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血路の先の魔人達 34

 そしてゴクロウの言葉通り、長めの五分が経つ。


(なんてもどかしいの)


 アサメは一切何も考えず、という訳にはいかなかった。

 遠巻きから響く混沌の音を聞きながら過ごす時間は焦燥(しょうそう)ばかり(つの)る。

 だが幾ばくかの心の重りは軽くなった気がする、とアサメは静かに瞼を開いた。


「よし」


 それを合図にゴクロウが立ち上がる。その勢いでアサメも引き起こした。

 脚に力が入る。立てる。もう歩けるはずだ。

 だが手は繋いだまま。ゴクロウはなかなか離そうとしない。


「ちょっと」


 手元から目上の金眼へ、抗議の視線を向けるアサメ。

 ゴクロウはにやりと悪戯っぽく笑いながら静かに手放した。


「軽いな。好き嫌いせずもっと食わなきゃ、またすぐに倒れるぞ」

「余計なお世話です」


 ふいとアサメはそっぽを向き、長い銀髪を(なび)かせながら早々に離れる。

 真身化(シンカ)の解除直後に起こる脱気硬直もすっかり抜け落ちた。

 十全にはほど遠いが、充分だ。刀も二振り共に揃っている。


(今すぐにでも戦える。今度は見失わない。絶対に)


 纏う気迫を心の底から高めながら、アサメは長刀から伸びる人影を睨んだ。

 長刀マルドバは灰と火の粉で燻る街並みをずっと睥睨(へいげい)していた。見張りをしていたわけではないのだろう。

 彼は敵だ。悪意の権化だ。だが、やけに心強く思えるのは何故だろうか。


(馬鹿な。有り得ない)


 雑念を払わんとアサメは剣呑な視線を異形の人影に突き立てる。

 敵意を察したマルドバがようやくこちらへと向き直る。

 禍々しい異色虹彩と鋼の瞳。

 両者、一通り睨み合う。


『ンだよ。文句あんのかクソアマ』


 口火を切って刀身を共鳴させたのはマルドバ。

 ふん、とアサメは見下すようにし、より視線を鋭く尖らせた。


「ゴクロウ」


 あくまで前に睨みを利かせたまま背後に声を掛ける。


「ん」

「あの行儀悪い刀身、叩き折ったらどうなると思いますか」


 一言で空気が凍てつかせた。


『ヤんのか。来いよ、タダじゃ済ませねえ』


 衝突し合う殺気が火花を散らす。


「そうだなあ」


 だがゴクロウはのんびりとした口調のまま間に割って入った。左手で顎をさすって少しばかり思考を巡らす。


『お、おい、テメエは来るんじゃねえ。ヒキョウだろうが』


 マルドバの静止などゴクロウが聞くはずもない。やや怖気(おじけ)た刀身の共鳴。充分すぎる理由を物語っていた。

 面白い反応を前に、にやりと笑うゴクロウ。わらわらと指をくねらせてみせる。


「何もしないっての。みろ、この滑らかな動きを」

『その気色ワリィ手を伸ばすんじゃねえッ』


 叫ぶ刀身の影は逃げようとする。

 だからといって突き立った刀身がひとりでと抜けることはない。

 がしりとゴクロウが長刀の柄を握り込んだ瞬間。

 あっ、と声を上げたのはアサメだった。


『やっぱりヤリやがったなこんのクソヤロオッ』


 悪態を叫ぶマルドバの異影。

 その黒色が渦を巻いてゴクロウの左腕へと吸い込まれていく。それと同時にして欠けた右腕の先に漆黒の靄が集約、放出。みるみると異形の右腕が形成されていく。

 刺々しい造形は凶悪で、闇そのものを煮詰めた色合いが余計に威圧感を放っていた。

 ゴクロウは満足げに右手を開閉。指先までどす黒く鋭利な先端をしげしげと眺める。


「たぶん、ただ折れただけなら相変わらず喋りまくるんじゃねえの。どこかにある核心を壊さない限り。なあマルドバ」

『なあ、じゃねえんだよ馴れ馴れしくすんなボケッ』


 魔剣を震わす勢いだけは一丁前だ。

 マルドバは口撃することでしかゴクロウに刃向かえない、という何よりの証拠である。


「それ、腕から先、どうなってるんですか」


 アサメは異形の右腕を指差した。恐る恐る、といった様子である。


「こいつ、長刀のくせに人の影だろ。しかもモノまで掴めるときた。といっても、人間か生物限定だろうがな」

『ッ』


 僅かだが動揺するマルドバ。

 にやりと不敵に笑いかけるゴクロウ。数度の対峙を経てゴクロウが得た魔剣マルドバの特徴である。


「無機物まで掴めるなら、自由に動き回れるはずなんだ。それこそ人影を実体化させて自分を持って移動すりゃいい。でもしない。出来りゃ世話ねえのさ。どうだマルドバ、当たらずとも遠からずってところだろ」

