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血路の先の魔人達 24

 爆風。

 アサメの放った激怒の殺気。そして破壊的な疾駆に、思わず振り向いた。


「落ち着けッ」


 もう遅い。否、速過ぎる。

 長範囲の一閃。走る血飛沫は赤黒い。

 一瞬にして死骸人の包囲網が斬り開ける。殱滅せんと左方を睨んで跳んだ。人外の力と剣鬼の絶技を以ってして敵刃を掻い潜り、鎧袖一触(がいしゅういっしょく)と闇の軍勢を肉塊に返していく。

 包囲網という均衡が崩れた瞬間、ゴクロウにも魔の手が迫る。やるしかない。


「ハハハッ、何とも美しく残忍に神化(ジンか)なさいましたね」


 急な方向転換。射殺さんと剥く琥珀色の眼光。

 声の方へと一瞬で跳び、一閃にして三条もの斬撃を首、顎、脳天へと見舞う。怒りと恨みが、悲しいほど絶技に落とし込まれていた。


「アサメ、そのまま続けても構わねえッ、だが一人だけ残せッ」


 ゴクロウは怒鳴りながら、襲い迫る死骸人の刃を弾き返した。

 猛り狂う羅刹(らせつ)の耳に声が届いたかは解らない。

 二の太刀を振るってきた死骸人が、焼け(ただ)れた顔を狂気に笑み歪めた。


「おや、これは見覚えのある長刀ですね」


 鍔迫り合う。重い。

 見た目以上に膂力(りょりょく)がある。ゴクロウは敢えて拮抗する様、敢えて膠着状態へ持ち込んだ。


「あんたは随分と醜いツラに成り下がったな、ユクヨニさんよ」

「ふふ、もっと怒り狂うものかと思いましたが、意外にも落ち着き払っているようで」

「アサメが俺の分まで怒り散らかしてるから、なッ」


 再度弾き飛ばす。

 不遜(ふそん)な死骸人は大きく後退。

 僅かな隙。

 だがゴクロウは後方に蹴りを叩き込んだ。背後へ忍び寄っていた死骸人の下っ腹に深く貫入。くの字にへし折れて吹き飛んでいく。


(筋骨格が強張って脆くなってやがる)


 一回転し、全方位を即座に把握。戦況を確認すると共に前方の敵へ横薙ぎの長刀を振るう。

 火花散る剣戟音。


「残念です。真の同胞になれると思っていたのに。怒り狂いたいのはこちらの方ですよ」

「あんたも冗談言うんだな。いや、初っ端から巫山戯(ふざけ)ていたのはあんたか。まさか故人だとはな」

「ほう。そこまで調べがついていますか」


 激しく斬り結び合いながら、ゴクロウは左右後方とつけ狙う死骸人へ長刀を振るう。

 弱い。

 息詰まる様な殺気や、一瞬の隙さえ見逃さない残忍な手の数々をまるで感じない。恐怖のみを振り(かざ)して迫る敵など、ゴクロウやアサメにとってただの影に等しい。

 一方的な殱滅(せんめつ)戦だった。

 死に(うめ)く声はなく、アサメの激怒だけが屋上に響く。

 肉塊が鈍く転げ回る水音。

 硬い床を削る様に蹴って跳び、動く者があれば無慈悲な斬撃が閃く。

 醜怪な血肉溜まりと酸鼻(さんび)極まる臭気に満たされるまで、ものの二分と掛からなかった。


「アトは、誰だ。アト何人イるッ」


 屍山血河(しざんけつが)の中、般若の形相に歪んだアサメが吠える。

 血の雨を浴びて赤くずぶ濡れ、荒い呼吸で肩を上下させ、ゴクロウが対峙する火傷顔の死骸人を真っ直ぐと睨んだ。一人だけでも残せという指示など完全に無視していた。

 そんな事は、どうでも良かった。

 ごくりとゴクロウの喉が鳴る。

 彼女の背に、はっきりとその姿をみた。


「アサメ、お前」


 二刀の影を上段に携えた漆黒の悪神。

 暗い尾は禍々しく波打つ波形刃(フランベルク)

