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血路の先の魔人達 28

 ゴクロウが戯言をぼやく間にもアサメはすぐに地を蹴って方向転換、上空へ。

 六つの刃を回して踊らせながら、ゴクロウを八つ裂きにせんと上方から強襲。


「いい加減にッ」


 長刀を全力で振り上げ、打ち返す。

 火花が降る中、ゴクロウは眼を見開いた。

 剛腕から振るわれた斬り上げの威力を利用し、アサメは再び跳び上がる。

 上方からの回転乱舞、打ち上げ、回転斬撃、打ち上げ。

 大道芸人も青ざめる空中殺法の応酬(ジャグリング)。きりがない。そして無意味だ。


「アハハ、面白い。楽しッ」


 だがアサメは無邪気で邪悪な歓声を張り上げる。

 長々と付き合う余裕はない。

 集中。

 背後の悪神に狙いを定め、(きっさき)を立てる。

 突き上げ、鋭い快音。


「なッ」


 アサメは突きで防御してのけた。

 両者、大きく跳んで距離を取り合う。

 音も無く着地するアサメ。ゆらりと身をくねらせる様に構えを取った。

 鋒同士、点に点をぶつける狂気。

 ほんの数(ミリ)ズレただけで互いを貫き合うというのに、この精度、この余裕。殺し合いすらも遊戯に変えてしまう武才。冗談じゃない。

 ゴクロウは荒い息を落ち着かせる。


「アサメ、遊びは終わりだ。正気を取り戻せ。今この場で俺達が(しのぎ)を削り合う不毛な時を考えてみろッ」


 (あで)やかな笑みは一転、真顔へ。


「ヤだ」


 爆速の踏み込み。


「ッ」


 辛うじて見抜いたその足捌き。知っている。

 音速の太刀筋は構えた長刀をすり抜け。


不立影鴉(ふりゅうかげからす)

「返すッ」


 背中を叩く衝撃、耳を(つんざ)く金属音。

 背面に回した長刀が、兵眼流(へいがんりゅう)の刀儀を防いだ。


「ご、は」


 が。


「もとい、外道兵眼流、先の型。烏合踪爪(うごうそうそう)。ねえ、もう終わりなの」


 外道の魔技は、避けられなかった。

 灼熱の激痛が背中に走る。半裸で剥き出しになったゴクロウの背に四条の爪痕を容易く刻み立てっていた。


(まんまと、誘い出された)


 隔絶した戦闘能力に震えるゴクロウは数歩とたたらを踏み、たまらず片膝をついた。

 冷たくも燃えるような痛みを発する刀傷から、止めどなく血が溢れる。

 傷は浅い。アサメは本能的に致命傷を避けているのだろう。だが魂に届きかねない。


(強い。強過ぎ、る。これがアサメの、本領なのかよ)


 かつては史上最強の人造兵器と謳われた偽王だが、今の世の常にはまるで当てはまらない。半身という上位者にまるで歯が立たず、ただただ床を己の血で濡らすのみ。


『クハハッ、イイぜクソアマ。そのままバッサリ殺ッちまえ。共倒れしちまえッ』


 刀身(マルドバ)が震えて喜ぶ。

 背後からつかつかと寄るアサメの足音。死神の気配がすぐ傍まで寄る。

 まさか正気を失った相方に畏怖するとは、何とも皮肉なことだろうか。いかに屈辱的な事態だろうか。

 そして、なんと虚しい最期だろうか。


「このまま地べた、這いつくばれってか」


 許されない。


『そいつは傑作だゼ。クズにピッタリの末路だ』


 まだ何も、始まっていない。このまま終わらせるには何もかも早い。


「なら俺は、その末路をぶち壊した先に往く」


 心臓が一際、強い鼓動を打った。

 背部の傷痕が恐ろしい速度で盛り上がり、癒合。ボロボロと瘡蓋(かさぶた)が剥落。その跡は朱殷(しゅあん)に煌き、跡形もなく消え去って滑らかな筋肉を取り戻した。

 長刀を床に突き立て、立ち上がる。

 途端、刀身を中心に赤紫色に透き通った血脈が放射状に展開。

 どさりと背後から重く膝をつく音。


「え」


 それは不用意に範囲内へ踏み込んでいたアサメだった。


『オイオイ。もうオレを使い(こな)しやがる』


 失ったはずの血が恐ろしい速さで造られ、補充される。


「力、が、入らな」


 生命力溢れるアサメを介して。

 みるみると活力を失い、顔面蒼白へと陥るアサメの表情。それでも二刀は離さない。

 明らかな衰弱に対し。


「ゴクロウ、お前、私に何を」


 殺気を露わにしたまま上段二刀流を構える悪神が、低い女声を大気に震わせた。


「お前、喋れんのかよ」


 快調を取り戻したゴクロウは長刀を左手で掴んだまま立ち上がって振り返り、弱々しく項垂(うなだ)れて(ひざまず)くアサメと取り憑いたままの悪神を油断なく見下す。

 悪神の斬撃が届き得ない、ギリギリの範囲外だ。

 不要に踏み込めば、陽炎の如く揺らめく朧げな黒い二刀を振るうだろう。


「お前が手にする品の無い鈍者(なまくらやろう)にすら薄汚い口を叩けるのだ。この私に出来ない道理などない」


 あからさまな挑発を受けるマルドバは怒り震える。


『あんだとテメエ』


 だがその先の買い言葉は続かずに黙りこくった。

 ぞくりと身の毛がよだつ。

 虚な瞳に睨まられる。

 間近で対峙して改めて神威の圧を覚える。衰えてもなお、隙あらば斬殺するという執念が魂に迫る。その圧にマルドバは戦慄して言葉を失っていた。


「どうだっていい。どこの誰だか知らねえが、アサメから離れろ」


 ゴクロウは迷わず緊張の沈黙を破った。


「彼女は私だ。そして私は彼女だよ、ゴクロウ」


 高慢な声音。そして人間味がない。


「だったらどうして俺に斬りかかる。打倒したとしても、お前だって死ぬぞ」

「だから恐れよとでも。有り得ぬ」


 無機物らしい、純粋な返答だった。


「私は(つるぎ)そのもの。戦死ならば喜んで受け入れる。生温い生など、私には不要。(つるぎ)を握る相手が誰であろうと(あまね)く斬り伏せる」


 まるで話にならない。まさしく剣鬼の権化と会話しているかの様。

 こうしている間にも、悪神の背後で巨影が蠢いている。

 ユクヨニ操る化け蜈蚣(ムカデ)はすでに全身の修復と臨戦体勢を整え終えようとしていた。


「そうか。だったらよ」


 ゴクロウは異形の右拳を堅く握り、そして緩く開いた。

 おもむろと長刀を手放す。

 悪神の間合いへ。上段の二刀が殺気を纏う。斬撃が来る。


「斬」


 それよりも(はや)く、ゴクロウの右腕が閃いた。

 影によって象られた異形の腕は倍以上に伸びていた。

 それこそ、光に似た速さで。


「俺を斬りたきゃ」


 悪神の顔面を、悪魔の掌で確かに包み込む。

 雷撃めいた挙動に、息を呑んで驚愕する悪神の動揺が伝わってきた。


「俺達の敵を殺し尽くしてからだ」


 掌握。圧壊。

 粉砕した悪神は弾けて四散し、残滓(ざんし)の蒼黒い靄が陽光を受けて細々と煌く。

 悪神、撃破。

 がらんと刀が地に転がる。

 足元のアサメが今度こそ失神。横向きに傾いだ。


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