『ケ、カッテに妄想してろ』


 マルドバは解りやすく、無い(へそ)を曲げた。

 だが相変わらずアサメは首を捻る。

「だからその腕、どう説明がつくんです」

「こいつを俺の右腕にしたい。心の底からそう思っただけだ」


 ゴクロウはあっけらかんと答えた。

 本人自身も詳しくは知らないのだろう。理解していれば事細かに説明するだけの弁を持っている。

 よって当然、アサメはわからないと反対側に首を傾げていた。理解の及ばない世界に対する思考を止めようと放棄しかけたとき。


『コイツと繋がっちまったんだよ。飲みきれネエほどの血を介してな』


 ゴクロウの手元。

 マルドバが吐き捨てるように刀身を震わせた。

 ふむ、とゴクロウが唸る。


「繋がりか。血を飲み交わした記憶はねえが、浴びまくったからな。たしかに強い絆みたいのは感じる」


 だから不愉快ナンだよ、とマルドバはぶつぶつ呟いてから言葉を続ける。


『血ってのは水より濃いンだよ。ドロッドロに濃厚な精素が溶け込んでっからな、タマシイまでテキメンに効く。飲めば飲むほどイノチの糧になる。生身の目ン玉じゃ見えねえモンにも色付けして浮かび上げちまえる。血ってのはナンデモ効く万能の水なのさ』


 万能の水、血の落とし子、マルドバはそう語った。

 血か、と呟いたゴクロウはつい先程繰り広げた命の駆け引きを思い返す。

 それだけではない。

 今まで踏破してきたあらゆる困難が脳裏に次々と過ぎる。ゴクロウはいつでも己の血を燃やし、文字通り生命を賭して闘ってきた。いつでも夥しい血に塗れていた。主身と半身の血を交えて生命の超越を成す真身化にしてもそうだろう。

 奇しくも選んできた無謀にも思える行為は、この世界においては絶対絶命を覆す諸刃(もろは)切り札(ジョーカー)だったのである。


「言ってしまえば精素の扱い、俺の意志の力がお前をより上回った。負けていれば今頃マルドバの餌食になっていた。血で造られた縄で綱引きするみてえにな。そういうことだろ」

『ハイそうっすね、なんて素直に認める気はさらさらネエよ』


 少しばかり見慣れてしまった二人の応酬に、アサメも遅ればせながら()に落ちつつあった。

 血。それがあらゆる不可解を解き明かす鍵になるのなら。


(私の中の闇を切り離して制御できる、はず)


 アサメは真っ直ぐと長刀を睨んだ。


「マルドバ」

『気軽に呼び捨てんじゃねえよクソアマ』

「お前の母はどうやってお前を宿し、産み出したんですか」


 何気ないアサメの一言に一瞬、マルドバはギョッとしたように震えた。


『ど、どうやって、そりゃオメエ。アレがコウして』


 随分と歯切れが悪い。

 アサメは怪訝(けげん)そうに首を傾げ。

 ゴクロウは成る程、と今日一番の憎たらしい笑みを浮かべた。


「これはこれは可愛い弱点を見つけちまった。野郎は殺せても女はコロせないってか、マルドバくん」

『ンだとテメエ、ンナわけネエだろおおがッ』


 変な音程で上擦(うわず)るマルドバと嫌らしい顔で苛めるゴクロウに、アサメもようやく合点がついた。やれやれ、と深く溜息を吐く。


「そんな下世話な事を聞いたんじゃありません。自我を持ったもう一人の自己を、どうやって別の器に移し替えたのか聞いたんですが」


 アサメといえば冷静そのもの、というよりはかなり冷めていた。見た目は年若い彼女だが、いちいち赤面して慌てふためくような精神年齢ではない。


『だったらそう言え、マギらわしいンだよッ』


 人間でいう思春期真っ盛りのマルドバは甲高く響かせるのであった。


次回「血路の先の魔人達 35」


更新予定日


11月20日(金)

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