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血路の先の魔人達 31

 今、煤湯(すすゆ)の都は同時多発的な襲撃(テロ)に全域から危急の声を張り上げていた。

 上空から見渡せば、湯煙とはまるで気色の異なる灰の黒煙が幾つも乱立している。

 悲鳴と怒号は無数と絡まってもはや言葉となっておらず、街の陰から続々と現れる顔色の悪い人間がそこら中に溢れ返って逃げ惑う人々を無差別と襲い掛かっていた。

 ひらひらと吹雪(ふぶ)形代(かたしろ)が焦げ臭い空に舞う。未曾有(みぞう)の非常事態であろうとも、ただの紙たちは一つも揺るがない。


「あれまあ。死骸人でいっぱいやね。こりゃ敵も味方も見分けがつかんやないの」


 それは使い手さえも同様だった。

 漆塗りの茶器に入った珈琲(コーヒー)を呑気に啜る音。街の全域が断片的と映し出された、ちぎり紙の間の中央に坐す一人の男。

 年季の入った顔つきだが、身に纏う山吹色の着物はとにかく派手で歳不相応であった。裾から覗く純金の腕飾り(ブレスレット)や白髪の奥に揺れる耳飾り(ピアス)、十指全てに銀製の指輪(シルバーリング)などとにかく主張が激しい。


「はいはい。皆さん、都医院と墓地は湧くんで封鎖しましたよっと。奴さんは色付けするかんね。恐れのおっちゃんとこの子らと協力して上手く立ち回って頂戴。それとチビんとこの僧兵には手え出さんといて。専門の子達出すみたいだから。それと東部方面はロナしゃん達が気張ってはるから気ぃつけて。なんだったら別のとこに人員を割いてもかまへん」


 万華鏡の如く目紛しく変転する映像の群れを、頬杖をつきながら全て余さず眺めている。呑気だが矢継ぎ早な指示。その空寒い余裕はまるで人を駒を見立てて遊んでいるかの様だった。


「おい、チビって聞こえたが俺の気のせいか」

「わしも出る。人手が足りないところ、どこだ」

「クハハ、面白え玩具ばっかだ。ただの死骸人じゃないねえ。ガワがある意味で新鮮過ぎら」


 ちぎり絵の間の外から好き勝手な野次が飛ぶ。


「ああもう静かにしといてや。集中しとるから話しかけんといて」


 外野を(たしな)めつつも支援は忘れない。

 死骸人の発生源、都医院を遠隔操作で封鎖。そして煤湯(すすゆ)全域で暴れる全ての死骸人を余さず見つけ出し、頭部に形代を貼り付けていく。

 その多くが都医院の霊安室から抜け出した屍であることを真っ先に突き止めていたからこその手際であるが、この男にしか成し得ない芸当であった。


(十一万はえぐい数やて。まだ増えとるしきりがない。寄生しとる奴さんの精素、見抜いたから探すんは楽やけども)


 楽なわけがない。

 ただ事ではない索敵、及び解析能力を発揮し、ものの三分で敵勢力の数値化及び可視化をあくまで人力ぜやってのけた。


『こちらリュムですどうぞ』


 無機質な女声が男の脳裏に響く。その声質は、煤湯の街に流れる音声(アナウンス)と全く同じであった。


『あいよ』

『部隊の再編成、完了致しました。継戦可能です。指示を』

『戦闘は後回しや。避難が最優先。無策で突っ込んでも敵さん喜ばせるだけや』

『了解。引き続き私が采配します』

『よろしゅう』


 全域で奮闘する警兵隊の動きも見違えるほどに変化。天の声に導かれるがまま、敵勢力の制圧に乗り掛かる。ひとまずは瓦解しかけていた部隊を立て直したというべきか。


(どうせ穢土(えど)んとこの、あいつやろうなあ。ほんま腹立つわ)


 角砂糖を二つほどつまんで珈琲(コーヒー)に投入してかき混ぜ、それでも苦そうに飲み干す。

 一息吐いたその視線はとある火焔の柱に向いていた。

 当然、何が行われていたかなどとうに把握している。


「思っている以上に力あるやないの、君ら」


 中央区より程近い東部方面、一際の灼熱を放つ巨大な火柱を眺めて呟く。

 爆炎の中心に佇む、炎の影。業火の化身。鬼神の真身化(シンカ)体。

 彼にとってあくまで格下に過ぎない、それらの持つ本質。彼等自身でさえもまだ気付いていない、底知れぬ潜在能力。


「やっぱりおもろい子たちや。ちょいと唾つけさせてもらうで。ゴクロウくん、アサメしゃん」


 煤湯の都首ユミハは、最も容易く見抜いていた。

 一通りの指揮を終え、ばらばらと街を映し出す紙片が剥落。床に散らばることはなく、流れに乗って一冊の本に収まった。


「さて」


 ぱたりと本を閉じる。ちぎり絵の間が解けた先。

 薄暮の如き荘厳な大広間は畏怖と威厳に包まれている。

 中央に鎮座する正六角形の大卓。六辺ある内の四辺に、四組六名の最強が居座っていた。

 六仁(りくじん)協定の血判者。

 大小様々な、彼等の人影。

 その一つ一つが、万をも凌ぎ億にも達しうる異常な神威を内包している。

 資格の無き者は決して誰も近寄れない。あまりの圧に卒倒してしまうだろう。資格者であるユミハは呑気にも彼等を指差してわざとらしく数える。


「ロナしゃんはともかく、ノスケくんはまだかいな」

「雨乞いと同義だ」


 ユミハのぼやきに、最も小柄な影が身動いだ。その隣には対照的に背の高い石像。


(ぼん)はまたわからんことを言う。ん」


 最も巨大な人影が小首を捻った。

 大きい。優に七(メートル)はある背丈を、窮屈そうに揺らす。隣の半身も人並み外れた身長だ。五(メートル)はあるだろう。

 この大広間は彼等の大きさに合わせて建造した筈だが、未だ成長を続けている辺りまた造り直さなければなるまい。

 かん、と煙管(キセル)を叩く音が甲高く響く。


「待ってても来るかよ。あの阿保(あほう)は肝心な時に来ねえし、どうでもいい時に顔を出しやがる。空いてる席にケツ縫いつけられりゃ楽なのによ、クカカ」


 (しわがれ)れた女声と紫煙を吐き出す影は卓に脚を上げて無作法に寛いでいる。異形なその影は妙に朧げな輪郭で、ぎりぎり人の形を保っていた。

 やれやれとユミハは椅子に背中を預ける。寧ろ、災害に等しいほど気まぐれな彼等四組が揃っただけでも奇跡と言ってもいいだろう。


「そろそろ来てもらわんと困るんや。でないと共倒れやで、僕ら」



次回 血路の先の魔人達 32


更新予定

10月30日(金)

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