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血路の先の魔人達 22

 血の色に燃え盛る下方を望む

 いまだ炎の消えぬ路地裏の片隅では、ゴクロウとアサメに斬り捨てられた黒焦げの死骸が、焦土を不気味と這っていた。

 視線を前へ戻す。動く死骸は目の前にもいる。


「これが死骸人、なのか」


 特に奴は、復活までの経過速度が速い。

 片腕を突いて起き上がり、身を捩る。背中と腹が前後逆であることも知らず構わず、斜めに傾いた状態で傷口に擦り合わせていた。

 じゅくじゅくと不快な水音。右肩辺りから右腕と左腕の生えた化け物が起き上がろうとしている。


「解りません」


 黙って見届ける訳にはいかない。

 アサメは軽快と死骸人へ駆け寄り、まだ足元の覚束ないそれの前に立つ。

 それは緩慢な動作で歪な腕を振るう。当たるはずがない。


「あ、が、殺」


 何事か呟いているのを、アサメは憐憫(れんびん)を抱いて見つめる。

 面紗(ベール)は千切れてずれ落ち、男の散大した瞳孔があらぬ方向へに向いている。血のよだれを拭おうともせず、背中と胸が結合した奇形を揺らして畳み掛かろうとする。

 これが今の世の理か。この男に生きる意志や望みはあるのか。

 もしもこれが、望まれない生だというのなら。


「え、ど」


 ただの音なのかもしれない。だが意味のある言葉の断片に思えた。

 不穏な単語に、アサメは眉間に皺を寄せる。


「それは、覚せし自然、穢土(えど)のことですか」


 びくりと身体が震えて隆起。

 たたらを踏みながら筋繊維がぶちぶちと千切れ、全体的に膨張しようとしている。


「え、さまあああ」


 ここまでが限界か。

 抜刀。


「眠れ」


 アサメは、酷く悲しげな眼で男の顎下に鋒を突き込んだ。

 喉、舌根を断ち、口腔を突き抜けて脳裏を(ことごと)く貫く。頭蓋を割った刃が後頭部へと突き抜けるのを見届けると、一気に引き抜いた。どぶりと血が吹く。崩れ落ちて天を仰いだ胴体、その心臓へとどめを刺した。

 胴体が大きく震える。みれば指先が空を掴もうとしていた。まだ動けるらしい。四肢を切断し、首と胴を斬り離す。

 死骸人はようやく、沈黙した。


「アサメ」


 背後から掛かったゴクロウの声に、血塗れの我が身を見下すアサメ。

 我に返れば、呼吸が苦しい。

 早鐘を打つ心臓。顳顬(こめかみ)の血管が(うず)く。嫌な脂汗。肉体的ではなく、精神的な疲労がどっと襲い来る。無我夢中で斬り刻んでいたことにようやく気付く。


「大丈夫、です」


 何も聞かれていない。だが口を突いて大丈夫という言葉が出てしまった。


(姿形が違うだけ。生き返った私達も、これとそう変わりはしない)


 この世界は死者が動く。

 かつての面影を残した別の存在として、死の先を無理矢理と歩ませられる。


(許されるものか。世界が認めても、私は絶対に認めない)


 虚無の道を創造した主上への憎しみがまた募る。これは傷だ。化膿し続ける黄ばんだ傷。癒えることはなく、腐り尽くして心をずっと病ませる。

 一言も発しないまま暗い感情を深めるアサメに、ゴクロウはそれ以上の言葉を掛けない。

 ただ転がるのみとなった死者の残骸を、未だ燃え上がる路地裏の業火に放り込んだ。人体の焦げる嫌な臭気。闇に生きた者に相応しい火葬だろう。


「敵のやり方は解った。動かなくなるまでぶった斬りまくる。これで俺達は足元を掬われる可能性を一つ潰せた」


 倫理観に左右されないゴクロウはそれだけで強かった。ただひたすら勝機を見出し、為すべきことを成す。敗北に繋がる余計な感情は捨てる。徹底的に。


(ゴクロウ。貴方は強い)


 アサメは否定も肯定もせず黙したまま。忍び寄る敵意を察知。


「移動しますよ」


 戦意で負の感情を塗り潰す。

 刀身の血を袖で拭い、ゴクロウの肩を支えた。

 跳躍。


(でも、貴方の様になりたいとは、決して思わない)


 冷徹なゴクロウの強みを知りながら、同時に相容れない価値観をも思考の彼方へおいやっていた。


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