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血路の先の魔人達 29

「おっと」


 即座としゃがんだゴクロウが左腕を広げて弱ったアサメの痩躯を支えた。

 微かに上下する肩。息はある。

 だがしばらく立ち直れないだろう。魔刀の吸血性を用い、かなりの血を補充した。心なしか、銀髪から艶が抜けた様にも思える。


『オイ。コイツの血、オレにも回せ。想像以上にウメえ』


 二刀ともに回収し、鞘に納めながらゴクロウは首を横に振る。

 視線の先は、鎌首をもたげてこちらへと蠕動(ぜんどう)運動して鈍重と迫る化け蜈蚣。


「欲しけりゃ自力で奪ってみろ」


 戦意を(たかぶ)らせたままのゴクロウの言葉は、二者に向けられた。

 一人はマルドバ。

 もう一人は。


「略奪は往々にして抗争に発展するものですよ。私は穏便に済ませたい」


 まさしく化けの皮を纏ったユクヨニが、(あざけ)りをたっぷりと効かせて言い放つ。


「どの口が言う。不当な取引は憎しみを買うぞ、ユクヨニ」


 見上げて睨むゴクロウの口調は、煮えたぎる激怒を制御してもなお極寒に冷え込んでいた。


「本当に不当だとお思いですか。愚かなる夜光族を含めた貴方達が、善人の仮面に隠れた素顔を知ろうとしなかっただけでは。その分、サガドらは私を正しく見抜いていましたよ」


 さすが口が達者である。冷淡で、残忍だ。

 これが嘘偽りのないユクヨニの本性だろう。


「なるほど確かにそうだな。一つ勉強になったよ」


 常人ならば怒り狂うが、ゴクロウは極めて冷徹な思考で感情を消し去っていた。この畜生以上に。


「相変わらず飲み込みが良いですね、ゴクロウ。柔軟な思想、智勇を併せ持ち、武才も申し分ない。穢土(えど)様に仕えれば永遠の命と、歴代の転生者様方と比肩する名声が手に入りますよ」


 永遠の命、転生者。

 興味を惹かれる言葉の数々を提示する闇の売人。


「俺達の生と引き換えに、か」

「ええ。私も、兄弟もそうして生まれ変わった。選ばれた者にのみ許される道です。そして君達は選ばれた側の存在ですよ」

「それこそ鵜呑みにして死ねと言うのか」

「突き詰めた啓蒙(けいもう)の先は死なのですよ。私は嘘偽りが嫌いでね。まともな商売敵からはよく腫れ物扱いをされましたよ。詳細は省きますが正義の顛末(てんまつ)はこうです。彼等は己の無能を喚きながら土に還り、私は死者を指揮するまでに至った。全ては穢土様の御霊の元に。ゴクロウ。君の目の前に立つ事実が、私の言葉の証明だ」


 随分な皮肉を叩く。そして許容するにはあまりにも馬鹿馬鹿しく愚かだろう。

 それでもゴクロウは頷いて同意を示した。


「なるほど。大勢の命を再利用して新たな秩序を創造するってわけか。討ち漏らさずに(ことごと)く滅ぼせば、誰も悲しまない。俺の目の前に立つ気色悪い姿も、見目麗しい概念として扱われる。そんなところか」

