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血路の先の魔人達 23

 次から次の屋根へと登るように跳び移る。

 はためく黒衣が妙に耳障りなのは、高度を上げたことで微かに風速を増しているのだろう。

 いよいよ六方郭(りくほうかく)の偉大な城壁が迫る。

 息苦しいほどの巨壁が地平線の彼方を遮って視界の両端へと伸びている。まさに山脈の如き威容は高低差にばらつきがあり、荒々しい。

 とはいえ最も低い位置でも七百(メートル)は下らなく、頂点は千(メートル)を超えているだろう。山に巨神の鎧を被せたと言われても納得するだけの凄みがあった。


「どうやって城内に入るんだ、こりゃ」

性悪女(ナガサ)と合流しないと、ですね」

「ああ。じゃなきゃ、あの馬鹿でかい崖をよじ登る羽目になる」


 栄華を極めた都、煤湯(すすゆ)の中心らしい街並みであった。

 付近は居住区というよりも、工業設備や倉庫、大型の商業施設、事務所がずらずらと並んでいた。

 出入りする人々も非常に多いのだろう。付近を賑わう建物群も最先端を往く高層建造物でひしめき合っていた。洗練された美的造形(デザイン)を窺えば一目瞭然である。飛び交う形代(ドローン)の量も半端ではない。

 背筋に寒気を催す程に高い屋上から底の街道や路地を覗けば、混乱で押し合う人々で混雑していた。

 ゴクロウとアサメは一際広い屋上へ跳び移る。

 五階の文字。点在して停まる馬車。

 専用の屋外駐車場だろう。迅速な交通規制の影響か、それとも利便性によるものなのか、駐車されている馬車はまばらで人気がまるで無い。

 視界の端で主張する巨大な垂れ幕(スクリーン)に目が向いた。


『東六方郭(りくほうかく)街道旧煤湯(すすゆ)本町通りで重大事故発生中。付近の市民は警兵隊の指示に従い、避難して下さい』『一部街道封鎖につき渋滞発生中。該当封鎖地点は以下の通り』『厳戒態勢発令中。速やかに屋内へ避難し、発令解除まで安全確保に努めてください。最新情報は』


 目紛しく流れていく赤い文字は危急を(しら)せんと明滅している。どこかに音源があるのだろう、音声放送(アナウンス)も響き渡っていた。普段ならば興行広告が定期的に移り変わって喧伝しているに違いない。


「さすがだ。統制がきちんと行き渡ってる」

「褒めてるのか皮肉ってるのか、わかりませんね」


 入り乱れる市民の様子を眺めるアサメはため息を吐いていた。指示する警兵隊をみても円滑(スムーズ)な誘導とは思えない。


「褒めてるさ。あくまで全体へ向けた放送だから、個人に手を差し伸べて救う仕様にはなってないってだけだ」


 後方からうざったい苦無が飛来。

 露わになった刃尾で全て弾き落とす。アサメは一瞥もくれずに叩き落としてみせた。


「結局、頼りになるのは自分、という訳ですか」

「その通り」


 二人して背後を睨む。

 潜んでいたのは知っていた。

 馬車の影から、階下へ続く坂道から、或いは屋上の端をよじ登り、幽鬼の群れがぞろぞろと姿を現す。

 その殆どが血に塗れていた。

 面紗(ベール)が剥がれ、蝋燭みたいに血の気の失せた肌の者。焼け(ただ)れた皮膚を晒す者。片目を溢して垂らす者、右腕が二つ付いた者、左腕が二つ付いた者。よく見れば首が背中側に向いたままこちらに恐怖の視線を送る者まで居る。

 先回りされた訳ではない。

 その致命傷はまだ新鮮そうだった。噛み砕かれて目も当てられないほど潰れた傷口や即死に至る最適な刺突傷を見れば、ゴクロウやアサメが付けた致命傷とは別人のものだとすぐに見分けがつく。


「出来上がってんな」

「そのようで」


 二人は静かに背中を預け合い、抜刀。ぐるりと見回す。

 総勢六十余名の虚ろな眼差しに取り囲まれる。

 不気味な念を(はら)んだ殺意にアサメは鋭く眼を細めていた。

 死闘宗の放つ殺意は自己中心的で、執念深い。

 己の全力を発揮して対象を殺害し、敗れれば(いさぎよ)く死を受け入れる者が殆ど。

 だがこの腐れかけの連中からは、そういった気概がまるで感じ取れない。どこか煩雑だ。


(まるで別の何者かに意識を操られているような)


 怪現象の正体を探るべくアサメは思考を巡らせる。だが、熟考する猶予は無いに等しい。


「口と脳みそもまだ動くんなら教えてくれ。お前らを殺した獅子殿とお団子頭の姉ちゃんはどこに行った」


 ゴクロウは臆せず冗談を叩いた。

 まともに答えられるとは思えないとアサメが咎めようとして。


「殺」

「した」


 何。

 二人の眉間が、耳が、濁った声音の方へ注意を差し向ける。

 それぞれ別の方向から聞こえた。

 だが、息が妙に揃っている。


「鉄火」

「蝶」

「はバ」

「スバ」

「が」

「殺した」


 瞬間、張り詰める空気が凍てついた。

 おかしい。

 別々の声音をご丁寧に並べた不快な呪詛(じゅそ)。真相はともかく、鼓膜の奥にこびりつく嫌悪感に得体の知れない何かを感じる。この時の為に喋る順番を事前に準備していたとは到底思えない。


(やっぱり)


 悪寒に身震いするアサメ。


「何者だ。正体をみせろ」


 ゴクロウも同じ結論に至っていた。

 何らかの邪法を用い、裏で糸を引く卑劣な人形使いがどこかに居る。

 ぐ、くと嫌悪をより(あお)る呻き。

 次第にそれは連鎖して広がり、邪悪な歓声となって(おぞま)しく響き渡る。


「よもや夜見(よみ)様の御膝下から脱するとは、思いもしませんでしたよ。ゴクロウ、そしてアサメ様」


 聞き覚えのある口調。

 ぞわりとゴクロウの総毛が立つ。

 声を操る主に、というよりかは。


「貴様、ユクヨニかああああああああああああッ」


 アサメの放つ殺気に、ゴクロウの背筋が凍った。


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