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血路の先の魔人達 26

 ゴクロウは歯を食い縛る。状況は最悪。

 長刀を手放そうにも、なぜか掌が柄に張り付いて離れない。針金で縫い付けられているかの様な鈍痛さえ感じる。

 戦線復帰どころか生存も絶望的。

 泥沼の争いがこのまま続けば、敵の思う壺に()められる。何もしなければ、目を覚ました長刀(マルドバ)に呪い殺される。


「ああ、笑えてきた」


 諦観めいた笑いがこみ上げた。殺し損ねた蜥蜴人(リザードマン)、サガドも鬼神の神威に追い詰められて失笑を溢していた。今ならば分かり合えそうな気がした。

 腕に雷撃に似た痛覚。


『オイ。何を同情してんだクソ野郎が』


 無理矢理と神経を通される不快感。

 事実、ゴクロウの意志とは関係なく、左腕がぶるぶると持ち上がっていく。怪力を込めて押し戻そうにも、疲弊した肉体ではまるで上手くいかない。


「よう、マルドバ」


 ゴクロウは歯を食い縛って抵抗しながらも、語りかけた。

 長刀の影が、人の形へと変じる。

 その人影はあろうことか、立体的に起き上がってゴクロウを恨みがましく見下した。

 紅柑子(べにこうじ)(はしばみ)色の虹彩異色(オッドアイ)が開眼。


『余裕ブッこいてんじゃねえ』


 若い男声の恫喝。分厚い刀身が微細と振動し、音を発生させていた。

 じろりと睨み上げるゴクロウ。悪霊を前にしても、口許には不敵な笑み。


「俺とアサメの背で、よく眠れたか。可愛い可愛いマルドバちゃん」

『コロす。今すぐテメエのドタマ断ち割ってやる』


 ゴクロウの左腕は長刀(マルドバ)の呪縛に支配されていた。

 ぶるぶると手首が返り、血塗れの剛刃と目が合う。斬撃の軌道すらも容易に読み取れる強烈な殺気に左側頭部がむず痒いと(うず)く。


「また燃やされたかったらやってみろよ。身体は動かねえが、頭はまだ働くぜ」


 それでもゴクロウは怯まずに挑発。

 びくりと刀身が恐怖に震えた。身を焦がす灼熱を思い出したらしい。


『ウルせえッ、ヤってやる。オレを怒らせたことを、死に晒した後も後悔させてやるッ』


 殺意充分。

 マルドバの背中越しを睨めば、化け蜈蚣(ムカデ)と悪神アサメはまだ無意味な殺し合いに身を投じていた。ユクヨニ(化け蜈蚣)はともかく、アサメはこちらを気に掛ける素振りを一切見せない。


「結局、頼りは自分ってか」

『何をブツブツ言ってやがるッ、ついに頭がイカれたかよッ』


 ゴクロウはマルドバの虹彩異色(オッドアイ)に視線を戻した。

 殺意に揺れる瞳を、その奥を真っ直ぐと睨む。


「殺すならさっさとやれよ。二度と母ちゃんに会えなくなってもいいなら、な」

『んだとッ』


 マルドバの心を、ゴクロウは見透かしていた。


「理屈はどうだか知らねえが、俺とお前は相性が良いらしい。アサメを(ぎょ)し切れなかったのはそういうことだろう。俺が死んだら、自力じゃどうにもならねえお前はまた適性者を探さなきゃならねえ」

