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血路の先の魔人達 37

 噴き上がる灰の粉塵。

 煤湯(すすゆ)の中心街に凄まじい倒壊音が轟く。

 ゴクロウとアサメは激震止まぬ爆心地を目指し、今にも瓦礫が降り注ぎそうな高層建築(ビル)群へと飛び込んでいった。

 人類が築き上げた鉄の谷底を駆け抜ける。立ち止まる民衆はおらず、行手を阻む死骸人もいない。薄暗い路地は寒気がするほどの人気の無さ。このまま走り抜ければきっと、この莫大な正体を理解できるはず。


「近いです。気をつけて」


 銀髪を(なび)かせながら先頭を走るアサメから鋭い警告。

 頷き返すゴクロウの動作は重々しい。向かう先の尋常ならざる圧力をびりびりと感じ取っていた。

 冬の寒気をも炙り焦がす熱量。

 爆炎をものともしない悍ましい何か。

 恐らくは真身化(シンカ)者同士の決闘が行われている。

 否、行われていた。

 あと数秒と経たず、決着がつこうとしている。

 一方の気配は既視感がある。燃え盛っている方だ。もう一方は知らないが、知っている。

 走り近づくたび、小競り合う神威で身体が押し返されそうになる。足取りが重く思えるのも無理はない。


「どう思うアサメ。この熱い方は、きっとナガサ達は、劣勢だ。今の俺達で間を割れると思うか」


 その心を問うゴクロウに、アサメからの返事はすぐに返ってこなかった。

 こちらは既に体力気力共に消耗済み。分が悪いのは百も承知している。状況は限りなく絶望的で、そう容易く好転できる術などない。


「いまさら立ち止まって引き返すとでも。なんとしてでも止めます」


 撤退など有り得ない。


「愚問だったな。充分だ」


 聞きたい言葉は聞けた。

 踏み込む足に力を込め、二人は路地を飛び出した。だがすぐに足を止める。

 言葉を失う。

 吹き荒ぶ灰塵に火の粉が混じり、頬がやけに熱い。

 滅茶苦茶に破壊された街路はもはや瓦礫の丘陵(きゅうりょう)と化していた。

 一本の巨大な破壊痕が長い道を形成。崩壊した構造物の残骸は外側へ無理矢理に圧し壊されて切り立ち、恐ろしい力の奔流によって薙ぎ倒されたのだと気付かされる。こまかな瓦解音が、破壊衝動の直後を否応なく伝えてきた。

 時間がない。

 疑いようの無い決定打は行使された直後だ。ゴクロウとアサメは顔を見合わせることなく、本流の行き着く先へと走った。

 近い。ナガサ達の気配が近くなる。鉄骨を剥き出した建築物(ビル)の一部や大きく地割れした街路を飛び越え、且つ静寂と寄る。

 一撃を下した方はまだ健在のはずだ。悟られてはならない。

 いや。


(連中はもう俺達に気付いているかもな)


 既に闘いは始まっている。

 人類の枠組みから超越した次元に至る真身化(シンカ)者に、単なる主身と半身であるゴクロウとアサメの小細工が通用しないことなど半死を経て理解している。切り札(ジョーカー)には切り札(ジョーカー)でしか対抗できない、と。


(いざとなれば、もう一度だけ真身化(シンカ)すれば。でも、出来るの)


 静粛性を保つ為に二人は声を出さない。


(連続で真身化(シンカ)。出来る出来ないはともかく、俺達の肉体と精神が無事で済むとは思えねえ。真身化は最後の切り札だ。生身で戦う方法を考えろ)


 ただ、心の中で同じような事を考えている。


真身化(シンカ)は長時間維持できるような状態じゃない。敵も消耗しているなら、付け入る隙はあるはず)

(ナガサは呆気なくくたばるような女じゃねえ。今もまだ時間を稼いでいるはずだ。その殺し合いが終わる直前の一瞬をつく。マズくなったら真身化(シンカ)で速攻だ。まだ無事でいてくれよ)