 本体とでもいうべきか、脱力しつつも二振りを下段で構えるアサメの姿とが重なる。

 それは二尾を有する修羅。

 血と怒りに喚ばれた四刀流の悪魔が、顕現していた。


「はは、素晴らしい。この短期間で魂性(こせい)まで引き出すとは。やはり貴女様は、私の見込み通りの逸材。くく、はははッ」


 火傷顔の死骸人は今が絶対絶命という事も忘れ、鷹揚と腕を広げて不気味な哄笑を張り上げた。


「黙、レ」


 黒い突風が、ゴクロウのすぐ隣を横切った。

 待て、という間もない。

 有無を言わせない風圧に思わず欠けた右腕を上げて顔を守るのが精一杯だった。

 振り向く。

 生かしておいた死骸人の横すらも駆け抜け、悪神の影が宿る背中を見せつけるアサメ。

 ユクヨニの乗り移った殺戮手の死骸は、大口を開けながら硬直していた。


「外道兵眼(へいがん)流刀儀、先の型。十三禍威輪(じゅうそうまがいりん)


 知らない女の、低い唸り声。

 斬られたであろう、十三もの斬閃が傷口となって黒く滲む。

 死骸人の脳天がずるりと横滑り、肩口が傾ぎ、畳み掛けるように瓦解(がかい)。どさどさと聞きたくもない音を立てて残骸が散らばる。

 ゴクロウは黙って見つめることで現実に起こった出来事を噛み締めていた。

 視線はゆっくりと、黒い影を宿す背へ。

 金色の髪は気付けば、いつもの銀髪に戻っていた。だが悪神は刃を上段に構えたまま陽炎の如く揺らめいている。


(同じだ。リプレラが言うところの、子供と)


 感情を仔細と察知する稀有な能力はない。

 そんなものはなくとも、どこの誰がどう見ようとも、放たれる異様な殺気に指先が痺れ、吐き気すら催す。

 ゴクロウは嫌な脂汗を額に浮かせていた。

 アサメだが、アサメではない何か。

 支配下にあるのか、それとも支配されているのか。そして彼女が怒りの矛先が自分に剥くことはないだろうという疑心に(おちい)っている。

 彼女以外の人間ならば、普段通りのゴクロウならば、その本質を見極められるだろう。

 だが、アサメの荒ぶる感情に触れるとなぜか。


(視えねえよ。お前の本心が。煤で真っ黒に塗り潰されてるみたいだ。何でだ)


 言わねばなるまい。

 己の半身、否、一蓮托生を共にする相方として。


「お前はアサメか、それとも」


 長刀を携えたまま踏み出す。

 悪ならば断つ。

 その覚悟が、剣呑な視線が。


「どうして」


 悪神の逆鱗に触れた。

 消失。


「が、ぐッ」


 衝突、快音。

 見切れない。踏ん張れない。横滑るする。

 背面から馬車の側面に激突。理解不能。ひしゃげる車体。軋む肉体。

 交差する四刀の刃、圧される長刀。

 なぜ防げた。

 なぜ鍔迫り合っている。


「斬るの、楽しくて止められないんだけど」


 目と鼻の先まで迫った、褐色の美貌。

 なぜ、血の涙を流しながら、笑っている。


「ああ、もう、また思いついちゃった」


 生温かい吐息。鉄の臭いがする。

 猫撫で声で子供のようにねだる。熱く(とろ)ける鋼の瞳は(たの)しそうに歪んでいた。

 悪神に取り憑かれたアサメは、その心は、何処へ押し込まれた。


「ちょっとなら貴方で試しても、イイよね」


 聞いたことのない甘えた声音と、絶妙な可憐さが、(おぞ)ましさを余計に(あお)る。


「外道兵眼(へいがん)流刀儀。後の型」


 万力の圧力に押し込まれる。

 押し返せずにみしりと骨格が軋む音。ぎりりと鋼が掻き切れる悲鳴。


「ま、てッ」


 完全密着状態から繰り出される、ズンと重い斬撃。


現蜘蛛渦鬼(あらぐもうずき)


 ごふ、と重鈍い声音が漏れた。

 ゴクロウ、大喀血。


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