血路の先の魔人達 21
ばたばたとはためく金髪は端々が焦げ臭い。
乱れ回る視界に慣れたアサメは着地点と制御を試みる。
大きく弧を描き、突き当たり側の屋根上へ。
高みの見物をしていた殺戮手も思わず天を仰ぐほどの唐突な戦況推移。遅れて吹き矢や苦無を放つが、立体的な曲線を描く軌道に全く定まっていない。
急接近する瓦屋根。
無理な姿勢で着弾。二人して踏ん張るが、ゴクロウは中毒のせいで上手く手足が動かない。頼りの綱はアサメ。瓦を弾き飛ばしながら屋根上を転げ滑っていく。このままでは反対側の路地裏へ真っ逆さまに落ちる。
直前、ガクンと急停止。
ふう、とアサメが深い溜息。ゴクロウに抱き着く腕を緩める。
アサメの尻辺り、黒衣を突き破った刃尾が屋根に深々と突き立っていた。
「へッ。大成功、ってな」
「ってな、じゃないですよこのバカッ」
アサメは声を荒げながらもゴクロウに肩を貸す。
背中に手を回せば異様なほどの発熱と発汗量。全身から湯気が上がっていた。急激な代謝により、今まさに解毒が行われている。
「お前の頭が良すぎるんだよ、アサメ」
冗談を吐くが、心なしか弱々しい。
がつりと突き立てた長刀に力なく凭れ掛かり、荒い呼吸を整える。
アサメは険しい眼差しでゴクロウを覗き込む。溢れ出る心配を読まれ、強がりな笑みで返された。
「十秒だけ耐えてくれ。すぐ援護に向かう」
殺到する敵視と瓦を蹴る足音。
殺意を睨み返せば、屋根上で待機していた殺戮手が十名。残酷な死を齎さんと詰め掛かってくる。
ばかりと派手な音を上げて刃尾が引き抜かれた。
家屋群の谷底へと剥落していく瓦。
「いえ、一瞬で終わらせます。だからゆっくり休んで」
割れ音が高く響いた瞬間、黄金の突風が発生。
一気に飛び出したアサメは背後に爆風を伴うほどの勢いで疾駆。至近の殺戮手は何の反応も起こせずに首だけが刎ね飛ぶ。
「一人」
滑る足元をものともせず、刃尾を掻き立てて急制動。
二人目の右腕と右脇腹から右脚の付け根にかけて一瞬で斬り裂いた。
「二人」
剣鬼は死の宣告を詠み上げる。
背後に寄る気配に刃尾の刺突。その斬れ味は岩石をも撫で斬れるほど。
防刃を謳う黒衣など何の意味もない。胸骨を突破し、心肺、食道、脊椎を易々と破断、貫通し、どす赤い刃尾を背中に咲かせた。
「三人」
七名の内、六名がアサメへ、一人がゴクロウへ向く。半身を全力で抑え込み、弱っている主身を殺して道連れにする気らしい。
蝟集せんと四方八方から飛び掛かる六名。
殺戮手よりも殺戮手らしいアサメはその場で回転、そして投擲と抜刀。串刺しになったままの死骸も投げ飛ばす。
肉の砲弾は避けられたが、本命は舞い回る刃。
血飛沫が、得物を握る腕が、或いは膝下の脚が、生首が。
風斬音を撒く鮮血の嵐。
鋼と鋼が打ち合う絶叫。
「八人」
太刀を構えた大柄な殺戮手はよろめきながらも阻止してのけた。あらぬ方向へ弾き飛ぶ刀を余所目にアサメは肉薄。
敵の正面へ追い討ちの袈裟斬りを見舞う。
「ッ」
立ちはだかる強敵は息を呑んだ。
剣戟が響かない。
擦り抜ける斬撃。一撃目は虚。背中に。
「先の型。不立影鴉。九人目」
致命的な裂傷。
アサメは崩れ落ちる鈍い音を聞きもせず、そのまま疾駆。尾を引いて空を裂く銀糸の先の赤濡れた刃。
(間に合ってッ)
いまだ片膝を付いて震えるゴクロウ。まだ十秒も経っていない。
背後に迫る重圧に怯みもせず、上段の太刀を振り翳す殺戮手。
「よく寝た」
血飛沫が晴天へ噴く。
糸が切れた操り人形の如く両膝をつく殺戮手。
振り上げられた長刀は真紅と陽光を浴びてぬらぬらと照り返していた。
アサメは踵と刃尾を屋根に突き立てて急停止。がらがらと瓦屋根を蹴りながら、項垂れようとする殺戮手を蹴り落とした。
背後から追い縋る刀を見もせずに背面で掴み取り、二振りとも納刀。
ゴクロウは大きく息を吐いた。復活。
路地裏まで落下していく殺戮手を見下す。時間差で鈍い水音が響くのを、片目で見下していた。
「死骸がすぐに動くたあ、まったく信じがたいが」
苦言にアサメはがぶりを振った。
「私だって信じたくありませんよ」
その通りなのだろう。ゴクロウはすぐに理解させられた。
「成る程、な」
視線の先。
九人目の、背中を袈裟懸けに斬られた大柄な殺戮手。
死骸、のはずだ。
左脇腹辺りから右の鎖骨まで分断され、皮一枚で繋がっている。その上半身、一繋ぎの皮が千切れて臓腑が溢れるのも厭わず、ずるずると蠢いていた。
振り向いたアサメも悍しい現象を忌々しげに睨む。
「要する時間に個人差があるみたいですね。よほど死に切れないようで」