(性悪女に一言浴びせられたまま、死なせるものですか)


 力が入る。

 瓦礫の山へ一歩踏み込んで、アサメはぴたりと動きを止めた。すぐに身を隠す。ただならぬ気配に吐き気すら催す。背後を追うゴクロウもアサメに倣って姿を潜め、息を殺した。

 やけに緊張する。火照る肉体は冬の寒さを忘れ、異常なまでに発汗していた。嫌な汗だ。

 剥き出し、割れた建材から向こうを覗く。

 横殴りの隕石でも墜落したかのような破壊の終端。

 壁の瓦礫を背にし、ぐったりと項垂れる小さな人影らしきものが垣間見えた。

 ぼろぼろに千切れた死闘宗の黒衣。

 覗く白肌は痛々しく焼け爛れていた。

 あるはずの両脚が無い。左腕もだ。いや、元々ないのか。辛うじて右腕が残っているが、あらぬ方向にひしゃげて真っ黒に焦げていた。

 その傍らには煤汚れた巨狗が突っ伏している。こちらはもっとえげつない。右半身のほとんどが吹き飛んで臓腑がすっかり抜け落ち、焼け焦げた体内を外部に晒して湯気を上げていた。

 当然ながらぴくりとも動く気配はない。

 身を呈して主身の命を護ったであろう光景がありありと想像つく。血なのか煤なのか、真っ黒に染まった毛並みだけがただ虚しく風に弄ばれていた。

 凄まじい殺し合いの果て。


「酷い」


 枯れた声がアサメから聞こえた。その通りだろう。

 最悪だ。


『しぶといアマだ。まだ生きてやがるぜ、あのザマで』


 マルドバが吐き捨てるように呟いた。有り得ない。


「本当か」


 驚愕を押し込むゴクロウに対し、長刀はケッ、と震えて反抗しただけだった。

 この状況でわざわざ嘘を吐くとは思えない。生命を糧とするこの魔刀は微かに伝わってくる魂の波長を敏感に感じ取ったのだろう。

 なぜこれだけの致死傷を受けて、まだ死ねずにいるのか。なぜ死闘の幕が降りない。なぜ地獄の責苦を味わい続けなければならない。

 なぜ敵は、姿を現さない。


「生き餌、とでも」


 生者を狩る罠。

 一つの答えに行き着いたアサメは怒りの音を絞り出した。肩を小刻みに震わせ、激情を抑え込んでいる。

 今にも飛び出していきそうな痩躯に、ゴクロウは掌を乗せた。


「かもな」


 アサメが振り向く。

 鋼の瞳は荒々しい火炎を宿している。

 そしてゴクロウの金眼は喜怒哀楽、そのどれにも属さない澄み切った感情で早贄を眺めていた。


「俺が真実を見抜く。アサメ、俺の背中は任せた」


 落ち着き払った声に、アサメは大きく一呼吸吐いた。


「何が起こっても護ります」


 鋼の瞳を閉ざす。少しばかり怒りの熱が冷めていく。これは役割だ。ゴクロウの護衛に集中する。二度も場を乱す訳にはいかない。集中しろ、とアサメは何度も己に言い聞かせた。


「マルドバ、お前も頼むぜ」

『イヤに決まってんだろうが』


 ゴクロウは知ってるとばかりに小さく笑った。

 瓦礫の山から身を乗り出す。これ以上の沈黙は不要。アサメが後に続いた。


「今回はお前が頼りだ。期待通りに働いてくれよ」

『ヒトの話聞けコラ』


 もう聞こえていない。

 起こりうる無数の事態を脳裏に繰り広げる。ゴクロウもまた、全神経を未来へと駆けて集中。研ぎ澄まされた眼差しに、マルドバも黙りこくるしかなかった。


(来るなら来い。お前達なんだろ、バスバとやら)


 冷たい死の淵へ堕ちようとするナガサらの元へ、二人は歩みを進めた。


次回 血路の先の魔人達 38


更新予定日


12月11日(金)

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