「ええ、そんなところです」

「一つだけ興味深いことがある」

「なんでしょう」

「あんたの語る永遠の命とやらは、この世界を創造した主上(オーダー)とやらと同じ代物か」


 化け蜈蚣(ムカデ)は巨大な頭部を僅かに捻った。


「ほう。詳しく聞いても」


 ゴクロウは幾度となく頷いた。聞きたいことが聞けた。

 主上について、何も知らない。上っ面で語るのもここまでだろう。


「奴については俺の口から語るより」


 腕の中で痩躯が柔弱と身動ぐ。

 アサメは気怠そうに瞼をこじ開け、巨大な化け蜈蚣(ムカデ)(おぞま)しい姿へ憎悪に満ちた視線を送る。

 正気にしては剣呑だが、ゴクロウがよく知るいつものアサメだ。震える細腕を伸ばす。

 ゆっくりと中指を立ててみせる。


「ほう。その指、知ってますよ。くたばれ、ですか」


 交渉決裂。

 化け蜈蚣(ムカデ)の鎌首が捻転して持ち上がり、背面に埋め込まれた六十もの眼差しがぎちぎちと剥く。

 弱っていても闘志は満ち満ちている。その強気な合図にゴクロウはたまらずくつくつと笑った。


「語るだけの価値すらないってよ」


 アサメに肩を貸して静かに立ち上がるゴクロウ。

 覚束(おぼつか)ない足取りを上手く支えてやる。重たそうに頭を上げ、鋼の瞳は真っ直ぐと化け蜈蚣(ムカデ)を睨み上げた。


「必ず貴様の本体を探し出して、この手で斬り刻んでやる」


 アサメが吠える。

 柔和な身体は今にも脱気を拭って飛び出しそうな気迫を醸していた。

 対するユクヨニは。


「それは、それは」


 く、くく、と忍ぶ笑いから、次第と死者の哄笑へと発展。

 一頻(ひとしき)り喜びに浸ると、化け蜈蚣(ムカデ)は実に愉快そうに見下した。


「ならば相応の宴を用意しなければ。我々がかつて共にした氷霧(ひきり)の地に、いえ夜見(よみ)様の地底城にて生まれ変わった我が同胞とお待ちしております。いつものように、いえ、いつも以上に歓迎致しますよ」


 きっと嘘偽りはないのだろう。

 あらゆる困難や障壁を打開し、足掻いて足掻いて夜光の禁足域に辿り着いたとしても、想像しうる限りの最悪な光景が待ち受けている。

 もう、取り返しなどつかない。

 その残酷な事実にアサメは。


「嘘売りが。何も買うものか。私はもう、この眼しか信じない」


 抑えられた怒りを発した。

 弱っているからではない。己の意志で(たかぶ)る感情を制御しようとしている。正気を取り戻した彼女の声音から、ゴクロウはそんな気がしていた。


「それもよろしい。貴女様の銀月の如きその眼でお確かめください。私としてはどちらでも構わないのです。お二方が生きていようが、死んでいようが、些末なこと」


 亡者を背負う化け蜈蚣(ムカデ)は含み笑うが、六十もの声を抱えているせいでげたげたと震え、下品で不愉快な騒音が街中に響く。


煤湯(すすゆ)卑俗(ひぞく)な灯火も、保ってあと三日でしょう。不遜と傲慢を積み重ねたあの城壁も、あるべき更地に変わる」


 それこそ傲慢な亡国宣告にゴクロウは眉を潜め、アサメはただただ敵を睨みつける。

 この巨大な都が、あと三日で滅びる。有り得ない。


「俺や、この街に居着く化け物共がただ黙っていると思ってんなら、そいつは皮算用だな」


 ゴクロウは反論せずにはいられなかった。

 怖気のする人頭らの笑いが止む。


「そう思わせるように練られた浄化作戦なのですよ。生きているのか死んでいるのか判らず、ただ漫然と過ごす平和呆けした憐れな民を、我々の手で救う日がついに訪れた」


 化け蜈蚣(ムカデ)はぐるりと長大な身をくねらせ、屋上の上から睥睨(へいげい)した。

 無数と見回す視線の先に、ゴクロウとアサメはようやく気付く。

 臭う。燻されたようなむせ返る風。

 死戦を潜り抜けることに無我夢中で、周辺に起こる異変など気に留める余裕などなかった。

 あちこちから紅蓮混じりの黒煙。

 騒々しい怒号や悲鳴の重なりが、阿鼻叫喚が、遠くから聞こえて来る。

 各地で同時多発的に勃発する騒乱の数は、ざっと目に通しただけでは数え切れない。

 いや、視覚で捉え切れないほどの悲劇が、この都の至る地区で発生しているに違いない。

 爆轟。


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