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血路の先の魔人達 32

 爆炎の(とばり)

 渦巻く紅蓮の竜巻、その中心に鬼神は居た。

 たった数秒前までは馬車などが駐車する立体駐車場が建っていた土地だが、今や中心を屋上から地盤まで貫かれ、焼け焦げた廃墟と化していた。

 建材が融けて紅い飴細工となり、ドロドロと滴り落ちるほどの熱量。骸の集合体であった殺戮手らは灰塵すら灼き尽くして無に帰っていた。

 だが術者たる鬼神のその身は決して熱に溺れたりはしない。


『跳ぶぞ』

『はい』


 跳躍。

 噴流(ジェット)の如き爆速の跳躍、否、飛翔は蹴った地上を大きく揺るがし、一瞬にして上空へ。

 高い。まだまだ上昇していく。

 地上に並ぶ街並みなど容易く越え、みるみると六方郭(りくほうかく)の大城壁が眼前に迫る。高さおよそ八百(メートル)超。


『このまま飛び越えてやる』


 行ける。この勢いなら。

 鬼神の本体を(つかさど)るゴクロウが確信した直後だった。

 ばぎり、と走る電流。弾かれた。


「な、ぐッ」


 鬼神の肉体をも貫く超高圧の雷撃。蜘蛛の巣状の障壁に否応なく跳ね返された。

 上昇から一転、墜落へ。

 見上げれば幾何学模様の不透明な障壁が残光を残し、薄ぼんやりと浮き上がっていた。結界か、魔法陣か。精素を運用した何らかの術式に阻まれたのは間違いない。厳重だ。物理的な障害に加え、目視不可能な上空にさえ守りを張っているとは。外部からの侵入を徹底的に拒んでいる。


『制空権もばっちり確保ってわけか』


 痺れは既に回復している。

 地上へと落下していく鬼神はその長大な刃尾をくねらせて回転、姿勢を保つ。着地点を目視。


「なんだ、あれは」


 地上が遠い。透けている。

 それもそのはず、目下には巨人に抉られたような深い堀が六方郭(りくほうかく)の城壁を隙間なく取り囲んでいた。目算で一千(メートル)は超えている。異常な規模。だがそれよりもおかしなのは水質だった。

 これは空堀ではない。水堀である。

 生半可な水量では到底満たせないほど莫大な水で満たされているのだが、本来であれば砂や沈殿物、微生物やそれらが排出する微細な物質により透明度が低下するのが自然の理である。

 だがどうだ。下方に映る空の青は。

 噴き上げる風圧。間違いなく地上へ落ちているにも関わらず、空へと飛び上がっていく感覚。このまま得体の知れない鏡の水堀に飛び込むわけにはいかないと直感が働く。

 足元に小規模な空気の層を生成。

 虚空が爆ぜる勢いで蹴り込んで方向転換し、宙をまっすぐ横切っていく。ばたばたとはためく白銀の長髪。着地点を目視。堀の外側を隙間なく埋め尽くす城砦、その屋上。

 六方郭(りくほうかく)の城壁とは比べ物にならないが、それでも高さは百(メートル)を優に越えるだろう。探照機(サーチライト)有刺鉄線(ゆうしてっせん)が威圧的に整列するばかりで、敵対者らが顔を出す気配はない。


『妙だ、が』


 接地。

 爪を掻き立て、派手に石床を削り飛ばしながら難着地した。

 長刀を突き立て、殺風景な屋上を見回す。

 静まり返った雰囲気がやけに不気味と思えるのは、遥か眼下、煤湯(すすゆ)の街並みが黒煙と阿鼻叫喚で混沌としている光景のみが伝わってくるからだろう。むしろ一息つくには好都合ともいうべきか。


『解くぞ』


 ゴクロウは黙りこくったままのアサメ、一つの御神体に同居する彼女の精神へと語りかけた。

 返事はない。だが同意の意志は伝わってくる。

 金と鋼の瞳を閉ざす。

 それぞれの肉体へと離脱していく想像を脳裏で深めていく。筋骨隆々の全身は発火し、火焔に覆われた。

 紅蓮は身を焦がすことはなく、二人の形へと分離。纏う炎は瞬時に払われ、ゴクロウとアサメは本来の姿を取り戻した。

 直後、激しい虚脱感と酩酊に近い視野狭窄に襲われる。

 ゴクロウはなんとか踏み止まったが、アサメは眼を閉ざしたまま前のめりに傾いだ。


「おっ、と」


 支えの腕を差し伸べようとして即座に気付く。右肘の先の空虚。異形の黒腕は跡形もなく消え、以前の欠けた右腕を晒していた。

 咄嗟に左腕を出し、アサメの痩躯をなんとか抱き留める。

 軽いが脱力しきっており、重く纏わりつく。ゴクロウはつんのめりそうになりながらも、あまり思うようにはいかない身体に無理矢理と力を巡らせてゆっくりと座り込んだ。

 安らかな息遣いをアサメから感じる。

 彼女が纏う殺戮手の黒衣はボロボロにほつれ、だが覗く赤土の褐色肌に刻まれた傷は癒えていた。顔色が優れているとは思えないが、とりあえず無事とみてよい。


「ちと休憩だ」


 大きく吸い込んだ息を吐く。

 循環する血流が水飴にでもなったのかと疑う程度には鈍く気怠い。

 悪神アサメによる絶技の一端を受けたせいで上半身の黒衣はほぼ全て吹き飛び半裸。寒風が身に染みるわけである。

 新しい傷は綺麗に完治。朱い焼け跡が残る胸の刺し傷、かつて斬られた刀疵といった古傷が残るのみ。活力さえ取り戻せば右腕以外、万全だ。

 ちらりと傍に突き立てた長刀を見つめる。


「おいマルドバ。俺の腕、返せ」


 長い刀身の影からずるりと人影が起き上がる。黒い顔に紅柑子(べにこうじ)(はしばみ)虹彩異色(オッドアイ)が煌めいた。


『ザケんなボケ。誰がテメエの腕だ。オレのカラダだコラ』


 刀身が反響して応じた。

 乱暴な声音だが、斬り裂いてやろうという意志までは伝わってこない。ゴクロウに心を折られ、鋭さを欠いていた。


「まあいいや」


 ゴクロウはあっけらかんとした様子で腕の中のアサメを覗き込んだ。


『良かねェんだよ』


 ずい、と影が詰め寄り、ガンを飛ばす。だがそれだけだ。悪さを働く素振りはない。


「戦闘になったらまた頼んだ」

『ワカッタ、とでも言うかよ。絶技にイヤだね。気色ワリィ』


 素直になれよ、とゴクロウは口にはせず軽く笑っておく。

 これからどう動くか。

 休んでいる場合では無いのは充分承知している。此度の無差別襲撃(テロ)の鍵を握るバスバをいち早く探し出して撃破し、穢土(えど)とその下僕が企てているであろう煤湯(すすゆ)壊滅までの秒読みを少しでも引き伸ばさなければならない。

 その糸口を辿るには、同じく敵を追跡しているナガサと合流する必要がある。バスバに殺されたと死骸人は宣っていたが、そう簡単に死ぬとは思えない。

 きっと近くで生き延びているはずだ。


「う、く」


 腕の中でアサメが身動ぐ。


「おはよう」


次回 血路の先の魔人達 33


更新予定日

11月6日(金)

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