『自惚れんじゃねえ。クソ憎たらしいテメエを使うくらいなら、他のヤロウをとっ捕まえた方がマシだッ』

「いや、俺がリプレラとサガドに会わせてやるよ」

『絶対に断る。オヤジと母さんは』


 ゴクロウの腕が震え、呪縛によって剛刃が傾く。

 今までにない殺気。覚悟を決めたらしい。


『オレが自力で、見つけ出すッ』


 血飛沫。


『なッ』


 動揺したのは、マルドバ。


「やるじゃ、ねえか。男をみせたな、マルドバ」


 剛刃が斬ったもの。それはゴクロウの欠けた右肘。

 刀身が腕の中程までめり込み、腕骨に達して留まり、どうしようもなく出血している。

 ゴクロウは危機一髪と首を曲げて体躯を捻り、太刀筋をずらしていた。その紙一重に右腕を差し出す余地が生まれていた。


「ぐ、ああ、ブッ飛びそうだ」


 痛覚は限界を振り切って鈍麻している。それでも痛いと脳が悲鳴を上げる矛盾。

 だがゴクロウは生きている。生の実感がむしろ、無尽の活力を呼び起こす。

 負傷に次ぐ負傷に息も絶え絶えな凶相、血走る金眼がマルドバを睨み殺していた。


「おいマルドバ、男同士、俺と根性比べ、しようぜ」

『あ』

「お前が取るべき、選択は二つ、だ」

『ねえよそんなモン。このまま血ィ流し尽くして、シネッ』


 ゴリゴリと骨に響く刃。


「ぐうううッ」


 腕の中に硬い異物が(うごめ)いて神経を(こす)り、鋭敏な痛覚が蘇って直に走る。


「ぐ、が、助かる、眠っちまうところだった」


 それでもゴクロウは奥歯を噛み締め、獣じみた吠え声を漏らして意識を保つ。まだ負けていない。


「ひと、つ。雑魚に、ぞんざいと扱われて、ろくに血も吸えず、だらだらと彷徨(さまよ)うのか」


 血の泡を吹きながら鬼の眼光を突きつける。

 あまりの迫力に、マルドバの虹彩異色(オッドアイ)が怯んでいた。

 そして鬼は微笑う。


「もう、ひとつ。俺と共に暴れて、好きなだけ生き血を啜りながら、再会の道を真っ直ぐ突き進むのか」


 悪霊のわずかな揺らぎに、ゴクロウは勝機を見出した。


『そんな、モン、決まってッ』


 微笑から一転、鬼は激怒を露わにし。


「なら今すぐどっちか選べ、じゃねえと鉄クズにも残らねえほど焼き()かすッ」


 腹の底の底まで呼気を溜め。


「さっさと答えろマルドバアアアアアアアッッッ」


 ゴクロウ、渾身の怒号が轟いた。

 最初から道は一つしかない。それ以外の選択は許さない。

 何がなんでも我を通す絶対的な意志。


『熱、ヅッ』


 紅柑子(べにこうじ)(はしばみ)色の瞳には、ゴクロウの放つ気迫というものが視えない火焔となって映し出されていた。

 呑み込まれる。

 いや、すでに呑み込まれ、戦慄に心折れかけていた。

 精神体であるマルドバは、無色透明の業火から逃れようと影を引き伸ばす。


「離す、かよ」


 だが逃げられない。左腕の呪縛はとうに解いている。ゴクロウが長刀の柄を砕かんばかりに握り込んでいるせいだった。


(コイツ、何でだッ)


 困惑。

 己の意志で、欠けた右腕を斬り削いでいる。


『血ィ流し過ぎて狂ったか、テメエッ』


 刀身が怖気に震える。正気の沙汰ではない。

 恐怖心を隠すように、マルドバは影を鋭利に研ぎ澄ましてゴクロウの欠けた右腕に突き刺した。


「グッ」


 どくどくと溢れる血の勢いが弱い。弱っている今のうちに殺すしかない。

 失血死寸前、激痛極まる状況下で、それでもゴクロウは。


「俺の勝ちだ」


 笑ってみせた。

 マルドバは、無いはずの喉を痙攣(ひきつ)らせた。

 それは心の折れた音だった。


(何がオカしいってんだ。こんな死に損ない、見たことがネエ。苦しみには暴れ回って耐えようとすんのがサガだろうが。なのにコイツは、脳ミソの奥から冷え切ってやがる。親父(オヤジ)以上にッ)


 トドメを刺しに立ち向かえばよいものの、影の刃を引き抜こうとする。


「く、くく、聞こえたぜ。お前、今、負けたよ」


 何、とマルドバは気付いた。


(オレの身体が、動かねえッ)


 先鋭なマルドバの人影はむしろ、ゴクロウの腕へと渦巻いて吸い込まれていた。

 ゴクロウのしぶとい生命力が、生存への固執が、マルドバの有する闇の力を、我が物にしようとしていた。


「安心して俺に任せな」


 ゆらりと立ち上がりながら、欠けた腕から長刀を引き抜く。

 迸る鮮血。

 だが、それもすぐに収まる。痛々しい傷の跡が、ゴクロウの操る影の糸によってみるみると縫合、治癒していく。

 それだけではない。欠けた右腕の断面。

 代謝、膨張、拡張を繰り返し、異形の骨格が形成されていく。闇を煮詰めたような呂色(ろいろ)の影が、その肘先に生えようとしていた。

 熱い。

 動きを確かめるように肩口を回す。良好。剛健な腕の中から、血流の脈動が聞こえる。浮き出た血管が紅く鈍く輝くたびに生命力が湧き出てくる。


『飲みかけの血まで奪いやがって、テメエ、どこまで俺を取り込む気だッ』


 開閉。ある。

 どす暗く逆刺(さかとげ)のついた指が五つ。

 太い手首を返しては戻し、じっくりと異形の黒腕を眺める。


「なるほどね。血から生命力を吸い上げるとは。そりゃ悪趣味になるってもんだ」


 それは人ならざる悪魔の右腕。


「最高だ、マルドバ。暴れ終わるまで俺に付き合え」


 起死回生、成る。


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