血路の先の魔人達 30
突如の爆轟。
爆心地からは距離があるのか、時間差で余波が伝わり震動。ゴクロウは反射的にアサメを守る様にして姿勢を下げる。大きく揺れる屋上の床に走る亀裂。早急に脱出しなければ、瓦礫の山に埋もれる未来が待っている。
(強力な精素の気配がするな。六仁協定か、それとも)
唖然と、だがそれを表に出さず状況を呑み込む。
突如、一際喧しい警告音。
『決戦領域発生。決戦領域発生。真身化者による神通性の展開を検知。危険です。緊急避難塹壕を解放します。付近の住民は直ちに避難してください。繰り返します。決戦領域発生』
無機質な音声が大音量で響き渡る。
想定していた通りの事態と真身化者の出現に、だが不穏な予感を禁じ得ない。
未だに振動の余韻が残る中、化け蜈蚣はその巨体故に不動と鎌首をもたげていた。
「これはまだ序章ですらありません。止められると思うのならば、せいぜい抗えばよろしい。生にしがみついていたければ、煤湯からの逃走をお勧めしますよ」
「相変わらず商売上手だな。絶対にあんたのツラを拝みたくなってきた」
腕の中から押し返す感触。アサメに力が戻りつつある。
膨れ上がる戦意に呼応する。いい加減、よく喋るこの異形を斬り伏せてやりたい。
「それはわざわざ出向いた甲斐がありました。そろそろ頃合いでしょう」
化け蜈蚣の全身が、ぶるりと長大な胴体を震わせた。
だらりとどこかあらぬ方向を向いていた無数の腕に、力が宿る。計り知れない殺気が六十もの人頭から放たれる。
どうやら今まで本能を抑え込んでいたらしい。
「去る前に一つ。我々の計画に綻びが生じるとすれば、間違いなく貴方達の仕業になるでしょう。バスバは私の忠告を鼻で笑って却下しましたが、少なくとも私はあなたがたの実、力を高く見積もって、い、ル」
邪悪な、死へと誘う殺意が化け蜈蚣を覆う。
怨念だ。行き場を失った殺戮手らの怨念が、無数と蠢く手脚に骨折と筋繊維断裂を強いる。
ぶち、ゴギ、と不快な音を掻き立てて強引に延伸。
触手じみた肢体は異常に細長く、化け蜈蚣というよりかは蚰蜒に近しい。
「ソノ眼に、生者の熱を宿したまま再びワタシと相見えたければ、りくじんきょうていが、一同に会する、前、にバスバを」
「来ます」
ゴクロウとアサメは互いに突き飛ばし合った。
復帰したばかりとは思えない膂力にややつんのめりながらもゴクロウは突き立つ長刀を抜き、アサメは転がる様にして横方向に展開。
「撃破シテミロオオオッ」
爆風。
骸の巨大な集合体が、二人が一瞬前まで居た地点を轢き潰さんと駆け抜けた。横殴りに降る五月雨の刃付きだ。
(段違いに速えッ)
火花が乱れ散る剣戟音。
『重テエなッ』
想定外に高速な爬行。
一歩踏み遅れたゴクロウは大きく弾き飛ばされた。靴底を擦り減らしながら後退。防御は間に合ったものの、長刀が剛刃でなければ得物ごと八つ裂きにされただろう。
「ウオオオヲヲヲヲヲヲッッ」
骸の絶叫が悍しく反響。ばらばらと床材の破片が小刻みに震えて飛び散るほど。
ユクヨニという理性の制御を失い、沸き上がる怨嗟を晴らすがままそこら中を暴れてのたうち回る。無軌道に這いずり、馬車やら落下防止柵、床でさえもを手当たり次第に斬りまくる。
立体駐車場はすでに崩壊の兆しを露わにしていた。あちこちからひび割れる音が鳴り、絶望までの秒読みを開始。
標的は何でも構わないらしい。
それはつまり、何の罪も犯していない無力な民衆を殺戮する恐れがあるということ。
「アサメ、無事かッ」
大敵を横目に、ゴクロウはアサメを視界に捉える。
横転して避けたのか片膝をついたまま、一振りのみを抜刀して構え。
やはり息は荒く、頷き返すだけでも一苦労そうであった。ごくりと喉を鳴らす。
「ここで奴を、仕留めないと。街に放つわけには」
アサメの言う通りだが、厳しいだろう。
多足ならではの急制動、節くれ伸びた鋭い手脚による広範囲の斬撃、凶悪な巨体を活かした突進は馬速をも上回る。
対するゴクロウは疲弊から抜け切れないアサメを庇いつつ立ち回らなければならない。
勝ち筋が、限りなく狭まっている。
「アサメ。やるぞ」
一つの覚悟を言い放ったゴクロウはおもむろと長刀の刃に左の掌をあてがい、すっと滑らせた。当たり前の様に血が浮き溢れ、刀身が血液で赤く染まる。
自傷の意味する事、それは。
『オイ、テメエまたオレを火達磨にする気かよッ』
「なあに、ちょっと我慢しろ。一瞬で終わらせるからよ」
「ああん、オイ、ま、待て待て待て。アレを一瞬でだと。テメエ、ヤバイほうの炎を出す気かッ」
こくりと首肯したアサメも理解し、己の左掌を刀で薄く裂いた。
鬼神を、喚び起こす。
あの憐れな骸らに再生を許さず滅却するには、地獄の炎を以って無念ごと灼き尽くすしかない。
長刀が刀身を震わせて何事か喚いているが、聞こえないとばかりに右の黒腕で強く握り込む。真身化で決着をつけるべく、ゴクロウとアサメは惹かれ合うように歩を詰めた。
(まだ何かウジウジ考えてんな、アサメ)
ゴクロウはアサメを見つめる。
正気を取り戻した鋼の瞳だが、あらゆる負の感情で煮詰まっていた。
鮮血溢れる大きな掌を差し出す。
(ゴクロウ。私のせいで、また貴方を傷つけて、脚も引っ張って、どうしてそんな眼でいられるの)
アサメはゴクロウを見つめる。
一切動じない金色の瞳は、ただ優しく穏やかに受け入れていた。
同じく赤く瑞々しい小さな掌を伸ばす。
あと数歩。
二人の意図に気付いたのか、それとも偶然か、骸の巨大蚰蜒はこちらを向いてすぐさま突撃。見るも悍しい奇怪な俊敏さで挽き潰さんと肉薄する。
「来い」
直前、主身と半身の血が一つに交わった。
閃光、爆炎。
その衝撃により、ついに屋上の床が爆散、壊滅的な崩落を引き起こした。
足場を失った骸の蚰蜒は為す術なく転落。六十名分の骸が寄せ集まった巨軀も重なり、階下の床をも破壊して更に下層へ。
瓦礫と共に中空でもがく骸の怪異が天井を向いた時、それを見た。
紅蓮の繭を突き破った業火の化身を。
階下といわず、立体駐車場を支える地盤をも一気に貫いた灼熱の輝きを。
熱い。だが、温かい。
「地獄で待ってろ。その時にまた相手してやる」
すれ違い様に聞こえた獄卒の王の一声に、六十余名の怨霊は。
「感謝、いたす」
現世での無念を晴らし、巨大な骸の集合体は瞬く間すらもなく灰塵となって燃え尽きた。
次回 血路の先の魔人達 31 更新予定日
10月23日(金)
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