血路の先の魔人達 27
復活を遂げたゴクロウは正面を睨む。
化け蜈蚣と悪神アサメは、いまだ不毛な殺し合いを続けていた。こちらの様子など気に掛けた様子すらない。かなり大声を張り上げたというのに、蚊帳の外であった。
深呼吸。止血は済んだものの、全身には鈍痛が隈無く残っている。呼吸するたびに臓腑が疼いてギリギリと痛む。全快には程遠い。
これ以上の損傷を受ければ確実に命取りとなる。
だが、動くのならば問題ない。
『タダじゃ済ませねえからな、テメエ』
長刀が振動して不気味な声音を発する。
「だったら俺の戦い方を、他でもねえお前の刀身に刻みつけておけよ」
『どこまでもナメ腐りやがって』
不敵な笑みで返すゴクロウ。
金色の視線の先。長大な体躯を捩って暴れる化け蜈蚣へと向いたまま、ゆっくり前へと踏み出していく。
本来の重心と均衡を取り戻した足取りは、それだけで強者の風格があった。
『オイ。斬るならあのクソ生意気なテメエの女にしろ。色々とウマそうだ』
ふんと鼻で笑うゴクロウ。
アサメに危害を与える選択肢を第一優先にする事は有り得ない。
だが、いずれにしろ背後に取り憑いた悪神は何とかして懲らしめなければならないのも事実。それもかなり暴力的な手段を取る必要があるだろう。
「お前の刃で斬れるのか。あのおっかねえ背後霊は」
『女ごとヤりゃイイだろうが、まあ、テメエにあの速さを見切れるとは思えねえ。ブッ斬りコロされちまえよ』
なるほど、と右の黒拳を堅く握り込む。
戦意に呼応するように黒煙を吐く腕。この異形の拳なら、届くかもしれない。
左手の長刀を反転、風が斬れる。逆手に持ち替えて把持。
「やってみりゃわかるって話か。行くぞ」
『勝手にしやがれ』
歩みは次第と早足に、軽快と跳ね、両腕を大きく振って次第と速く。やはり加速の乗りが断然違う。全速力で疾駆。
暴れる化け蜈蚣へ一直線と接近。
蛇の如く鎌首をもたげ、のたうつ様はやはり巨大で凶悪。そして醜い。人の死骸を織り重ねた造り手の性根も相応に腐っているのが見て取れる。
全長二十米はあるだろう巨体へ、猛然と突っ込む。
人頭が一つ、ゴクロウの方へと身動ぐ。
狙いは側面、折れ曲がる体節の繋ぎ目。
跳躍、捻転。
ゴクロウの体躯が宙を舞い、最中、長刀を振り回しつつも両手でしっかりと把持。
出鱈目に振るう刀付きの腕へ、全力の斬撃を。
「ブッ千切れろッ」
叩き込んだ。
鋼が断ち斬れる快音。
防御に差し出した死骸人の刀は呆気なく折れ、悍しい長躯、剥き出しになった筋骨格の体節を斬り裂く。即座に背後へ大きく跳んで離脱。
「図太い腹だな」
想像以上に胴回りが太く、長刀を以ってしても切断には至らない。
だが、効果はあった。もたげた化け蜈蚣の鎌首が均衡を崩して傾いた。
ズドン、と屋上を揺るがし、転倒。
『やっぱりクソ不味い血だ。ゲロの方がマシだッつの』
マルドバが吐き捨てるように振動。確かに出血量は少なく、飛び散った血は鮮度を失って黒っぽく濁っている。
横たわった胴体に埋め込まれた人頭がぶちぶちと筋繊維を切りながら、こちらを向いた。にたりと笑む。
「おや。お目覚めのようで」
悠長に応じるユクヨニ。やはり効いていない。
「こんな気色悪い化け物が隣で暴れてるとさすがに寝つきが悪くてな。どうすりゃ消えてくれる」
ふむ、と人頭はわざとらしく白濁した眼を巡らせた。
「そうですね。一度死んでくれると話が円滑に進むのですが、いかがですか」
長刀を構え直す。
「だったら気長に語り合おうぜ。喋りながら刻んでやるからよッ」
是非もなし。
再度、肉薄。
殺気。黒い突風が脳裏を擦過。勘任せで長刀を横薙ぎに払った。
火花散る剣戟。
化け蜈蚣の陰から躍り出た、真なる剣鬼。
「壊さないでよ。せっかく遊んでたのに」
血滲む褐色の相貌、狂った鋼の瞳、悪神の威圧。
「アサメッ」
四刀を弾き返せない。
まるで巨岩だ。押し飛ばせない。跳ね返せない。退けば斬られる。単純に力負け。体重差なら圧倒的有利なはずが。
(尻尾を床に刺して固定してんのかッ)
剣気が膨張。
退く以外の道はなく、長刀を振るいながら背後へ跳ぶ。
瞬間、命凍える風斬音。
ゴクロウが直前まで居た位置に無数の斬撃が走り、高質な床材が散弾と化して放たれた。
『クソアマが。イッテエな、刀身に響くッ』
礫の弾幕を破って追撃の一歩を踏み込むアサメ。
速く重い一撃を迎え撃つ。再び甲高い快音が響き渡る。鍔迫り合い。
「ぬ、うおおッ」
だが膠着は一瞬で終わる。
悪神を背負う突進力にゴクロウは耐えられず、靴底を擦り減らしながら激しく圧される。
踏ん張るが止まらない。
(押して駄目なら引くまで)
膝に回転力を掛け、踵を返す。
「目を覚ませッ」
押し迫るアサメごと後方へ受け流し。
吹き飛んでいく痩躯、だがすれ違い様に胸元を掠める刃尾。パッと飛び散る血液。
血飛沫くその奥からゴクロウへと視線を送る鋼の瞳は、捕食者そのもの。
ゾッとする。本気で殺す気だ。
半歩分でも遅れていれば胸骨ごと断たれて今度こそ倒れていた。
『ケ、半身に殺意を向けられる主身なんざ聴いたコトがネエ。よほどテメエが憎いらしいな』
「心当たりばかりで耳が痛え」