血路の先の魔人達 20
降り注ぐ苦無の雨。
弾け散る無数の金属音。
「それしか芸はないの」
ゴクロウの頭上へと舞ったアサメが二刀を振るい、或いは黄金の髪を振るい、殺到せんとする全ての弾丸を四方の彼方へと跳ね返す。
「便利な傘だ」
ゴクロウは冗談と共に牙を剥く。
第一波、第二波と押し寄せる毒刃の雨、全幅の信頼を死角に付けつつ、丁字路の突き当たり方面へ突撃。
左手一つで振りかぶった長刀で横薙ぎ。
長大な刀身が混凝土の壁面を掻き斬り、火花が走る。
この武骨な一撃を前にしても恐れず前進する殺戮手。反撃の刃を滑り込ませんと姿勢を下げ、だが判断を誤ったのだろう。
半端な後退を、ゴクロウは見逃さない。
「臆したな」
刀身を纏う火炎は血色。
薙ぎ払われた炎の波が殺戮手らの視界を赤く染めた。
ゴクロウは前進。
手首を捻り、剣筋を返す。待っていたとばかりに長刀が風斬って吠える。
「喝ぁッ」
雄叫び、そして袈裟斬り一閃。
怪力、剣技の冴え、そして剛刃が三位一体となった破滅の斬撃が直近三名の胴体を全て分断。夥しい返り血と切断された臓腑が路地裏にぶちまけられる。
血溜まりの上へさらに踏み込むゴクロウは上段から一気に振り下ろし。後続の殺戮手の脳天を叩き割る。
当然、迎え撃つ刀に阻まれた。
重鈍な剣戟音。
「むうッ」
敵刃は欠け、細かい鉄片が四散。長刀には一つの傷も無い。
呻く殺戮手の両手が震えている。
対するゴクロウの片腕と重圧に、むしろよく耐えたといえよう。
「もっと鍛えるべきだったな」
そのまま膂力で押し込み、刀を破断。
右腕、右肩、腹、右脚と撫で斬った。噴出する血液のせいでゴクロウの全身はずぶ濡れだった。
苦無の雨が止む。
前後と挟む殺戮手らが攻撃範囲まで接近した証拠。死闘宗とはいえ、同門を殺してまで標的を仕留めようとはしないらしい。
ゴクロウの背後にアサメが静かと降り立つと、一回転。
羊毛の如き豊かな金髪で絡め取った十数本の苦無を、迫る殺戮手へまとめて投げ返した。
手腕とは異なる髪技の一斉射。
半分以上が弾き返されるが、四名に突き立つのを視認。どこに喰らっても猛毒の責め苦に遭う故、たまらず転倒、のたうち回る。
そこへ追撃。
と見せかけてゴクロウとアサメの立ち位置が瞬時に入れ替わる。
合図のない予測不可能の連携に殺戮手共は肩を透かされ、アサメが音速と振るう殺人剣技、そしてゴクロウが薙ぎ払う長刀の餌食となっていた。
(さすが)
熱い連携に心昂る。
不意打ちの斬り上げを見舞ったゴクロウは死にかけの殺戮手を蹴り込み、敵の前線を僅かに押し返す。
ただ背後へ跳ぶ、それだけの微かな足音と気配からアサメが意図を汲み取ってみせた。
心を通わせたいと願った時にだけ生じる、霊的な現象。
(このまま押し切ってやるよ)
(全員、殺すッ)
共に戦えば戦うほど、血を浴びれば浴びるほど、眼では見えない繋がりが密に結び合う感覚に二人はある種の快感を覚えていた。
狭隘な路地裏にむせ返るほどの血臭。
追い込んだはずの標的、たった二人の戦闘者を、精鋭揃いであるはずの死闘宗は仕留めきれない。
巨軀を活かした重い一撃で殺戮手を屠るゴクロウ。身のこなしは鋭敏で精密。荒々しい太刀筋を掻い潜る者には鋼鉄じみた膝蹴りと肘打ちで致命的な破壊を齎し、または得物ごと胴体を斬り裂く。
時折、狙い澄まされた吹き矢が飛来するがアサメが先んじて斬り飛ばす。人の身にして人外の身体能力、反射神経を有する剣鬼の速攻と邀撃能力は凄まじい。多くの者が追いつけず、打ち合った次の瞬間には二の太刀が鮮血を啜っていた。
だが、完全な勝機には成り得ない。
(減らねえな。しぶといのもあるが、最後尾が見えねえほど集まってきてやがる)
ゴクロウの吐く息が次第と荒くなる。
煤湯の闇ともいえる強者、死闘宗を相手に戦術を組み立て続ける思考回路は焼き切れる寸前。体力消耗が著しい。
これ以上長引けば、その先は死の淵。
常に先を見越すゴクロウの金眼は戦闘開始から今まで一度も瞬きをしていない。
紙一重で鉤爪を回避。
特攻してきた殺戮手の脳天を長刀の柄尻で無理矢理破砕。路面に永眠させるが、掠めた脇腹に四条の血筋が浮いて滲む。不吉な予感はすぐに肉体へ現れた。
姿勢が背後へ傾ぐ。
傷口の感覚が鈍い。毒を盛られた。
(いやらしい戦術に変えてきやがったな。だったら)
焦りはない。覆す手段はいくらでもある。
血溜まりで黒々と湿る路面。勝機と火気を見出した。燃料は充分。
火種をあえて、足裏に寄せた。
「アサメッ」
鋭い叫びに駆け寄り、ゴクロウの肩下へ滑り込むアサメ。右手の刀を納刀し、そのままゴクロウの腰に手を回す。左の刃で牽制。
秘策を潰さんと両端から押し寄せる殺戮手。
「歯ぁ食い縛っとけ」
感応。爆轟。
強烈な爆発力を生み、大跳躍。
強力な脚力と爆発の推進力が奇跡的に重なった。突き上げる激しい加速感に姿勢制御もままならず、二転三転と上空へ吹き飛ぶ二人。殺戮手の耐火性に富んだ黒衣を纏っていても肌を焼き融かす感触。吹き荒ぶ風圧に息が詰まりそうだった。
眉間に皺を寄せて眼を鋭く細めるアサメは言われた通りに歯を食い縛っていた。
「ぐ、これ、はッ」
今まで立っていた下方を薄目で見通す。
路地裏に駆け拡がる紅蓮の業火。
冷たい暗がりを赤々と焼き焦がしている。蔓延る殺戮手が散り散りと転げる。ゴクロウの感応術、とりわけても血を燃料とした火焔の業は水飴の如く纏わりつく。
それでも災難から逃れようと、幽鬼どもは必死に足掻いていた。