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血路の先の魔人達 19

 金毛琥珀眼の魔女ロスヴァーナの似姿を維持するアサメは荒い呼吸を整えながら屋根から屋根へ、または駆け抜けていく。

 やはり損傷は重い。充分な活動を可能にするまでの水準まで回復し切っておらず、それに加えてゴクロウを抱えて跳ぶという重労働を強いられている。息を切らすのも詮無(せんな)いことであった。


「もう少し、なんだがな」


 伝う瓦屋根よりも視線を上げれば巨壁。

 やはり巨大だ。威厳すら思わせる六方郭(りくほうかく)は目前に(そび)え並んでいた。直線距離にしてあと二(キロ)ほど。街道へと降りて全力と走り込めば、すぐに着く。


「多いですね」


 だが、血を好む追跡者(ストーカー)がそれを易々と見過ごすはずがない。

 青々と広がる空に渦巻く、黒い靄の塊。

 死闘宗の鴉凧(からすだこ)部隊。その数は五十ほど。

 六方郭(りくほうかく)の高壁から黒い墨を引いて東方、此方へと向かっていた。

 ゴクロウとアサメは視線を合わせて頷く。屋根から手摺り、塀へと飛び降り、雑多な路地裏に立つ。家屋群の谷底から空を見上げた。


「見られた、よな」


 路地裏の隙間を足早と潜り抜けながら、視線の察知能力に優れたアサメに尋ねる。

 金髪琥珀眼のままの彼女はこくりと応じた。


「はい。ただ全員ではなかったかと。ほとんどが死骸人と警兵隊が争う事故現場に視線が向いていました」

「だったら敵対していない方の死闘宗かもな」

「有り得ますね。でも標的(ターゲット)として目を付けられたかもしれません。屋根上を走って移動しているおかしな輩は、私達以外に誰も居ませんから」

「だな」


 読み通り、アサメは何名かの視線を上方から感じ取る。ざっと六名分。

 ゴクロウに視線を送り、手振りでその旨を伝える。表通りに出て人混みに紛れるべきだ。小さく首肯し合い、雑踏の聞こえる方向へ早足で向かう。

 不快な視線を頸に浴びながらも、煤汚れた丁字路の角を曲がる。

 正面、家屋と家屋の隙間、その向こうで人々が行き交っているのを確認。このまま抜ければ。

 不意に五名の影が路地へ入り込んできた。

 どいつもこいつも殺意の視線を向けてくる。連中は大股で歩を進めながら揃って自らの襟首を掴み、面紗(ベール)を展開。幽鬼と化す。

 死闘宗だ。


「そうくるよな」


 ゴクロウ、アサメは急反転、疾駆。

 姿勢を振って背後からの投擲物(とうてきぶつ)を回避。紙一重で擦過していく短矢。

 振り向いた先の暗闇へ消えるかと思いきや、小気味良く弾く音。暗がりから四名、更なる追手がゆらりと現れた。

 挟み撃ち。


「いつの間に」


 舌打ちするアサメ。

 来た道を返すしかない。踏み込んで滑りながら曲がり角を曲がる。しかし最悪とは立て続けに連鎖するもの。

 上方から人影が三つ強襲。

 ならば残る手段は一つ。

 ゴクロウは背中の長刀を、アサメは腰に下がる柄を一振り掴む。


「話が早えッ」

「斬り捨てるッ」


 反響する剣戟音。

 ゴクロウは振り下ろした長刀で影を撃ち返した。

 どばりと横合いから温血を浴びる。

 見れば、生首と胴体が二つ転がっていた。横に跳んでぎりぎり躱したアサメの反撃剣(カウンター)によるものである。

 だが一人程度減ったところで数的不利は変わらない。丁字路の両端から恐ろしい人垣が押し寄せてくる。

 必殺範囲の圧によって止む無く押し込まれていくゴクロウとアサメ。

 二人は声掛けも合図もなく、互いの背を合わせて死角を消してじりじりと路地裏の奥へ追いやられた。

 討ち漏らした敵二名が跳び引いて距離を置き、退路の向こうに立ちはだかっていた。

 薄暗いその背後から続々と増援。数えて九名。詰みか。


「屋根まで跳べるか、アサメ」


 まだだ。上方へ離脱する退路が残っている。

 路地裏状に切り抜かれた空を見上げて。


「ダメです」


 陽光を遮って覗き込む幽鬼の丸っぽい群れが、路地に不気味な影を落として現れた。数えて十三。

 三十一対二。

 否、もっとだ。それ以上の無機質な視線と、死を告げる足音が路地裏に数多と響き渡る。

 終わった。完全に袋の鼠。


「おいおい。こちとら穏便に済ませてやろうってのに。なあ、アサメ」


 冗談めかしつつも、金眼は凶暴な光を宿す。


「私が盾役に徹します。貴方は好きなだけ暴れて。ゴクロウ」


 そしてアサメは戯言に応じない。

 二人は一度消そうとした戦意の炎を再燃させていく。昂りを露わにする度、敵対する連中の圧も相乗的に上昇。この血祭りは、もう避けられない。


「承知」


 長刀を一つ振るい、空を薙ぐ。

 それが開戦の合図となった。


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