眼流(へいがんりゅう)刀儀の一つ。

 地を斬る逆袈裟斬り。

 ふんだんな砂礫(されき)を纏って太刀筋を眩まし、殺戮手を襲い。


「ぬ」


 砂埃が四歩目の足捌きをも隠蔽(ハイド)


「先の型」


 正面を擦り抜けたアサメが、ガラ空きの背中に斬撃を走らせた。


塵喰影鴉(ちぐいかげからす)


 手応え有り。

 防刃に富む死闘宗の黒衣を容易く裂き、腰から肩口までの分厚い筋骨を斜めに斬り上げた。刃は背骨を分断している。これ以上にない致命傷だ。

 が、噴出する血と飛び散る肉片が、どす黒い。


(この血色はッ)


 黒々とした血粒の一つ一つを凝視するアサメの鋼瞳は、驚愕に見開かれていた。

 地を蹴って跳び退く。その判断は正しかった。


「がブあッ」


 視界が暗転(ブラックアウト)。アサメが血を吐きながら、吹き飛んだ。

 破滅的な蹴撃により、痩躯が地の上を何度も跳ねて転げ回る。全身打撲により窒息しかける。

 驚愕に思考を一瞬止めるだろうと予測した殺戮手の背面蹴りが、まともに入った。

 いかに反射神経が常人離れしてようとも、反撃(カウンター)気味に叩き込まれた動作までは避け切るに至らず。


(く、あの、黒い血色は、泥暮らしの)


 ごぼりと血の塊を吐き出す。

 激痛に慣れていないアサメの身体からは冷や汗が止まらない。それでも震えながら、血の糸を引きながら立ち上がった。


(でも、少し、いや、血の性質が違う気が)


 狭窄しかけの眼を血走らせ、アサメは悍しく佇む殺戮手の背を睨み刺す。

 敵の背中に刻まれた紛れもない致命傷。それが眼に見えて癒合していく。


「馬鹿な」


 恐怖と不理解がない混ぜになった声が漏れた。

 それは絶望だ。これでは得手とする剣が、命に届かない。


「やはり裏を取ったな。解っていても、防ぎきれんかったが」


 真なる幽鬼が、ゆっくりと振り向く。

 表情は面紗(ヴェール)の向こうに隠れているというのに、何故だか牙を剥いて凄絶と笑んでいる凶相が視えた。


「相手に不足無し。か弱き剣鬼よ。穢土(えど)様の尖兵が一人、無面翁(むめんおう)バスバがお相手仕ろう」



次回 血路の先の魔人達 40


投稿予定日 12月25日(金)

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